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ゲーム本編編 ヒロインの座を奪い取れ

一筋の光明

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「さて。監禁生活から五日経つ訳だが…‥」

 アナスタシオスはベッドに寝そべり呟く。

「滅茶苦茶快適だな……」

 食事は上げ膳据え膳。
 日中はベッドでゴロゴロしてても、メイドのメイばあやに怒られない。
 何より、女のふりをしなくて良いのが最高だ。

「俺、一生ここに住もっかな」
「駄目だぞ!?」

 クロードは咄嗟に叫んだ。

「冗談だって……。マジにすんなよ」

 アナスタシオスはへらへらと笑いながら、ゆっくりとベッドから起き上がる。

「どうするんだ、この状況……! 脱出出来る気が全然しないぞ!」

 外につながる扉は二重扉だ。
 一つは、食事が運ばれるとき以外、外側から鍵をかけられている。
 もう一つは、四桁のダイヤル式南京錠が十個もかけられている。
 しかも、毎回番号を変えられており、それを知るのはシルフィトただ一人……。
 どう考えても脱出は不可能だ。

「このままヤンデレ監禁エンドなんてごめんだぞ!?」
「まあ、焦んなくて良いんじゃねえの」
「兄さんはなんでそんなにのんびりしてるんだよ……!」
「焦ったって事態は好転しねえからなあ」

 アナスタシオスは太ももに肘をつけ、頬杖をつく。

「それに、そろそろ来る頃合いだと思うしな?」
「来るって何が……」

 ドンドン、とそのとき何かが叩かれる音が聞こえてきた。

「え。この音……上から?」

 二人は同時に見上げる。
 天井のあるのは電球と天窓。
 ドン、ともう一度天窓を叩く音と共に、ミステールの笑顔が現れた。

「み、ミステール!?」
「おう。みすちー」

 アナスタシオスはミステールに向かって手を振った。
 ミステールは手を振り返すと、器用に天窓を外し、縄梯子を下ろして、部屋の中に降りてくる。

「坊ちゃん方、迎えに来ましたよ~」
「遅かったじゃねえか、みすちー?」
「これでも早い方なんですよ? 監禁イベント発生に勘づいて、直ぐ駆けつけたんですから」

 ミステールは床まであと数メートルのところで縄梯子から飛び降りた。

「シルフィトくんが立てた誘拐計画はこうです」

 シルフィトは、アナスタシオスとクロードの二人と交遊のある人物を買収していた。
 その人物はまず、フィラウティア兄弟と日帰りの旅行の約束を取り付ける。
 フィラウティア家の使用人も何人か買収し、その者が旅行に同行するように手を回した。
 そして、旅行当日。
 買収した者達しか周りにいない間に、旅行先の適当なところでお茶をする。

「そういえば、旅行先で紅茶を飲んだら急に眠気に襲われたような……?」

 まさか、盛られた?
 と言う前に、ミステールは答える。

「調べたところ、シルフィトくんが睡眠薬を購入した履歴はありませんでした」
「なんで調べてわかるんだ?」

 クロードが尋ねる。

「クロードくん、僕の出身国は?」
「商国だろ」
「そう! 商国の商人達の伝手を使って調べたら、それくらい直ぐわかるんだから。先日、君が肌色の多い写真集を買っていたことも──」
「止めろぉ!」

 クロードは顔を真っ赤にして叫んだ。

「ともかく、シルフィトくんは睡眠薬は買っていない。しかし、賢国随一の優秀な頭脳なら、睡眠薬を調合するのも朝飯前でしょうね」

 そうやって眠らせた二人を、シルフィトに引き渡したのだろう。
 二人は監禁部屋に直行。
 二人の旅行に同行していたミステールとメイばあやには、買収した使用人から、アナスタシオスの筆跡を真似た手紙を渡されたという。

「どんな内容だったんだ?」
「『現地の人に観光地を案内して貰うことになった。並びに、旅行が楽しいので期間を延長する。いつ頃帰るかは追って連絡する』」
「これで何日帰って来なくてもバレねえってか」
「時間稼ぎでしょう。誘拐に気づくのが遅ければ遅いほど、捜索は難しくなりますから」
「『現地の人』って架空の人物を出すのも小賢しい。誘拐って発覚したとき、真っ先に疑われる。存在すらしてねえのにな」
「ちなみに、買収された者達は美国でバカンス中みたいですよ」
「バカンスの代わりに犯罪の片棒担がされるなんざなあ。帰ってきたとき、問い詰められるだろうに」

 ミステールはフッと笑う。

「まあ、そんな偽装工作をしても、僕とメイさんは直ぐに気づく訳ですが」
「そりゃそうだ。俺が何処かに行くとき、メイばあややみすちーを置いていくなんてあり得ねえからな」
「ナーシャ坊ちゃんが男だと知らない訳ですからねえ。いくら頭が良くても、知らないことには対応出来ません」
「へっ。そりゃそうだ」

 「んじゃ」と、アナスタシオスはベッドから飛び降りる。

「脱出すっか!」

 アナスタシオスは腰に手を当てて、天窓に目を向けた。
 天窓からは外の空気が流れ込んでくる。
 この息のしづらい部屋から、脱出出来るのだ。

「……なあ、兄さん」

 クロードが口を開く。

「ここから脱出したら、シルのことはどうするんだ?」
「また監禁されたらたまんねえからな。アデヤに密告チクる」
「そうしたら、シルは……」
「アデヤは俺にベタ惚れだ。いつかのダンス教師のときみたいに、何らかの罰を与えるんじゃねえの」
「だよ、な……」

 シルフィトはアナスタシアを守りたいだけだ。
 出来ることなら、ゲームのように穏便に済ませたい。
──穏便に済ませられたら……。
 自分は主人公ヒロインではない。
 ましてや、攻略対象でも、名のあるモブキャラでもない。
 悪役令嬢の弟だ。
──それでも……。

「脱出、一日だけ待ってくれないか」
「……あ?」
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