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幼少期編 攻略対象達を攻略せよ

運命なんざクソ食らえ

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──これから、どうすれば良いんだ。
 アデヤの傷を見てから、クロードはぐるぐると考え続けていた。
──何をしたって、シナリオには逆らえない。
 この世界はシナリオを合わせるように動く。
 どんなに足掻いたとしても、アナスタシオスの死は揺らがないのかもしれない。
 運命を受け入れて、ただ時が過ぎるのを待つしかないのか。
 コンコン、と部屋の扉が叩かれる。

「クロード、起きてる?」
「……兄さん?」

 クロードは重い体を起こし、ベッドから這い出る。
 扉を開けると、寝巻き姿のアナスタシオス。
 そして、ティーセットを持ったメイばあやもいた。
 廊下に人はいなさそうだが、一応誰が聞いているかわからないため、姉として扱うことにした。

「お姉様、どうしたの?」
「夜のお茶会に来ないから心配になったの。いつもこの時間だったでしょう?」
「え、もうそんな時間……?」

 時計を見やると、秘密のお茶会の時間を過ぎていた。

「ご、ごめん。今行くよ」
「いいえ。今日はクロードの部屋でお茶会をしましょう。たまには良いでしょう?」
「で、でも……」
「お邪魔するわね」

 アナスタシオスはクロード押しのけて、ズンズンと部屋に入る。
 彼は椅子にどかりと腰掛けると足を組んだ。

「ちょっと兄さん! 男性の部屋に女性が入るなんて、他の人に見られたらどう思われるか……」
「男同士だろうが」
「兄さんは女性ってことになってるだろ」

 メイばあやがテーブルの上にティーセットを置き、クロードのために椅子を引く。
 どうぞ、というように笑顔を向けられて、クロードは渋々テーブルについた。
 アナスタシオスはその様子を見ながら紅茶を啜る。
 ティーカップの中身を全て飲み終えると、ソーサーの上に置いた。

「なあ、クロード」

 アナスタシオスが問いかけに、クロードは顔を上げる。

「お前は一体、何と戦ってんだ?」
「……え?」

 クロードはアナスタシオスの言葉の意味が理解が出来ず、反応が遅れた。

「俺がアデヤに求婚された日から、なーんか様子がおかしいと思ってたんだ。そして今日、確信した! お前は何かと戦ってる」
「ええと……」

 クロードは言葉に迷って、下を向いた。

「んで、今壁にぶち当たったとこだな? 二進も三進もいかなくなって、どうしようか悩んでる」

 「当たりだろ?」とアナスタシオスは歯を見せて笑う。
──ああ、兄さんには何でもお見通しなんだな……。

「何でわかるんだよ……」

 クロードの目から、音もなく涙が零れ落ちた。

「お前はわかりやすいからなー」

 アナスタシオスはへらりと笑い、クロードの頭を優しく撫でた。
 彼は何も言わずに待っていてくれた。

 □

 クロードは一頻り涙を流し終えると、口を開く。

「……メイばあや、ミステールを呼んでくれ」
「え? しかし、他の者にアナスタシオス坊ちゃまが男の子だとバレては……」
「大丈夫。ミステールは全てを知ってるから」

 メイばあやは躊躇していたが、「わかりました」と言って部屋を出た。
 少しして、彼女はミステールを連れて戻ってきた。
 ミステールはアナスタシオスがクロードの部屋にいることに驚くことなく、いつも通りニコニコと笑った。

「〝アナスタシオス〟のときでは初めましてですね、坊ちゃん」
「クロードが教えたのか? 兄ちゃんとの約束を破ったのか」

 アナスタシオスがクロードを睨んだ。

「いいえ。クロードくんの名誉のために言っておきますと、彼は何も言っていません。僕は文字通り、のです」

 ミステールは意味ありげに笑って見せた。

「……よくわかんねえけど、約束を破った訳じゃねえんだな」
「はい。神に誓って」
「……なら、良い」

 アナスタシオスはクロードに目を向ける。

「で? こいつを呼んで、何する気だ?」
「兄さんに全部話すよ」

 クロードはアナスタシオスの目を見て、そう言った。

「クロードくん」

──話して良いのかい?
 ミステールは目でそう言う。
 クロードは頷いた。

「ああ、もう隠しても無駄みたいだからな」

 クロードは口を開いた。

「兄さん、おれは転生してきたんだ」
「転生……? 転生っつうと、お前は一度死んで、新しく生まれたってことか?」
「そう」

 クロードは頷く。

「でも、最初から記憶があった訳じゃない。おれが落馬したとき、頭を強く打っただろう? そのときに、全部思い出したんだ」
「……なるほどな。あのときからか」

 アナスタシオスは腕を組み、椅子の背もたれに寄り掛かった。

「納得がいったぜ。あのあと、ちょっとよそよそしくなったもんな。落馬のトラウマのせいだと思ってたんだけどよお」
「……怒らないのか?」
「あ? なんで?」
「本物のクロードの人格は何処に行ったのか、とか……」
「本物も何も、お前は忘れてただけだろうが。自分ではわかんねえだろうが、今も昔もそんなに変わってないぜ? 面食いなとことか、訳わかんねえこと言うとことか」
「訳わかんねえこと……言ってたか?」
「なんだっけな。『誕生日に何が欲しい?』って聞いたら、〝すまほ〟の〝しんきしゅ〟? が欲しいとか何とか。詳しく聞いても『わかんない』って泣き出すしよ」
「あー……あったな。そんなこと。結局、スマホみたいな木彫りの薄い板くれたよな」
「『これじゃない』ってまた泣いてたよな。マジで困ったよ」

 アナスタシオスはそのときのことを思い出して笑った。

「あれ、前世の記憶って奴なんだろ?」
「ああ、そうだ。スマホってのは正式にはスマートホンって言って……」
「あー、別にそれが知りたい訳じゃねえ」

 アナスタシオスは「もう良い」と言うように手を振る。

「んで? その前世の記憶が今のお前の悩みごとにどう関わってんだ?」

 そう問われて、クロードは前のめりになる。

「……ここからは、驚かないで聞いて欲しい。この世界はゲームの世界なんだ。おれがこの世界に転生する前に遊んでいた、ゲームの」
「……ゲーム? チェスとか、そういうの?」
「違うんだ。ノベルゲーム……物語の世界って言った方がわかりやすいか」
「絵本とか小説とか?」
「そうだ。でも、少し違うところがあって。読者の読み方次第で話の内容や結末が変わるんだ」
「ほーん。この世界が、ねえ……」
「ミステールは転生してないけど、そのことを知っている。おれよりも詳しいレベルで」
「だから、俺が男だと知ってたってことか?」
「まあ、そう」
「つまり、お前の協力者?」
「協力……うーん。それらしいことは何も……。おれが知らないシナリオも教えてくれないし」

 クロードはちらりとミステールを見た。

「だって、全部教えたら面白くないでしょ?」

 ミステールはニコニコと笑って言う。

「クロードがお前とゼニファーとの仲を取り持ってやったのに、ケチな奴」

 アナスタシオスは呆れた。
 クロードはアナスタシオスに目線を戻した。

「おれは〝アナスタシア〟がどんな運命を辿るのか知っている」

 クロードは今後アナスタシオスの身に起こるであろう話をした。
 〝アナスタシア〟はアデヤに婚約破棄され、【博愛の聖女】殺害未遂の罪で国外追放され、その道中に死亡する運命にあること。
 アナスタシオスは相槌を打ちながらそれを聞いていた。

「……つまり、なんだ? お前は俺が死ぬのを阻止したい……と?」

 クロードは頷いた。
 アナスタシオスは深くため息をついた。
──やっぱり、そう簡単には信じて貰えないよな……。
 この世界が物語の世界で、将来自分が死ぬなんて、簡単に信じられるような話ではない。

「ったく、なんで早く話さねえんだよ、馬鹿が」
「……え?」

 思ってもみなかった反応に、クロードは動揺した。

「し、信じてくれるのか?」
「そりゃあ、愛しの弟の言うことだ。信じるに決まってらあ。荒唐無稽な話だが、クロードはこんな手の込んだ作り話を一から作れる奴じゃねえからな」
「それって褒めてるのか? 貶してるのか?」
「『素直な良い子だ』って褒めてんだよ」

 アナスタシオスはけらけらと笑う。

「『おれにも背負わせてくれ』ー……だったか? その言葉、まんまお前に返すぜ。ガキの癖に、なんで人に頼んねえんだか」
「おれは前世で十数年生きたんだぞ。生きた年数でいえば、兄さんより年上だ」
「うっせえ。この世界ではお前が弟なの。兄ちゃんの言うこと聞いてろ」
「横暴……」
「俺の運命は俺が決める。死が決まってる運命なんて、クソ食らえだ」

 アナスタシオスはクロードに顔を近づける。

「これからは二人で、クソッタレな運命に立ち向かおうじゃねえか」

 そう言って、ニヤリと笑う。
 彼はクロードの話を疑うことも、自分が死ぬ運命に絶望することもない。
──ああ……おれの兄さんは、なんて頼もしいんだろう。
 信じて貰えないと思っていた。
 だから、一人で戦うしかないんだと。

「僕もいますよ?」

 ミステールがあっけらかんと言う。

「だったら、全面的に協力するんだな」
「それはちょっと……約束出来ませんね」

 クロードは二人のやりとりを見て、笑った。

「ありがとう。兄さん、ミステール」

 抱えていた不安が払拭された訳ではなかった。
 だが、今は心強い味方がいる。

「運命に立ち向かおう。おれ達で!」
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