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プロローグ 運命からは逃れられず
その悪役令嬢には秘密がある
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「アナスタシア・フィラウティア、君との婚約を破棄する!」
年末に行われる学園主導のパーティー。
その最中、大声が響き渡った。
その大声の不穏な内容に、辺りは騒然としていた。
アデヤ・グレイス・エロス。
彼は美を追求して発展した国【美国】の第一王子であった。
黄金に輝く髪。
大海を連想させる瞳。
美国の王子という肩書きに恥じない精悍な顔つきををしている青年。
そのアデヤが肩を抱いているのは、婚約者ではない少女であった。
目の前に、アデヤの婚約者がいるのにも関わらず……だ。
「いきなり何をおっしゃいますの、アデヤ様」
アデヤの婚約者であるアナスタシア・フィラウティアは言った。
雪のような白銀の髪。
アメジストとサファイアの瞳。
病的に白い肌と細い体。
彼女はアデヤよりも──いや、ここにいる誰よりも美しい。
類い稀なる美貌の持ち主だった。
「【博愛の聖女】レンコへの数々の嫌がらせ、忘れたとは言わせないぞ。教科書や制服を破いたこと。仲間外れにしたこと。陰口を言いふらしたこと。レンコは酷く傷ついていたが、今まで許していたのだ。しかし、今回のことは、見逃せない」
アデヤはアナスタシアを指差した。
「階段から突き落とし、殺そうとした!」
レンコは目を潤ませて、アデヤに抱きつく。
大丈夫だ、と言い聞かせるように、アデヤはレンコの頭を撫でた。
アナスタシアはまるでこうなることを知っていたかのように冷静に言う。
「アデヤ様、何度も申し上げましたが、わたくしはレンコ嬢への嫌がらせなどしていません。全て、事実無根です」
「……君はもっと賢い人間だと思っていたよ」
アデヤは再び、アナスタシアに指を突きつける。
「あの時間、レンコを突き落とせた人間は君だけだ! その時間、誰も君を見ていないのだからな!」
「アデヤ様!」
見兼ねたアナスタシアの弟──クロード・フィラウティアは叫ぶ。
「その件に関しては申したはずです。その時間、お姉様は自分や使用人といたと!」
「身内の証言など信じられるか! どうせ、口裏を合わせているのだろう! それに……」
アデヤはクロードを見て、馬鹿にしたように笑った。
「……貴様達姉弟は特別仲が良いみたいだしな?」
「……それは、どういう意味でしょうか」
「姉弟で出来てるんだろう。気持ち悪い!」
「お前、いい加減に……!」
「クロード」
アナスタシアは弟の肩を掴み、首を横に振った。
「お姉様……」
彼女は一歩、前に出る。
「アデヤ様、婚約破棄の件、承諾致します」
「お姉様……!」
アデヤはフン、と鼻を鳴らした。
「随分あっさりと受け入れたな。君のことだから、もっと醜くゴネると思っていたが」
「わたくしが何を言っても、殿下は聞き入れて下さらないのでしょう?」
アナスタシアはそう言って、悲しそうに目を伏せた。
アデヤは顔を赤くして怒る。
「それも演技なんだろう……! 二度と、私の前に顔を見せるな!」
「仰せのままに。アデヤ様、最後に一つだけ……」
アナスタシアは深々と頭を下げた。
「お慕い申しておりました……」
彼女の声は震えていた。
ホールにいる者達には、大人しく身を引くことが、彼女の精一杯の強がりのように見えただろう。
アナスタシアは踵を返し、扉を開けてホールの外に出る。
弟のクロードはアナスタシアを追った。
アナスタシアは扉が閉じられると、一目散に走り出す。
「お姉様……!」
クロードは後を追いかける。
廊下を抜け、庭を抜け、校門まで走った。
待っていた馬車に、アナスタシアは飛び乗る。
クロードも同じ馬車に乗った。
アナスタシアは下を向き、手で顔を覆って、ぷるぷると震えている。
「大丈夫か、お姉様」
「早く、早く馬車を出して」
クロードが扉が閉めると、馬車が走り出した。
暫くの沈黙の後、クロードは口を開く。
「あの。お姉さ──」
「ふ、ふふ……」
アナスタシアはバッと顔を上げた。
「ひゃははははは! やっと婚約破棄してくれたか、あんの色ボケクソ馬鹿王子!」
アナスタシアは舌を突き出して、下品に大笑いする。
クロードは至って冷静に。
「お姉様、まだ街の中だ。あまり大きな声を出すと……」
「我が愛しの弟よ。二人きりのときはそうじゃねえだろ?」
ドレスのまま足を組んで肘をつくアナスタシアに、クロードはため息をついた。
「兄さん、まだ油断してはいけない。何処で見られてるのかわからないんだぞ」
「わかってらあ。〝アナスタシア〟は王子に婚約破棄されて、馬車の中で傷心中……ってストーリーだったなぁ?」
アナスタシアの本当の名前は、アナスタシオス。
紛れもない男であった。
年末に行われる学園主導のパーティー。
その最中、大声が響き渡った。
その大声の不穏な内容に、辺りは騒然としていた。
アデヤ・グレイス・エロス。
彼は美を追求して発展した国【美国】の第一王子であった。
黄金に輝く髪。
大海を連想させる瞳。
美国の王子という肩書きに恥じない精悍な顔つきををしている青年。
そのアデヤが肩を抱いているのは、婚約者ではない少女であった。
目の前に、アデヤの婚約者がいるのにも関わらず……だ。
「いきなり何をおっしゃいますの、アデヤ様」
アデヤの婚約者であるアナスタシア・フィラウティアは言った。
雪のような白銀の髪。
アメジストとサファイアの瞳。
病的に白い肌と細い体。
彼女はアデヤよりも──いや、ここにいる誰よりも美しい。
類い稀なる美貌の持ち主だった。
「【博愛の聖女】レンコへの数々の嫌がらせ、忘れたとは言わせないぞ。教科書や制服を破いたこと。仲間外れにしたこと。陰口を言いふらしたこと。レンコは酷く傷ついていたが、今まで許していたのだ。しかし、今回のことは、見逃せない」
アデヤはアナスタシアを指差した。
「階段から突き落とし、殺そうとした!」
レンコは目を潤ませて、アデヤに抱きつく。
大丈夫だ、と言い聞かせるように、アデヤはレンコの頭を撫でた。
アナスタシアはまるでこうなることを知っていたかのように冷静に言う。
「アデヤ様、何度も申し上げましたが、わたくしはレンコ嬢への嫌がらせなどしていません。全て、事実無根です」
「……君はもっと賢い人間だと思っていたよ」
アデヤは再び、アナスタシアに指を突きつける。
「あの時間、レンコを突き落とせた人間は君だけだ! その時間、誰も君を見ていないのだからな!」
「アデヤ様!」
見兼ねたアナスタシアの弟──クロード・フィラウティアは叫ぶ。
「その件に関しては申したはずです。その時間、お姉様は自分や使用人といたと!」
「身内の証言など信じられるか! どうせ、口裏を合わせているのだろう! それに……」
アデヤはクロードを見て、馬鹿にしたように笑った。
「……貴様達姉弟は特別仲が良いみたいだしな?」
「……それは、どういう意味でしょうか」
「姉弟で出来てるんだろう。気持ち悪い!」
「お前、いい加減に……!」
「クロード」
アナスタシアは弟の肩を掴み、首を横に振った。
「お姉様……」
彼女は一歩、前に出る。
「アデヤ様、婚約破棄の件、承諾致します」
「お姉様……!」
アデヤはフン、と鼻を鳴らした。
「随分あっさりと受け入れたな。君のことだから、もっと醜くゴネると思っていたが」
「わたくしが何を言っても、殿下は聞き入れて下さらないのでしょう?」
アナスタシアはそう言って、悲しそうに目を伏せた。
アデヤは顔を赤くして怒る。
「それも演技なんだろう……! 二度と、私の前に顔を見せるな!」
「仰せのままに。アデヤ様、最後に一つだけ……」
アナスタシアは深々と頭を下げた。
「お慕い申しておりました……」
彼女の声は震えていた。
ホールにいる者達には、大人しく身を引くことが、彼女の精一杯の強がりのように見えただろう。
アナスタシアは踵を返し、扉を開けてホールの外に出る。
弟のクロードはアナスタシアを追った。
アナスタシアは扉が閉じられると、一目散に走り出す。
「お姉様……!」
クロードは後を追いかける。
廊下を抜け、庭を抜け、校門まで走った。
待っていた馬車に、アナスタシアは飛び乗る。
クロードも同じ馬車に乗った。
アナスタシアは下を向き、手で顔を覆って、ぷるぷると震えている。
「大丈夫か、お姉様」
「早く、早く馬車を出して」
クロードが扉が閉めると、馬車が走り出した。
暫くの沈黙の後、クロードは口を開く。
「あの。お姉さ──」
「ふ、ふふ……」
アナスタシアはバッと顔を上げた。
「ひゃははははは! やっと婚約破棄してくれたか、あんの色ボケクソ馬鹿王子!」
アナスタシアは舌を突き出して、下品に大笑いする。
クロードは至って冷静に。
「お姉様、まだ街の中だ。あまり大きな声を出すと……」
「我が愛しの弟よ。二人きりのときはそうじゃねえだろ?」
ドレスのまま足を組んで肘をつくアナスタシアに、クロードはため息をついた。
「兄さん、まだ油断してはいけない。何処で見られてるのかわからないんだぞ」
「わかってらあ。〝アナスタシア〟は王子に婚約破棄されて、馬車の中で傷心中……ってストーリーだったなぁ?」
アナスタシアの本当の名前は、アナスタシオス。
紛れもない男であった。
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