悪役令嬢♂〜彼は婚約破棄国外追放死亡の運命を回避しつつ、ヒロイン達へ復讐を目論む〜

フオツグ

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ゲーム本編編 ヒロインの座を奪い取れ

悪役令嬢♂の監禁スローライフ

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 監禁生活一日目、夜。
 天窓から注ぐ光がなくなり、空が黒くなった。
 夜の訪れである。
 結局、ここから出る術は何も思いつかない。
 とりあえず、シルフィトが現れるのを待つことにした。
 ガチャン、ガチャンと鍵が外される音が聞こえ、二人は扉の前に立った。
 扉が開かれると、シルフィトが現れた。

「夜ご飯だよ。クロ、クロのお姉ちゃま」

 食事を乗せたカートを押して、シルフィトは入室する。
 その隙に、クロードは扉の外の様子を伺った。

「今なら出られるかも、とか考えてる?」

 シルフィトはクスクスと笑った。

「無駄だよ。その扉の先にもう一つ扉があるんだ」
「二重扉か……」
「そう。一枚目の扉は毎回、外側から鍵をかける。もう一つの扉は内側に四桁のダイヤル式南京錠……。それを十個」
「十個も!?」

──四桁が十個……何通りあるんだよ!?
 鍵が開いている短時間に全てのパターンを試すことは不可能。
 それも、部屋の中にシルフィトがいる中で試すことになるのだ。
──それでも、毎日コツコツ試していけば……!

「ダイヤルの番号は毎回変えるから。開けられるのはシルだけ」

──徹底してるぅ~! 頭の良さをこんなところで発揮しなくても良いだろ!
 シルフィトは料理を机の上に並べた。
 前菜、スープ、魚料理、肉料理……次々と並べられる豪勢な料理の数々。

「ふ、フルコース……」
「嫌いなものは残して良いからね。何か欲しいものはある? シルが用意するよ」
「外に出して欲しいわ」

 アナスタシオスがそう言うと、シルフィトは笑顔を消した。

「それは駄目……。二人を守るためだから」

 シルフィトは「理解して」と言うと、後ろを振り返らずに扉を閉めた。

 □

 監禁生活二日目、朝。
 シルフィトが朝食を運んでくる。

「おはよう、クロ、クロのお姉ちゃま。朝ご飯を持ってきたよ。よく眠れた?」
「おはよう、シルフィト。ぐっすり眠れたわ」

 アナスタシオスはそう言って微笑む。
 シルフィトはそれを見て、表情を暗くさせた。

「……それ、シルを気遣って言ってくれてるんですよね」
「事実よ?」

 実際、そうだ。
 夜、眠れなかったクロードはふと思い立って、アナスタシオスのベッドルームを覗いてみた。
 そのときのアナスタシオスは、伸び伸びと手足を投げ出し、いびきをかきながら、心地良さそうな顔で寝ていた。

「シルは二人を無理矢理ここに閉じ込めているのに……。こんなシルにもクロのお姉ちゃまは優しい……」
「優しくなんてないわ。わたくしは本当のことを言っただけ」
「やっぱり、優しい人が苦しい思いをするなんて、絶対間違ってる」

──会話になってないなあ、これ。
 そう判断して、アナスタシオスは話を変えた。

「シルフィト、昨日の夕食は美味しかったわ」
「本当? お口に合ったようで良かった」

 シルフィトは笑う。

「朝ご飯も同じシェフかしら。お礼を伝えたいから、シェフを呼んでくれる?」

 そう言うと、シルフィトからスッと笑顔が失われる。

「それは出来ません……」
「そう……残念ね。あ、そうだわ。昨日、床にスープを溢してしまったの。どうしたら良いかしら」
「え、溢したの!? や、火傷はしなかった!?」

 シルフィトはアナスタシオスに顔を近づけた。
 あまりの食いつきように、アナスタシオスは後ろに引いた。

「え、ええ。温くなっていたから」
「そ、そう……。良かった」

 シルフィトは「次からは冷ましてから持ってこないとな……」とブツブツと言いつつ、部屋の隅の方にあるクローゼットへと歩み寄る。
 その中からモップを取り出して、床をサッと拭いた。

「清掃は週に一回、シルがするから。気になるようなら、そこのクローゼットの中に清掃道具が入ってるから、それを使って。お昼にまた来るね」

 そう言って、シルフィトは立ち去った。

「……どうやら、俺達の監禁はシルフィトの独断っぽいな」
「え!?」

 アナスタシオスは〝アナスタシア〟の演技を止め、ソファにどかりと腰掛ける。

「シェフも呼べねえ。掃除をする使用人も立ち入らせねえ。シルフィトしか俺達の監禁を知らねえんじゃねえか?」
「そ、そんな馬鹿な。外部と完全に遮断したいだけなんじゃないか? おれ達と接触したら情が湧いて、逃がすかもしれないから」
「そりゃ、最初から誰も監禁されてないことにすんのとどう違うんだ? 全部一人でやんなら、誰にも知られねえ方が良い」
「確かに……」
「外で探してる人がいるだけで、逃したくなるもんだ。シルフィトはそこらへん、わかってんだろ」

 内部から脱出する方法は思いつかない。
 二重扉を強行突破するのは絶望的。
 シルフィトの説得にはまだかかるだろう。
──思いつく脱出手段はゲームのシナリオ通りにすることだけど……。
 ゲームのシナリオでは、アナスタシアが監禁部屋に押し入り、主人公《ヒロイン》を連れ出していた。
 クロードはアナスタシオスを見る。

「アナスタシアはここにいるしな……」
「ん?」

 アナスタシオスは不思議そうな顔でクロードを見つめ返した。

 □

 監禁生活二日目、夜。
 夕食の皿を並べるシルフィトに、クロードは声をかける。

「なあ、シル。本当に俺達をここから出すつもりはないのか」
「……二人を守るにはこれしかないんだよ」

 シルフィトは皿を置く手を止める。

「高等部に入って、クロのお姉ちゃまの悪い噂をいっぱい耳にした」

 【博愛の聖女】に嫉妬して嫌がらせをしている、だの。
 アデヤに色目を使い、貢がせている、だの。

「なんでみんな、あの女を信じるの!? 証拠も証言も曖昧なのにさ! みんな、馬鹿ばっかりだ!」

 シルフィトは手に持っていた皿を床に叩きつけた。
 銀製の皿は大きな音を立てて、床の上に落ちる。

「クロならわかってくれるよね!? クロも、クロのお姉ちゃまを守りたいって思ってるよね!」

 勿論そう思っている。
 クロードはアナスタシオスを救うために動いているのだから。
──確かに、主人公ヒロインだからと手放しで信じるモブ達に嫌気がさすのはわかる。

「だからといって……!」
「わかってるよ! こんなこと、しちゃいけないって! でも、みんなの悪意から二人を守るには、これしか思いつかないんだよ……!」

 シルフィトの目から、大粒の涙が溢れた。

「シル……」

 クロードはどう言葉をかけたら良いかわからなかった。
 手で不器用に涙を拭うシルフィトの姿に、クロードはどうしても、彼を責める気にはなれなかった。

「……ごめん。大声出して。シルは二人を守りたい。それだけは理解して。お願い……」

 シルフィトは走って、部屋の外に出た。
 重い扉がゆっくりと閉められる。
──『これしか、思いつかない』……か。
 シルフィトもシナリオの強制力の被害者なのかもしれない。
 監禁イベントを発生させるため、思考や行動を歪められていたのなら……。
 主人公ヒロインレンコを監禁する訳にもいかず、『守りたい人』であるアナスタシアとクロードを監禁したのだろう。
──これがシナリオ通りなら、おれ達は抗うだけだ。
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