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復讐編 あなたは絶世のファム・ファタール!

地獄に落ちた嘘つき共

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「アナスタシアが……冤罪だった……?」

 アデヤがよろよろよ、真っ青な顔でアナスタシオス達に近づいてくる。

「僕はレンコに……その女に騙されていたのか……?」

 アナスタシオスは呆れたようにため息をつく。

「これでわかったでしょう、アデヤ殿下。レンコは、あんたが嫌いな醜いだけの女だ」
「あ、ああぁ……」

 アデヤは膝から崩れ落ちる。

「アナスタシア……。僕の女神マ・デエス……。僕だけの美の女神デエス……」

 □

 アナスタシアはアデヤの初恋だった。
 八年前に出会ってから、ずっと光り輝いていた。
 笑顔も、怒った顔も、悲しげな表情も、全て、美しかった。
 最初、キュリオシティに来たとき、アナスタシアは男爵令嬢だと馬鹿にされていた。
 それでも、アナスタシアは挫けずに向かって行った。

 いつの間にか、アナスタシアは皆に好かれる存在になっていた。
──僕が最初に見つけたのに。
 自分の中で燻る嫉妬心を自覚した途端、駄目になった。
 自分はこんなにも心が狭く、醜いのに。
 アナスタシアだけが気高く、美しくなっていく。
 アナスタシアを取り囲むもの達への、アナスタシアを渡したくないという独占欲。
 アナスタシアへの対抗心。
 美国の王子としてのプライド。
 その全てが混ざり合い、ごちゃごちゃになった自分の心。
 いつしか、目で追うのは、アナスタシアの醜い部分だけになっていた。

 アナスタシアがレンコを誘ったお茶会の当日。
 レンコにだけ、渋い紅茶が淹れられた。
 そのときのアナスタシアの表情は、美しさの欠片もなかったように見えた。
──……ああ、美しい君にも、そんな醜い一面があったんだな……。
 そう気づいたとき、酷く心が高揚したのを覚えている。

 その後、ゼニファーとシュラルドルフが話しかけてきた。
 アナスタシアの所業に関することだった。

「……先日のお茶会で、気づかれたと思います。アナスタシア嬢の本性を。今のアデヤ様なら、真実を受け入れることが出来るでしょう」

 そう言われ、証言と照らし合わせた証拠の数々を目の前に出された。

「そんな……まさか。あのアナスタシアが……」

 アデヤは信じられない、と言うように首を横に振った。
 口に手を当て俯き、ぷろぷると震える。
 アデヤの口端は引き攣り、上がっていた。
──なんだ、アナスタシアも僕と同じ……醜い嫉妬心を持っていたんだな。
 ゼニファーがアナスタシアの罪を詳らかにする舞台を用意してくれた。
 それが高等部二年、年末の学園パーティーのアナスタシア断罪劇だった。
 アナスタシアは罪を認めることはなかった。
 その姿が更に醜かった。
 対照的に、レンコが美しく見えた。
 これが本当の恋なのだろう。
 レンコはアナスタシアほど外見が美しくないのに、こんなに好きなのだから。

 □

 アナスタシア断罪から一年後。
 同じく、学園パーティーにて。
 アナスタシアの潔白が証明された。
 それと同時に、レンコの醜い本性が明らかとなった。

 アデヤはふと、床を見る。
 反射して映った自分の顔が目に入った。

「なんて、醜い……」

 顔の輪郭は歪み、鼻は大きく、瞳が小さい。
 醜く歪んでいた。
 これは自分の顔なのか、と頬に手を当てる。
 自分の醜く映った顔にも、手が添えられた。

「ああ……そうか」

──醜かったのは、僕だけだった……ずっと。
 アナスタシアは美しいままだった。
 美しいまま死んだのだ。
 醜く歪んでいたのは目だった。
 それを認識する自分の脳だった。

「アナスタシア……すまない……。すまない……」

 只管謝り続けるアデヤを、アナスタシオスは冷たい目で見下ろしていた。

「シオ殿、続きは別室でしましょう」

 ゼニファーが言う。
 アナスタシオスは頷く。

「……そうだね。ごめん。ここで追求するつもりはなかったんだけど。彼女に話しかけられて、ちょっとカッとなっちゃった」
「いえ。一年前も同じようなことをしてしまいましたから……」

 アナスタシオスは階段の一番上から叫ぶ。

「パーティーを楽しんでいるところ、騒がしくして申し訳ありませんでした!」

 そう叫び、頭を下げる。

「レンコ嬢、こちらへ」

 ゼニファーがレンコを引っ張る。
 レンコがアナスタシオスの前を通り過ぎた瞬間、アナスタシオスはレンコに小さく耳打ちする。

「残念だったなァ、クソ女。あの男達は全部、のものですわ」

 アナスタシアの口調に、レンコの顔が怒りでカッと赤くなる。

「死ねっ……この悪役令嬢が!」

 レンコはドンとアナスタシオスを押した。
 アナスタシオスの後ろは階段だ。

「兄さんっ!」

 クロードが声を上げる。
──間に合わない!
 瞬間、シュラルドルフが床を蹴り、飛び出した。
 シュラルドルフはアナスタシオスを抱き止める。

「シュラルド……!」

 アナスタシオスは目を見開き、シュラルドルフを見る。

「……怪我はないか」
「う、うん……。ありがとう。助かったよ……」

 アナスタシオスはシュラルドルフにお礼を述べる。

「レンコを捕縛しろ! 殺人未遂の現行犯だ!」

 ゼニファーは声を張り上げる。
 周りにいた生徒達がレンコの肩を掴み、床に押さえつけた。

「離しなさいよ! 私は【博愛の聖女】よ! この世界の主人公ヒロインなのよ! あんた達、ただで済むと思ってんの!?」

 レンコは手足を動かし、体を捻り、逃げようともがく。

「レンコ、これ以上、抵抗するならば、俺が相手になる」

 軍国の王子シュラルドルフがレンコの前に立ちはだかる。
 彼はゲーム【キュリオシティラブ】の中で、何度もプレイヤーをゲームオーバーにさせ、絶望させてきた恐ろしい存在。
 敵う訳がない。

「さあ、手合わせ願おう」

 シュラルドルフのその言葉に、レンコの顔が恐怖で歪む。

 シュラルドルフとの決闘イベントのとき、体力がないとヒロインは死に、デッドエンドを迎える。
 コンティニューからやり直し──だが、この世界にコンティニューなどない。
 女性向け恋愛シミュレーションにあるまじきキャラクター。
──レンコもプレイヤーなら知っているはず。シュラルドルフの決闘イベントの恐怖を。

「どうして、私がこんな目に遭わないといけないのよ……!」

 レンコは鼻を鳴らしながら泣く。
 主人公ヒロインの面影はない。

「それもこれも全部、あんたのせいよ! 悪役令嬢アナスタシア!」
「僕はアナスタシだ。アナスタシアは死んだ」
「アナスタシアは生きてた! あんたがアナスタシアだったのね! だから、アナスタシオス様のキャラが違ったんだ! 私のアナスタシオス様は何処!? 出しなさいよ! クソ女!」

 レンコは罵詈雑言をアナスタシオスをぶつける。

「彼女は何を言っている?」

 ゼニファーは得体の知れないものを見るような目でレンコを見る。

「……大方、アナスタシアの幻覚でも見たんだろう」

 アナスタシオスは思わず笑ってしまう。

「レンコさん、君は罪を認めてくれないみたいだけど、アナスタシアのことに関して、少しでも罪を感じてくれているみたいで良かった……」

 アナスタシオスは優しく笑う。
 階段から突き落とされたばかりだというのに、レンコやアナスタシアを気遣う姿に、周囲の人間は見惚れた。
 対して、彼を罵り続けるレンコに侮蔑の目を向けた。

「良い加減にしろ、レンコ」

 アデヤがよろけながら立ち上がる。

「アナスタシアはお前の──いや、死んだんだ!」

 アデヤの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
 美しさの欠片もない顔だった。
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