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ゲーム本編編 ヒロインの座を奪い取れ

理想の姉弟

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 賢王が統治する国、賢国。
 賢国では、三ヶ月に一度、賢国民共通テストが行われている。
 そのテストの結果によって、次期賢国王が決定する。
 この国をより良いものにするため、自身の野望のため、皆、このテストに人生を賭けるのだ。
 賢国王の子は生まれたときから最高峰の教育を受けることとなる。
 シルフィトもその一人。
 彼は八人兄弟の末っ子に生まれた。
 末弟ながら、成績は兄弟の誰にも劣らなかった。
 次期賢王の筆頭候補だと噂される程に。
 当然、兄と姉からは嫉妬された。

「どうして、一番最後に生まれたあいつが……」

 嫉妬に駆られた兄姉は、シルフィトの勉強の邪魔をし始めた。
 シルフィトが勉強している横で騒音を立てたり、彼の参考書を隠したりという、幼稚な嫌がらせが続いた。
 シルフィトは相手にしなかった。
 兄姉達は次期王になるべく、カンニングや答案の入手など、不正を働く馬鹿ばかりだと知っていたから。
 いつか必ずボロを出し、自滅するとわかっていた。
 そして、いつしか、七人もいた兄姉はシルフィトの前から姿を消していた。
 賢い賢国王のことだ。
 彼らの罪を暴き、処罰したのだろう。
 シルフィトにとってはどうでも良いことだった。
 だから、知ろうとも思わなかった。

 □

 そんなある日、外に出る機会があった。
 そこで初めて、平民の暮らしを見た。
 書物を読んで、どのような暮らしをしていたかは知っていたが、実際見るのは初めてだった。
──みんな、阿呆みたいな顔してる……。
 勉強に追われず、伸び伸びと過ごしている彼らを見て、シルフィトはそう思った。

「姉さん、姉さん! ぼくね、テストで満点取ったんだよ!」

 シルフィトと同じ年頃の少年が、姉であろう少女に笑顔でそう言った。
 平民とはいえ、勉強がない訳ではない。
 学校は至る所にあるし、テストも頻繁に行われている。 

「テストで満点!? 凄いじゃない!」

 そう言って、少女が少年の頭を撫でていた。
──良いなあ、あれ。
 シルフィトは二人のような、『普通の兄弟』に強く憧れた。
 シルフィトの兄と姉は、彼を蹴落とそうと必死で、可愛がってはくれなかった。
──いつか、『お姉ちゃま』か『お兄ちゃま』と呼べる人と、お勉強が出来たら……。
 そんな淡い期待を込めて、キュリオ学園に入学した。
 教育の質は高いとは言えないが、国を問わず、様々な人と会える。
 理想の『お姉ちゃま』か『お兄ちゃま』に会えるかもしれない。
 しかし、理想の人はそう簡単に見つからなかった。
 馬鹿ばかりで、話も合わない。
──つまらない。
 これでは、ここに来た意味がない。

 そんなとき、クロードが転校して来た。
 馬鹿みたいな面をしていると思ったが、意外と勉強が出来るようで驚いた。
──彼なら、友達になってやっても良いかも。
 そう思って声をかけた。
 そうしたら、なんと、噂の美しい人──アナスタシアが姉だと言うではないか。
 噂を聞く限り、彼女の印象はあまり良くはなった。
 しかし、会って話してみたら、全く印象が違った。
 シルフィトに微笑みかけ、優しく接してくれた。
──正に、理想のお姉ちゃまだ……!
 アナスタシアを自分の姉にしようと目論んだこともある。
 しかし、アナスタシアはクロードの姉。
 奪ってはいけない。
 シルフィトは二人が好きだ。
 ライバルのクロード。
 優しい姉のアナスタシア。
──シルはクロのお姉ちゃまをしてるお姉ちゃまが好き。この姉弟を守るためなら……。

「シルは悪役になったって構わない」

 シルフィトはそう言葉を綴った。
 彼の話をアナスタシオスとクロードは黙って聞いていた。

「二人の幸せを守る。絶対に。誰にも理解されなくてもやり通す。ここに閉じ込めて、卒業したら二人を賢国に連れて帰る。そうしたら、一生、シルが二人を守れる!」

──バチン!
 突如、シルフィトの頬に平手が飛んだ。
 アナスタシオスがシルフィトを叩いたのだ。
 シルフィトはじんわりと熱くなる頬を抑えて、目を白黒させた。

「……え。え? 今、叩い……?」
「シルフィト、貴方、大馬鹿者ね」
「し、シルは賢国の次期王って言われるほど賢いんだよ!? いくらクロのお姉ちゃまでも、間違ったこと言ったら駄目なんだよ!」
「何も間違ってないわ」

 アナスタシアは髪を手で払う。

「なんで、わたくし達が脱出出来たにも関わらず、ここに残ったかわかる?」
「えと。シルの考えが理解出来たから……?」
「違うわ」
「じゃあ、なんで……」

 シルフィトの賢い頭でいくら考えても何も思いつかない。
 アナスタシオは呆れたようにため息をつく。

「貴方が好きだからよ」
「……え」
「貴方はわたくし達を誘拐して監禁した。わたくし達が脱出して、然るべきところに報告したら、貴方は罪に問われる。……それは、嫌なの」
「だったら! ……ずっと、ここにいてよ」
「それは出来ないわ。もう、外部にこの監禁が知られているもの」
「……ミステール・ウィッシュ・プラグマ……」

 シルフィトは爪を噛む。
 ミステールを黙らせるには、一筋縄ではいかないだろう。
 シルフィトはそのことをわかっているらしい。

「今なら、まだ間に合う」

 クロードは前に出る。

「おれ達はシルの別荘に招待されて、連絡も忘れて遊んでいたことにしよう。これなら、誰も、悪役にならずに済む」
「もうなってるじゃん! 学園で! お姉ちゃまがさ!」

 シルフィトはその場に蹲る。

「シルは、これ以上、二人に傷ついて欲しくない……!」

 ぐすぐすと鼻を鳴らす音が聞こえる。
 クロードはシルフィトの肩に、そっと手を置いた。

「シルは悪役なんかじゃない。おれ達はわかってる。だから、進んで悪役になるなよ」
「クロ……」

 シルフィトは顔を上げた。

「そうよ、シルフィト」

 アナスタシオスが笑いかける。

「嫌いになっても良いなんて、寂しいこと言わないで。わたくし達が貴方のことを大好きな気持ちは変わらないわ。
「クロのお姉ちゃま……」
「数日間、わたくしと弟を守ってくれてありがとう」
「う、うう……」

 シルフィトは声を上げて泣いた。
 ごめんなさい、ごめんなさい、と叫びながら。
 それに釣られて、クロードも涙を流した。

 □

「久しぶりの外だ……」

 二重扉を開けた先は、予想通り、シルフィトの別荘の中だった。
 別荘の外に出て、大きく深呼吸をした。
 外の空気を肺に入れる。

「アナスタシアお嬢様! クロード坊ちゃん!」

 ミステールとメイばあやが屋敷の中から現れる。

「無事脱出なされたようで」
「ミステール! どうして、屋敷の中から!?」
「監禁部屋から引き上げた後、外で待機していたメイさん共々捕縛されましてねえ」
「捕縛!?」

──マジか! あのとき脱出してたら、結局監禁部屋に逆戻りだったんだな……。
 結果、残ってて良かった、クロードは思った。

「それから、屋敷の中で丁重にもてなされてました」
「もてなされるな」
「勿論、一週間経っても出て来ないようなら、強行突破するつもりでしたよ?」
「どうやって?」

 シルフィトが「聞き捨てならない」と言うように尋ねる。
 ミステールは唇の人差し指を当てる。

「それは企業秘密ですよ」
「……やっぱり、ミステール・ウィッシュ・プラグマは油断出来ないな」
「僕はもうただのミステールです。シルフィト王子」

 ミステールはへらへらと笑った。
 シルフィトはクロード達に向き直る。

「クロ、クロのお姉ちゃま。本当にごめんなさい」
「良いの。わたくし達の身を案じてくれたんでしょう?」
「シル、結局二人に何も出来なかった。閉じ込めて困らせて……何も解決しなかった。シル、大馬鹿者だったね」
「いいえ。わたくしも覚悟を決めたわ」
「え?」
「流れに身を任せてるだけじゃいけないって気づいたわ。わたくし、レンコちゃんと戦う」
「クロのお姉ちゃま……! シルも協力する! 何でも言ってね!」
「ありがとう。心強いわ」

 アナスタシオスは笑った。

「そ、それでね、クロのお姉ちゃま」

 シルフィトは指をもじもじとさせながら言う。

「シルのお姉ちゃまになって貰えない?」
「ごめんなさい。お姉ちゃまにはなれないわ」

──男だし。
 そう思って、咄嗟に口に出た。
 シルフィトは下を向く。

「そう……だよね。クロがいるもんね」
「でもね、シルフィトのことはもう一人の弟だと思ってるわ」

 アナスタシオスはシルフィトの頭を撫でる。

「クロードと同じくらい、シルフィトも大切よ」
「お姉ちゃま……シル、嬉しい!」

 シルフィトはアナスタシオスに抱きつく。
 クロードはぎょっとした。
──大丈夫? 男だってバレない?
 目でアナスタシオスに問いかける。
──平気平気。
 アナスタシオスは笑顔で返した。

「じゃあ、戻りましょうか。わたくし達の学園に」
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