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犬宮探偵事務所と本領

「普通ならね」

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「巴は何が出来るの」

「呼び捨てなのね……」

 犬宮が顔を赤くしている心優に顔を近づかせたり、頭をなでたりと。
 楽し気に心優で遊ぶ犬宮。

 我慢ができなくなった心優が最後に「私が男だったら確実に私が攻めなんですからね!!」と耳元で叫んだことで犬宮の鼓膜が死亡。
 数分でやっと、まともな話が出来るようになった。

 二人の会話が黒田と共に終わるのを待っていた巴は、突如名前を呼ばれ驚き肩を震わせた。
 当たり前のように呼び捨てにされ、呆れてしまう。

「私は特に、何も出来ない。式神はなくなり、武術も身に着けていない。ごめんなさいね、役立たずで」

「いや、それは俺も一緒だから気にしなくてもいい」

「――――え、一緒? そんなことないでしょ。あんた、狗神が付いているじゃん。戦えるでしょ」

「慰めているつもり?」と、ふてくされ目を逸らす。
 何でふてくされているのかわからない犬宮は、きょとんと目を丸くした。

「なんで俺が君を慰めないといけないの。君が落ちこもうが泣いていようが俺には関係ないんだけど」

「……………………なら、なに。さっきの言葉」

「ん? あぁ、今は俺も翔がいないから何も出来ないんだよ。いたとしても、黒田や心優並みの強さは出せないし、基本戦闘になると二人に頼るしかないんだ。そういう意味では、今の君と一緒でしょ?」

 何を言っているんだというように犬宮は巴をいぶがしげに見る。

「まぁ、別に二人に申し訳ないという気持ちはないし、頑張れーって感じだけど」

「そこはもう少し私達の苦労を労わってほしいです」

 これ以上は我慢できなかった心優がツッコミを入れるが意味はなく、黒田は肩を竦め巴を見た。

「んじゃ、自分が何も出来ないとふてくされているおめぇに仕事をやろう。囮はどうだ? 名案だろ?」

「――――え」

 黒田からの提案に驚き、目を開き顔を向ける。

 気配無く近づかれており、顔を上げると思っていた以上に近くまで黒田が来ていて肩を震わせた。

「大丈夫、おめぇならいい囮になる」

「お、囮って……」

「俺達が待機している所に雑魚どもを連れて来るだけでいいんだ。あいつらの目当ては賢と翔。ついでに俺。心優は邪魔をしてくるならって感じだろう。逆に利用しようとかも考えてた可能性はあるが、今はもうどうでもいい」

 腕を組み考えながら伝える黒田に、巴は何を言えない。
 何も出来ないと言っているのに、力を持つ人達を敵に回し囮になれなど。しかも一人で。

 黒田は巴がどうなろうと、自身達の目的さえ達成できればいい。
 そう思っているんだと、巴は俯き服を掴む。

 そう思われても仕方がない事をしてきた。
 下唇を噛み、何も言えない自分の立場に後悔する。

 そんな彼女の肩を支え、心優が黒田を見上げた。

「黒田さん、さすがに巴ちゃんを囮にするのは危険だと思います。何をされるかわからない」

「だな、こいつの演技力次第だが、どうなるかわからない。こいつ次第だ。心優ちゃんをだました時の演技力を発揮してもらいたい」

「え、私をだました演技力? どういっ――……」

 ――――そう言えば、黒田さん。巴ちゃんを仲間にする時も同じようなことを言っていた。
 演技力って一体どういう事だろうか。演技力次第で決まるとは一体……。

「まだ巴が裏切っていると陰陽師側にはばれていないって事でしょ?」

 犬宮が三人の会話に紛れ、確認のために問いかけた。

「え、でも式神が……」

「式神はただの式神。人間のように意思があったとしても、基本は命令されている事しか出来ない知能の低い怪異だよ。巴の現状までは報告出来ていないはずだよ」

 犬宮が黒田の言葉を補足するように伝える。
 心優は理解しようと試みるも、怪異や式神の知識がないためまだはっきりとわからない。

「馬鹿に正しい報告は出来ない。次のこいつの動きで相手は出方を変える、こういうこと」

「言い方に引っかかりはありますが、なんとなくわかりました。だから、黒田さんは最初から巴ちゃんの演技力に期待していたんですね」

 黒田を見ると、笑みを浮かべ頷いた。
 巴を捨て駒に使うのではなく、しっかりと流れを考えての発言だったとわかり、安堵の息を吐いた。

「なら、心優は一緒に行けないの?」

「心優の方は元々正体がばれていたところで、俺が潜入させてしまっていた可能性があるんだよね。あの時は泳がせておこうとか思っていたかもしれないけど、こっちが大きく動き始めているから泳がせるような馬鹿はしない。心優は俺達と行動させるよ」

「そっか……」

 わかっていたというようにため息を吐きつつ、やるしかないと気合を込める。

「わかった、やるわ。どこに連れて行けばいいの?」

「そうだな。賢、さすがに頭は回ってきたか?」

 黒田が聞くと、犬宮は頷いた。

「雑魚はボスを連れ出せばついて来ると思うし、そいつら全てを倒すのに適しているのは、ここだな」

「地下牢ではないと言っていたではないですか、犬宮さん。やっぱり疲れていますか?」

「阿保、地下牢とは言ってないだろ。さっきそれ、俺が黒田と交わした会話だよ、違うとすぐに分かるでしょ、考えて」

 犬宮の言い分に心優は苦笑い、巴はげんなり。
 黒田は二人を「まぁまぁ」となだめていた。

「俺が言っているのは、ここ。神社裏って事だよ。森の中なら身を隠せるし、こちらとしては戦いやすい」

「で、でも。身を隠すに適しているのは陰陽師達も一緒。長期戦になりそうじゃないですか? 夜になる前に仕留めたいと思うし……」

「そうだね、普通なら森は避けたいし、長期戦覚悟になる――――普通ならね」

 ニヤッと白い歯を見せ笑う犬宮の表情に、この場にいる皆は背筋が凍るような感覚が走り何も言えなくなる。

 漆黒の瞳は怒りと復讐の炎で燃え滾り、口から覗く白い八重歯はこれから喰らう者達を待っているように光る。

 回りにいる人達は今だけ同じことを思っていた。


 ――――――――絶対、この男だけは敵に回してはいけない
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