悪役令嬢♂〜彼は婚約破棄国外追放死亡の運命を回避しつつ、ヒロイン達へ復讐を目論む〜

フオツグ

文字の大きさ
上 下
57 / 79
復讐編 あなたは絶世のファム・ファタール!

無口な男の後悔

しおりを挟む
──アナスタシア嬢が死んだ……。
 シュラルドルフは遠くからアデヤとアナスタシオスとの話を聞いていた。
 アナスタシアと瓜二つの双子の弟、アナスタシオス。
 そんな人物がいたことも驚きだが、アナスタシアが亡くなったことも衝撃的だった。
 軍国は死の絶えない国だった。
 父の思想教育の中で、死についてのものがあった。

「戦士として、情は捨てよ。死に嘆くは戦士の恥」

 決闘に負け、死亡するなんてよく聞く話で、人の死に対して、悲しいとも悔しいとも思わなかった。
 ただ、死んだのか、とぼんやり思うだけだった。
 そのはずだったのに、アナスタシアが亡くなったと聞かされたとき、心が空っぽになっていくのを感じた。
 もう二度と、彼女の笑顔を見ることも、彼女と言葉を交わすことも、彼女に触れることも出来ない。
──これが、死。
 アナスタシアがレンコを虐めるようになって、人が変わったと思った。
 一時の感情で、気の迷いをおこしただけだろう。
 悪いことだと教えれば、いつかは心を入れ替えてくれると、信じていた。
 その矢先だった。
 アナスタシアの訃報を聞いたのは。

 事実を飲み込めなくて、シュラルドルフは中庭のベンチで項垂れていた。
 そんな彼に、近寄る影が一つ。

「シュラルドルフ王子、ですよね」

 声をかけられて、シュラルドルフは顔を上げる。
 そこにはアナスタシアと同じ顔があった。

「お前はアナスタシア嬢の……」
「双子の弟、アナスタシオスです」

 アナスタシオスは微笑む。
 見れば見るほど、アナスタシアの生き写しだった。

「お隣、失礼しても?」
「……好きにすると良い」
「お邪魔します!」

 アナスタシオスはシュラルドルフの隣にちょこんと座った。

「赤い髪に、橙色の瞳! 一目見て、シュラルドルフ王子だってわかりましたよ!」

 アナスタシオスはふふ、と笑う。

「アナスタシアと仲良くしてくれてたんですよね。話に聞いてました!」
「……話」
「はい! 僕が病床に伏しているとき、アナスタシアはしょっちゅう手紙をくれていたんです。学園での話とか、たくさん聞かせてくれて……」
「……病気」
「はい。療養のために、姉弟とは離れて暮らしてました」

 アナスタシオスは頷いた。

「アナスタシアはクロードを特別可愛がっていたでしょう? 仕方ないんです。アナスタシアがクロードに与える愛情は、だったんだから」

 病床に伏せ、長くは生きられないと言われていた双子の弟。
 寂しさを埋めるように、クロードへ愛情を注いだ。

「では、夜な夜な寝室で密会していたというのは……」
「……アナスタシアは兄弟と話をすることが大好きでしたから。僕への手紙も、途絶えることはありませんでしたから」

 アナスタシオスはそう言って肯定した。

「アナスタシアの手紙には、シュラルドルフ王子の名前もよく出ていたんです」

──恨んでいるだろうか。
 六年前、剣術大会で暴走して襲いかかったこと。
 アデヤに一生の傷を負わせたこと。
 それから、距離を取るようになったこと。
 そして、アナスタシアから離れたこと。

「アナスタシアと仲良くしてくれてたみたいですね。僕もいつかお話ししたいと思ってたんです」
「俺と話しても、楽しくはないと思うが」
「知ってます! シュラルドルフ王子は話下手だって」

 アナスタシオスはニコニコと笑って言った。

「でもそれは、誰かを傷つけることがないように、言葉を選んでるから。優しい人だからなんだって」
「優しい……」
「だから、言葉を待ってあげるんだって。きっと、優しい言葉をくれるだろうから……」
「アナスタシア嬢が……そんなことを……」

──俺は優しくなんてない。
 アデヤ達を避けた。
 口を噤んだ。
 自分がこれ以上傷つかないように。
──何処までも臆病で、情けない男なんだ……。
 六年前の剣術大会。
 シュラルドルフは暴走し、ゼニファーやアデヤに襲いかかった。
 正気を取り戻したとき、シュラルドルフとゼニファーの間に溝が生まれた。
 ゼニファーはシュラルドルフの弁明を待たずして、その場を去ろうとした。

「シュラルドルフ王子の言葉に耳を傾けてあげて下さい。彼はのんびり屋さんですから、直ぐに言葉は出て来ないかもしれませんけれど」

 アナスタシアにそう言われて、ゼニファーはシュラルドルフの弁明を聞いてくれた。
──アナスタシアはあのときから何も変わっていなかったのだ。
 彼女はシュラルドルフの言葉をずっと待っていた。
 優しい言葉を。
──しかし、俺は……何も言わなかった。何も……。
 シュラルドルフは下を向く。
 アナスタシオスはニヤリと笑った。
──そう。そうやって、後悔しろ。〝アナスタシア〟は死んだ。もう謝れない。ならば、俺の思ったように動け。

「アナスタシオス」

 シュラルドルフは顔を上げる。

「何でしょう、シュラルドルフ王子」

 アナスタシオスは表情を戻す。
 ニコニコと、無害そうな笑みを顔に貼り付ける。

「すまなかった」

 シュラルドルフは頭を下げた。

「ど、どうしたんですか、いきなり。僕、何かしちゃいましたか?」
「何かしたのは俺の方だ──いや、俺は、何もしなかったんだ」

 アナスタシオスに謝っても、意味がないのはシュラルドルフもわかっている。
 しかし、けじめとして、謝っておきたかった。
──お前の姉には酷いことをした。

「……ええと。よくわからないけど、お話を聞きますよ。僕、待ちますから」

 ね、とアナスタシオスは優しく笑いかけた。

「お前は最近のアナスタシア嬢の状況を何処まで知っている?」
「え? アデヤ様達と楽しく学園に通っていたと聞いていますが……」

 どうやら、アナスタシオスは最近のアナスタシアの状況を知らないらしい。
 病床に伏せていた彼に心労をかけさせないように、隠していたのだろう。
 アナスタシアはそんな女性だ。
──知っていたはずなのにな……。

「『シュラルド』と呼んでくれないか」
「え?」
「アナスタシア嬢も、そう呼んでくれていた。同じように呼んで欲しい、アナスタシオス」

 アナスタシオスとアナスタシアを重ねるなんて、馬鹿げている。
 それでも、彼を守ることがアナスタシアへの贖罪になるのなら、いくらでも。

「わかりました! では、僕のことも『シオ』と呼んで下さい!」
「『シオ』?」
「アナスタ〝シオ〟スだからです。アナスタシアからもそう呼ばれていて……。あ、アナスタシアのこと、僕は『シア』って呼んでたんです。アナスタ〝シア〟だから。まあ、昔の話なんですけどね……」

 アナスタシオスは困ったように笑った。

「わかった。そう呼ばせても貰う。……シオ」
「はい! 何でしょう」
「困ったことがあれば、言ってくれ。俺が力になろう」

 アナスタシオスはぱあ、と表情を明るくさせた。

「ありがとう、シュラルド!」

──まずは、一人目。
 アナスタシオスはほくそ笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】 乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。 ※他サイトでも投稿中

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

処理中です...