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復讐編 あなたは絶世のファム・ファタール!
決戦前夜に
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月日は流れ、年度末。
「いよいよ、明日は学園パーティー……」
クロードは緊張した面持ちで言う。
アナスタシオスとの秘密のお茶会を終え、あとは明日のパーティーに備えて寝るだけとなった。
しかし、どうにも眠る気が起きなかった。
心臓がバクバクとうるさく、ベッドに横になっても、悶々とするだけだ。
その一方、アナスタシオスは寝室のベッドの上でいびきをかいて寝ていた。
「クロード坊ちゃま、眠れないのですか?」
「メイばあや……」
見兼ねたメイばあやがクロードに声をかける。
「だって、しょうがないだろ。明日は復讐計画決行の日。もし失敗したら、おれも兄さんもただじゃ済まない」
世界で唯一の女性、【博愛の聖女】を敵に回すのだ。
お偉い人達が黙っていないだろう。
そのために、各国の王子を味方するように立ち回ってきたが、またいつ裏切られるかわかったものじゃない。
──兄さんは自信たっぷり過ぎるし……。それが逆に心配なんだんだよな……。
メイばあやは紅茶の入ったティーカップをクロードの前に置いた。
「……坊ちゃま。眠れないのでしたら、ばあやのお話を聞いてくれますか?」
「ばあやの? うん。聞くよ。どうせ眠れないし」
「ありがとうございます」
メイばあやはにっこりと笑って、話を始めた。
「ばあやは最初、転生などという話はクロード坊ちゃまの悪巧みの一つかと思っておりました」
「えっ!? 信じてなかったのか!?」
「申し訳ありません。坊ちゃま方はやんちゃ坊主でしたから。作り話をして、ばあやを困らせているものかと思っておりました」
「うっ……心当たりがあり過ぎる」
幼い頃、クロードが前世の記憶を取り戻す前。
悪戯好きのアナスタシオスに唆され、クロードはメイばあやを困らせることがあった。
真っ白の服を着て泥遊びをしたり、家の壁に落書きをしたり、メイばあやが仕事中に足にまとわりついて邪魔したり……。
思い出してもキリがない。
それをメイばあやは笑って、「駄目ですよ、坊ちゃま」と言うだけで済ませてくれた。
──前世の記憶を取り戻す前だったとはいえ、本当に申し訳ない……。
「しかし、必死な坊ちゃま達を見て、段々と冗談ではないと思うようになりました」
「メイばあや……」
「そして、あの日──アナスタシオス坊ちゃまが婚約破棄された日、クロード坊ちゃまがおっしゃってたことは、全て真実であったのだと思うようになりました」
クロードの言った通り、アナスタシオスが高等部二年の終わりに、学園パーティーで婚約破棄された。
メイばあやにとって、クロードの前世を信じるに値する出来事だった。
メイばあやはにこやかに笑う。
「クロード坊ちゃまはいつも、アナスタシオス坊ちゃまを救ってくれますね」
「『いつも』?」
メイばあやは目を伏せた。
「アナスタシオス坊ちゃまが生まれて、旦那様と奥様は喧嘩ばかりしておりました」
それは専ら、アナスタシオスの美貌についてことだ。
両親のどちらにも似ていない顔。
「一体、誰の子だ」
と、父は母に怒ってばかりだった。
「誰の子だって良いじゃない! あんなに美しいのだもの!」
対して母は、何の弁明にもならないことしか言わなかった。
「自分が原因で両親が喧嘩をしている。それを知った幼いアナスタシオス坊ちゃまは、大変なショックを受けておりました」
幼いアナスタシオスは一人の時間を好むようになり、日が落ちるギリギリまで外で遊ぶようになったという。
一日中家にいるよりは良いことだろう。
しかし、「外で遊びたい」というよりも、「家にいたくない」という感じだった。
「アナスタシオス坊ちゃまのそのお姿を、ばあやは見ていることしか出来ませんでした」
「どうして……。父さんと母さんに言えば良かったんじゃ」
「ばあやは所詮雇われの身。旦那様方の機嫌を損ねては解雇されてしまいます。そうしたら、坊ちゃまは本当に一人ぼっちになってしまいます。ばあやはお側にいることしか出来ませんでした……」
メイばあやは申し訳なさそうに笑う。
「そんなアナスタシオス坊ちゃまを救ってくださったのは、他でもないクロード坊ちゃまでした」
「え、おれ?」
クロードは驚いた顔で、自分を指差す。
アナスタシオスのことを、父は「自分の息子ではない」と言い、母は着せ替え人形のように思っていた。
歪な家庭の中で、アナスタシオスを本当に家族だと言ってくれたのは、弟のクロードだけだった。
「ばあやには子供がおりません。坊ちゃま方をばあやの息子──いえ、孫のように思っておりました。主人のご令息を孫だなんて、とんだ不届き者ですね」
メイばあやは笑った。
「ですから、ミステールさんの教育係に任命されたとき、まるで自分が息子が出来たように嬉しかったものです」
「ミステールが……? 仕事をサボってばかりで、大変そうだったけど」
「ええ。坊ちゃま方と同じようにやんちゃで! そこがとても可愛らしい」
メイばあやはハッとして、「すみません。興奮してしまいました」と謝る。
「ミステールさんと出会わせてくれてありがとうございます、クロード坊ちゃま」
メイばあやはクロードの手を自分の手で優しく包み込んだ。
そして、いつもの優しい笑顔で笑いかける。
「クロード坊ちゃま、メイばあやは何があっても坊ちゃま方の味方です。悪役であろうが、どれだけ人から非難されようが」
「ばあや……」
クロードの目頭がじんわりと熱くなる。
「おれと兄さんも、ばあやのこと、おれ達のおばあちゃんだと思ってたよ。怪我したら心配してくれて、家に帰ったら『おかえり』って言ってくれて……」
クロードはメイばあやに抱きついた。
「大好きだよ、メイばあや。いつもありがとう」
「クロード坊ちゃま……」
メイばあやは優しく、クロードを抱き締め返す。
メイばあやの腕の中は暖かくて、寝てしまいそうだった。
「坊ちゃま……。ばあや、泣いてしまいます」
「泣かないでくれよぉ。おれも泣いちゃうだろぉ……」
──メイばあや、こんなに小さかったっけ。
いや、大きくなったのは自分か、なんて、笑った。
──……昔は大きく見えたのにな。
「いよいよ、明日は学園パーティー……」
クロードは緊張した面持ちで言う。
アナスタシオスとの秘密のお茶会を終え、あとは明日のパーティーに備えて寝るだけとなった。
しかし、どうにも眠る気が起きなかった。
心臓がバクバクとうるさく、ベッドに横になっても、悶々とするだけだ。
その一方、アナスタシオスは寝室のベッドの上でいびきをかいて寝ていた。
「クロード坊ちゃま、眠れないのですか?」
「メイばあや……」
見兼ねたメイばあやがクロードに声をかける。
「だって、しょうがないだろ。明日は復讐計画決行の日。もし失敗したら、おれも兄さんもただじゃ済まない」
世界で唯一の女性、【博愛の聖女】を敵に回すのだ。
お偉い人達が黙っていないだろう。
そのために、各国の王子を味方するように立ち回ってきたが、またいつ裏切られるかわかったものじゃない。
──兄さんは自信たっぷり過ぎるし……。それが逆に心配なんだんだよな……。
メイばあやは紅茶の入ったティーカップをクロードの前に置いた。
「……坊ちゃま。眠れないのでしたら、ばあやのお話を聞いてくれますか?」
「ばあやの? うん。聞くよ。どうせ眠れないし」
「ありがとうございます」
メイばあやはにっこりと笑って、話を始めた。
「ばあやは最初、転生などという話はクロード坊ちゃまの悪巧みの一つかと思っておりました」
「えっ!? 信じてなかったのか!?」
「申し訳ありません。坊ちゃま方はやんちゃ坊主でしたから。作り話をして、ばあやを困らせているものかと思っておりました」
「うっ……心当たりがあり過ぎる」
幼い頃、クロードが前世の記憶を取り戻す前。
悪戯好きのアナスタシオスに唆され、クロードはメイばあやを困らせることがあった。
真っ白の服を着て泥遊びをしたり、家の壁に落書きをしたり、メイばあやが仕事中に足にまとわりついて邪魔したり……。
思い出してもキリがない。
それをメイばあやは笑って、「駄目ですよ、坊ちゃま」と言うだけで済ませてくれた。
──前世の記憶を取り戻す前だったとはいえ、本当に申し訳ない……。
「しかし、必死な坊ちゃま達を見て、段々と冗談ではないと思うようになりました」
「メイばあや……」
「そして、あの日──アナスタシオス坊ちゃまが婚約破棄された日、クロード坊ちゃまがおっしゃってたことは、全て真実であったのだと思うようになりました」
クロードの言った通り、アナスタシオスが高等部二年の終わりに、学園パーティーで婚約破棄された。
メイばあやにとって、クロードの前世を信じるに値する出来事だった。
メイばあやはにこやかに笑う。
「クロード坊ちゃまはいつも、アナスタシオス坊ちゃまを救ってくれますね」
「『いつも』?」
メイばあやは目を伏せた。
「アナスタシオス坊ちゃまが生まれて、旦那様と奥様は喧嘩ばかりしておりました」
それは専ら、アナスタシオスの美貌についてことだ。
両親のどちらにも似ていない顔。
「一体、誰の子だ」
と、父は母に怒ってばかりだった。
「誰の子だって良いじゃない! あんなに美しいのだもの!」
対して母は、何の弁明にもならないことしか言わなかった。
「自分が原因で両親が喧嘩をしている。それを知った幼いアナスタシオス坊ちゃまは、大変なショックを受けておりました」
幼いアナスタシオスは一人の時間を好むようになり、日が落ちるギリギリまで外で遊ぶようになったという。
一日中家にいるよりは良いことだろう。
しかし、「外で遊びたい」というよりも、「家にいたくない」という感じだった。
「アナスタシオス坊ちゃまのそのお姿を、ばあやは見ていることしか出来ませんでした」
「どうして……。父さんと母さんに言えば良かったんじゃ」
「ばあやは所詮雇われの身。旦那様方の機嫌を損ねては解雇されてしまいます。そうしたら、坊ちゃまは本当に一人ぼっちになってしまいます。ばあやはお側にいることしか出来ませんでした……」
メイばあやは申し訳なさそうに笑う。
「そんなアナスタシオス坊ちゃまを救ってくださったのは、他でもないクロード坊ちゃまでした」
「え、おれ?」
クロードは驚いた顔で、自分を指差す。
アナスタシオスのことを、父は「自分の息子ではない」と言い、母は着せ替え人形のように思っていた。
歪な家庭の中で、アナスタシオスを本当に家族だと言ってくれたのは、弟のクロードだけだった。
「ばあやには子供がおりません。坊ちゃま方をばあやの息子──いえ、孫のように思っておりました。主人のご令息を孫だなんて、とんだ不届き者ですね」
メイばあやは笑った。
「ですから、ミステールさんの教育係に任命されたとき、まるで自分が息子が出来たように嬉しかったものです」
「ミステールが……? 仕事をサボってばかりで、大変そうだったけど」
「ええ。坊ちゃま方と同じようにやんちゃで! そこがとても可愛らしい」
メイばあやはハッとして、「すみません。興奮してしまいました」と謝る。
「ミステールさんと出会わせてくれてありがとうございます、クロード坊ちゃま」
メイばあやはクロードの手を自分の手で優しく包み込んだ。
そして、いつもの優しい笑顔で笑いかける。
「クロード坊ちゃま、メイばあやは何があっても坊ちゃま方の味方です。悪役であろうが、どれだけ人から非難されようが」
「ばあや……」
クロードの目頭がじんわりと熱くなる。
「おれと兄さんも、ばあやのこと、おれ達のおばあちゃんだと思ってたよ。怪我したら心配してくれて、家に帰ったら『おかえり』って言ってくれて……」
クロードはメイばあやに抱きついた。
「大好きだよ、メイばあや。いつもありがとう」
「クロード坊ちゃま……」
メイばあやは優しく、クロードを抱き締め返す。
メイばあやの腕の中は暖かくて、寝てしまいそうだった。
「坊ちゃま……。ばあや、泣いてしまいます」
「泣かないでくれよぉ。おれも泣いちゃうだろぉ……」
──メイばあや、こんなに小さかったっけ。
いや、大きくなったのは自分か、なんて、笑った。
──……昔は大きく見えたのにな。
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