上 下
56 / 56
エピローグ

異世界転生してやろう!

しおりを挟む

 私は投稿確認の文字をタップした。
 私が二年前から投稿し始めた【魔王自ら勇者を育成してやろう!】も明日幕を閉じる。
 感慨深いものだ。
 描き始めた頃は完結させようと思って書いてなかった。
 どうせ直ぐに飽きるのだからと手の赴くままに書いた。

 この話は私の夢が元になっている。
 夢では私が魔王だった。
 自分のことを「我が輩」とか呼ぶイタいキャラで、周りの人を振り回す身勝手な奴だった。
 その周りの人だってそうだ。
 コレールはずっとビクビクしていて、ボースハイトは自己中心的で、グロルは裏表が激しくて。
 みんな見ていてイライラした。
 でも、私は夢を繰り返し見ているうちに彼らに愛着を持つようになった。
 この夢を忘れたくないと思った私は文章にして残すことにした。

 最近は手軽に自作小説を投稿出来ることを知っていたため、私は書き出した彼らの話を投稿し始めたのだ。
 エタる前提で書き始めたけどそれは杞憂だった。
 私は無事最後まで夢を見て、完結させたのだから。

 □

 私がハンバーガーのチェーン店の行列に並んでいたとき、暇だった私はスマホで【魔王自ら勇者を育成してやろう!】のアクセス数をチェックした。
 大体0が並んでいるが、作者としては気になるから仕方ない。

「ウィナ……」

 後ろからそんな独り言が聞こえた。
 ウィナはアクセス数をチェックした作品の主人公の名前だ。
 画面を見られたと思った私は咄嗟に振り返る。
 後ろに並んでいた眼鏡の青年とバチッと目が合った。

「す、すみません。の、覗くつもりは、なかったんですけど……」

 青年はどもりながら目を泳がせる。
 今私が開いていたのはアクセス数が見れるページだった。
 「ウィナ」という単語は書かれていないはず。
 まさか、数少ない読者の一人?
 というか、アクセス数を見ていたところを見られたってことは作者だとバレたかもしれない。
 私は恥ずかしくなって顔がだんだん熱くなってきた。

「貴女も、読んでるんですか? その小説」

「え?」

「奇遇ですね!」

 もしかして、彼は私を作者だと思ってないんだろうか。
 ただの一読者としてしか見られていないのなら好都合だ。

「これ、読んでるって、周りには言いづらくて」

 青年は頬をぽりぽりと掻く。
 なろう系小説はど素人が書いてるから内容もピンキリだ。
 偏見がある人がいても仕方がない。
 まあ、私はキリの方なんだけども。

「あの、良かったら、なんですけど。この後、語りません?」

「……え?」

 □

 読者の青年は注文したハンバーガーセットにも手をつけず語りに語った。
 まあ、私の書いた小説の感想を語るものだから身体がくすぐったくて仕方がなかった。
 飲み物を飲んで気を紛らわせつつ青年の話を聞く。

「ウィナは、あの後、どうなったのかな……」

 一通り語った後、青年はそう漏らした。

「あの後も何も。あれで完結したじゃないですか」

 魔王が心血を注いだ魔法で世界の魔族を根絶した。
 それで終わりだ。
 その先はない。
 私もあの夢の続きを見ない。

「俺は、あれで終わりなんて、嫌です!」

 最終回を認めたくない気持ちはとてもわかる。
 私も終わるのが嫌で最終回を未だに見れていない作品がいくつもあるから。
 私にもそんな熱狂的なファンがついてくれていたんだな、なんて嬉しく思っていると……。

「相席、良いですか?」

 スーツの若い男性が手に紅茶を持って、話に入ってきた。
 店内をチラッと見れば空席が直ぐに見つかった。
 なのに相席なんてどういうつもりなんだろうか。
 「どうします?」と読者の青年に相談する。
 青年は男性を見て固まっていた。

「お知り合いですか?」

「い、いや……」

「デートのお邪魔だったかな? 興味深い話が聞こえてきたから、つい」

 男性は私の隣に座った。
 許可も出してないのになんて自己中心的な人なんだろう。
 早くここから離れたい。

「ウィナの話をしてたよね?」

「え!」

 まさかこの男性も読者だったのだろうか?
 この広い日本で知名度のない私の作品を読んでる人がこの喫茶店に二人もいたと?
 そんな偶然あるはずがない。

「お前は何処まで覚えてるの?」

 男性が何を言っているのかわからなかった。
 ほとほと困り果てていると青年が代わりに答える。

「多分、ほぼ全て」

「羨ましい。僕は後半しか覚えてなかったな」

「あの、お邪魔なら私は帰ります」

 話についていけなくて私は勇気を出して言ってみる。
 男性はニッコリと笑って「駄目」と言った。

「お前は覚えてないの?」

「な、何をですか」

「前世」

「はあ?」

 前世なんてなろう系の話か?
 残念ながら私の書いた【魔王自ら勇者を育成してやろう!】は異世界転生ものじゃない。

「本当に帰らせて下さい」

 男性は意地の悪そうに笑って動いてくれない。
 青年もおろおろしてるだけで頼りない。
 どうしたら良いのだろう。

「ちょっと!」

 そこにランドセルを背負った少年が現れた。
 店の外ではチラホラと小学生が歩いている。
 もうそんな時間になっていたのか。

「その人、嫌がってるじゃないですか! 解放してあげて下さい!」

 小学生はとても緊張した面持ちだった。
 怖いのに勇気を出してくれたのだろう。
 なんて良い子なんだ、と思っていたら小学生はニカっと笑った。

「……なーんてな。久しぶり、お前ら!」

 小学生は私の手を掴んでぶんぶんと上下に振った。

「ええと、どちら様……?」

「グロルだよ、グロル! 前世で仲間だっただろ!」

 小学生はグロルのように大きく口を開けて笑う。
 私は思考が止まってしまった。

「いやー、意外と見りゃわかるもんだなあ。ウィナの魔法の効果か?」

「グロルグロル。ウィナは、前世の記憶が、ないみたいで……」

「え、コレール、それマジ?」

「そうだよ。今、ウィナちゃんは見知らぬ人がフレンドリーに話しかけて前世とか言い始めたからヤバい人認定してるとこだよ」

「ぼ、ボース、わかっててやってたのか……」

 コレール、ボースハイト、グロル。
 何度も聞いて、何度も口にした名前。
 なんで目の前の男達がその名前で呼び合うんだ。
 あれは夢の中の話でしょう?

「は、話についていけないんですが……?」

 おどおどとしながら青年は言った。

「し、信じて貰えないかもしれないんですけど、俺の前世は【魔王自ら勇者を育成しよう!】のコレールなんですよ」

 くすくすと笑いながら男性は言った。

「僕の前世はボースハイト」

 ランドセルを背負った少年は言った。

「俺の前世はグロル!」

「貴女の前世はウィナのはずです。俺だけじゃなく、ボースもグロルも、直感的にそう思ったんだから、間違いない、と思う」

 あの夢は私の前世?

「色々言いたいことがあるんだ」

「前世ではよくも約束を破ってくれたね」

「これから覚悟しとけよ」

 私の夢はあれで終わり。
 私の現実はここから始まるんだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

まやかし幻士郎

佐藤遼空
ファンタジー
可愛すぎる美少年・紅道幻士郎は、幼馴染の若月大樹と平和な日々を過ごしていた。しかし大樹の空手の先輩が意識不明の重体になった事件の後、大樹と幻士郎はその犯人の二階堂に襲われる。目の前で二階堂が怪物に変化し、大樹を叩きのめす。その大樹を庇おうとする幻士郎に、ある変化が起こるーー 毎週月・木曜日更新…を目指します。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

転移世界のトラック神と、ひかれたようじょ

寝る犬
ファンタジー
ある日トラックに轢かれた雨宮りん(4歳)の目の前に、トラックに轢かれた人間をチート能力を与えた上で異世界へと転移させる「転移トラック神」が現れた。 トラック神にエセ関西弁の精霊も加えて、異世界で子育てに励むハートフル異世界ファンタジー。

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...