上 下
55 / 79
復讐編 あなたは絶世のファム・ファタール!

復讐の狼煙

しおりを挟む
「本当に良いのか?」

 クロードはアナスタシオスに何度目かの確認した。

「だから、良いっつってんだろ。何度も言わせんな」

 アナスタシオスはため息混じりに言う。

「折角綺麗なのに……」

 クロードは「うっうっ」と嗚咽を漏らす。

「思いっきり頼むぜ、クロード」

 アナスタシオスはそう言って、口角を上げた。
 クロードは覚悟を決め、鋏を力一杯握った。
 美しい銀糸の髪が宙を舞う──。

 □

 アナスタシア断罪から数週間後、キュリオ学園にて。
 新学年になり、学園内には初々しさが溢れている。
 そんな中、三年生になったアデヤは浮かない顔をしていた。

「……アナスタシアは今日も来ないんだろうか」

 アデヤは友人のゼニファーにそう言った。
 学園のパーティーで断罪されて以来、アナスタシアは学園に来ていない。
 弟のクロードも。
 アデヤはアナスタシアの罪を公にし、婚約破棄を宣言した張本人だ。
 だと言うのに、アデヤは元婚約者であるアナスタシアのことを気にしていた。

「レンコ嬢への嫌がらせを暴露された手前、学園に来づらいのでしょう」

 ゼニファーがアデヤを慰めた。

「アナスタシアはそんなことを気にする人だったか? 悪い噂だって、放置していたくらいだ。罪を暴かれたくらいで、学園に来なくなるものか?」
「アデヤ様が気にすることはありません。貴方は〝正しいこと〟をしたのですから」
「そう……だな」

 校門の前に一台の馬車が止まった。

「足元に気をつけて」
「ありがとう、クロード」

 馬車から降りてきた人物に、人々は騒つく。
 それに気づいたアデヤとゼニファーはその人を見た。

「アナスタシア……?」

 サファイアとアメジストの珍しい瞳と、整った目鼻立ちは間違いなく、アナスタシアだった。
 しかし、様子がおかしい。
 長く美しかった銀色の髪は、肩くらいまでの長さになっている。
 そして何故か、男性用の制服を着ているではないか。
 アデヤとゼニファーは慌てて駆け寄る。

「どうしたんだ、その格好……。男性用の制服じゃないか」

 アデヤが話しかけると、アナスタシアはきょとんとした顔をした。

「ええと……?」

 アナスタシアは困ったような顔をして、横にいる弟のクロードに目を向ける。
 クロードは兄と打ち合わせした通りに答えた。

「彼はアデヤ王子です。
「……え?」

 クロードの思ってもない言葉に、アデヤとゼニファーは素っ頓狂な声を上げる。

「ああ!」

 アナスタシアは思い出したような声を上げ、アデヤに向かってニッコリと微笑んだ。

「貴方がアデヤ王子ですか! から聞いています!」
「あ、姉……?」
「あ、そうですよね。自己紹介をしなければ」

 アナスタシアはぴんと背筋を伸ばす。

「お初にお目にかかります。僕はアナスタシアの、アナスタシオスと申します!」

 アナスタシオスは無邪気に笑って見せた。
 お淑やかに笑うアナスタシアとは明らかに別人だ。

「ふ、双子の弟? そんなの聞いてないぞ……。弟は一人だけのはずだろう!」

 その言葉を聞いて、アナスタシオスは儚げに笑う。

「僕は生まれつき身体が弱くて…… 成人まで生きるのが不可能だと言われていたのです。ですから、今まで、『居ないもの』として扱われてきました」
「え……」
「それが、先日急激に体調が良くなりまして、こうして、姉や弟と同じ学園に通えることとなりました!」

 アナスタシオスは明るく言った。

「そ、そうか」

 アデヤはそれは良かった、とうんうん頷く。

「それで、アナスタシアは今どうしているんだ?」

 アナスタシアのことを聞かれて、明るく笑っていたアナスタシオスの顔が強張った。
 悲しげに目を伏せ、重く口を開く。

「姉は……アナスタシアは亡くなりました」

 一瞬、何を言われたかわからず、時間が止まったかのように静まり返る。

「亡く……なった……?」
「先週、体調を崩して、そのまま……」
「き、聞いてないぞ!? 葬儀にだって呼ばれてない!」
「葬儀はでひっそりと行いました。アナスタシアたっての希望で……」

 アデヤはショックを受けているようだった。
 家族でひっそりと。
 その家族の中にアデヤは入っていない。
 だって、婚約破棄をしたのだから。

「僕の体調は急激に良ったのは、アナスタシアが亡くなってからなんです。きっとアナスタシアが悪いものを全て引き受けてくれたのでしょう……」
「そ、そんな馬鹿な! だって、アナスタシアはこの間まであんなに……!」
「殿下はご存じなかったのですか? アナスタシアも病気がちだったんです。僕ほど酷くはなかったのですが……。度々、体調を悪くして、休憩していたはずです」
「休憩だなんてそんなこと、一度だって……!」

 アデヤはハッとした。

「ま、まさか……! 弟と度々教室を抜け出してたのは……!」

──レンコへの嫌がらせをしていたのではなくて、体調を悪くして、休んでいた?
 アデヤは弟のクロードを見る。

「何故、私に言わなかったんだ!?」

 クロードは眉に皺を寄せて言った。

「……お姉様が殿下には黙ってるようにと」
「だが……!」
「言ったら、お姉様を信じてくれましたか?」

 アデヤとゼニファーは罰の悪そうな顔をする。

「それは……」
「アリバイがないのは事実です。お姉様は誰にも見られないようにしていましたから」

『どうせ、信じて貰えないのなら、余計な心配はかけさせないようにしましょう』

「お姉様はそう言っていました」
「わ、私達のために……?」

 アデヤは顔を青くさせて項垂れる。

「も、申し訳ありません。僕、余計なことを言ってしまいました……?」

 アナスタシオスは慌てて言う。
──『しめしめ、罪悪感に駆られてらあ……』と心の中では笑ってるんだろうなあ……。本当、とんでもない人だ。

「……いや、君が謝ることではない。謝るべきなのは──」
「アナスタシオス様!」

 一際大きな声で名前を呼ばれて、アナスタシオスは驚く。
 目を向ければ、〝アナスタシア〟を陥れた【博愛の聖女】レンコが、笑顔で駆け寄って来ていた。
 アナスタシオスはげっ、と思いながらも、顔には出さない。
 〝アナスタシアの双子の弟アナスタシオス〟はレンコとも初対面だ。

「ええと、貴女は……?」

 アナスタシオスが尋ねる。

「【博愛の聖女】レンコでーす! やーっと会えましたねっ!」
「『やっと会えた』……?」

 クロードは首を傾げた。
──レンコは兄さんのことを知っている……?

「私ね、ずーっと待ってたんですっ。アナスタシオス様にお会いするのっ!」

 アイコはアナスタシオスの腕に絡みついた。

「れ、レンコ嬢、何をしてるんです!?」

 クロードは咄嗟に声を上げる。

「何って?」
「レンコ嬢はアデヤ殿下の婚約者でしょう!? 婚約者の前で別の男になんて……!」
「私とアデヤ王子は婚約なんてしてないけど?」
「え……」
「えっ?」

 レンコの言葉に、アデヤも驚いている。
 それもそうだ。
 〝アナスタシア〟とアデヤを婚約破棄させたのは、レンコがアデヤと婚約したいからだと思っていたのだから。

「アナスタシオス様? このご姉弟に何を言われても信じないで下さいね? あの人、私に嫉妬してただけだから!」
「……え、えーと。レンコ嬢?」
「なぁに? アナスタシオス様?」
「とりあえず、離れてくれませんか? ちょっと、その……困ります」
「照れちゃってるんですかぁ? そういうところも可愛いんだから!」

 レンコの変わりように、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

【完結】どうやら、乙女ゲームのヒロインに転生したようなので。逆ざまぁが多いい、昨今。慎ましく生きて行こうと思います。

❄️冬は つとめて
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生した私。昨今、悪役令嬢人気で、逆ざまぁが多いいので。慎ましく、生きて行こうと思います。 作者から(あれ、何でこうなった? )

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

処理中です...