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犬宮探偵事務所と本領

「俺の姉の約束を守る為だけに」

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 大広場にいる御子柴は、何かに気づき動きを止めた。

「――――ん? どうした」

「………いえ、巴の方で何か異変が起きたみたいです」

「異変だと?」

「巴に預けていた氷柱女房が、何者かによってやられました」

「なんだと?」

 手に持っていた湯呑をコトンと床に置き、御子柴の前に座っていた老人が顎に生えている白いひげを撫で、眉を顰めた。

 目元は見えず、皺が刻まれている顔。
 見た目は普通の老人だが、服は狩衣。

 この老人は、紅城神社に所属している陰陽師達の陰陽頭。
 一番上の地位に立っている人物なため、普通の老人とは考えられない空気を纏っており、近づくだけで身震いしてしまう。

「いかがいたしますか、陰陽頭様」

「うむ、巴がどのように動き出すか。それにより処分するかを考えよう」

「わかりました」

 御子柴はそれだけを返し、静かに立ち上がる。
 一礼をし、大広場から姿を消した。

 残された陰陽頭は、天井を見上げ唸る。

「……………………また、してやられてはたまらん。必ず、狗神と奇血きけつを怪異首無しから取り戻してやる」

 人を殺しそうなほどの眼光を覗かせ、陰陽頭は低くしわがれた声で呟いた。

 ※

「そう言えば、黒田さん」

「ん? なんだ?」

 話し合いが終わり、三人は黒田の指示で地下牢へ続く階段を降りていた。

 カツン、カツンと三人の足音が響く階段で、黒田の後ろを歩いていた心優が名前を呼ぶ。

「なぜ、今地下牢に向かっているんですか? 早くここから離れた方が良くありません?」

「確かにそうだな。だが、氷柱女房がやられたという事は、本物の主に事態がばれている可能性が高い。身を隠さないと女が処罰の対象になるぞ」

「えっ…………」

 一番後ろを歩いていた巴を振り返る心優。
 今の話を聞いていた彼女は、わかっていたらしく取り乱さないで冷静。
 鼻を鳴らし「当たり前」と言い切った。

「私が使っていた式神、氷柱女房は御子柴様の式神なの。式神と主は繋がっているから、現状は知られているわ」

「そ、それならなおの事、何故ここに留まるんですか!?」

「賢なら、絶対にうまくやっているから。俺も、作戦が無事に遂行していることを信じて動いているだけだ」

「そんな事……。だって、それだったらもう……」

 ――――黒田さんもわかっているはずだ。
 犬宮さんの方は、うまくいっていない。
 
 だって、うまく事が進んでいるのなら、もう合流しているはずだもん。糞おやじと共に……。

 犬宮が真矢家へ出向き、信三達を救出している間に二人は陰陽師達の動きを把握するという段取りとなっていた。

 何もなく事が進んでいるのならもうそろそろ合流していてもおかしくはない。

 そんな不安が表情に出てしまい、黒田はチラッと後ろを見て振り向いた。

「心優ちゃん、賢は信じられないか?」

「そんなことはありませんが……」

「なら、信じてみろよ。大丈夫だから」

 口角を上げ、強気な表情を浮かべている黒田を見て、心優は自然と肩に入っていた力が抜ける。

 大丈夫だと、自然とそう思えた。

「大丈夫だと、言い切れるだろ?」

「……………………はい」

 ――――言い切れるというか、今まで犬宮さんが失敗したことがなかったのを思い出した。

 途中、失敗しそうになっても、絶対に斜め上の行動で乗り越えてきていた。
 大丈夫だ、犬宮さんなら大丈夫。

 胸を押さえ、心優は黒田の隣に降りた。
 笑い合い、先に進む。

 そんな二人を後ろで見ていた巴は、眉間に深い皺を寄せ立ち尽くしていた。

「……………………あんな笑顔を浮かべられる人が快楽殺人なんて、するわけがなかったね」

 胸につっかえていたものが全て落ちたのか、巴の表情は清々しいものに切り替わる。

 二人に置いて行かれないように追いつき、地下牢の最奥まで歩き出す。

 心優と黒田が辿り着いた場所に巴も遅れて追いついた。
 牢屋の前に置かれている長テーブルを見て、顔を歪める。

 心優も顔を歪め、黒田は隣で鎖やチェーンソーなどを手に取り始めた。

「あ、あの、黒田さん? 一体、何を?」

「んー? いや、こっちもすぐに相手を殺せるように準備しておこうかなと思ってなぁ~」

 白い八重歯を見せ笑う黒田の表情を見た二人は、思わず顔を青く染めた。

 そんな三人がいる地下牢の上、地上ではガヤガヤと、大きな音が聞こえ始めていた。

 ※

 黒田達が巫女の姿で紅城神社に潜入していた時、犬宮は真矢家に匿われていた。

「まさか、背後から近づいて来ていたのが側近の二人だったとは思いませんでした」

「あそこで叫ばなかったのは本当に確かりました。ありがとうございます」

 今は龍と竜、信三と犬宮が屋敷の一番奥にある部屋に実を潜めていた。

 真矢家の周りは数多くの陰陽師に囲まれており、身動きが取れない状態。

 だが、皆冷静で取り乱している人はいない。 
 状況把握に徹し次の一手を考えるため、犬宮が心優達と話していた作戦を信三達に伝えた。

「――――早く心優達と合流しなけれはわならん作戦だな。少しでも遅れれば失敗したと思われるぞ」

「そうですね。心優一人でしたらそう思っていたでしょう」

 意味不可な言い方をする犬宮に怪訝そうな顔を浮かべ、信三は腕を組み彼を見た。

「どういうことだ」

「今回はあっちに黒田がいます。陰陽師どもが殺したいと思っている怪異ですよ」

「……………………黒田とは、あの時の……。首に包帯を巻いていた赤メッシュの青年か」

「はい。以前は馬鹿丸出しの青年でしたが、あの中には首無しという強力な怪異が潜んでいます。そして、黒田はその首無しを完全に抑え込むほどの精神力を持っています。…………首無しを表に出した時には少々戻すのに一苦労ですが…………」

 最初は自信満々に言っていた犬宮だったが、途中から目を逸らし声が小さくなる。

 そんな彼の様子を見て、信三は「うーむ」と唸り声を上げた。

「……………………少々心優を馬鹿にされたような言い回しだが、賢ちゃんにとっては黒田という怪異が心から信用出来るのだな?」

「心優の事は決して馬鹿にしておりませんが………まぁ。黒田は俺と最古の命の恩人で、今まで幾度も守ってくれていたんです。たかが、俺の姉の約束を守る為だけに」

「約束……?」

 犬宮の黒い瞳は、過去を思い出し微かに揺れる。だが、光は失わず力が込められていた。

「俺の姉は、ストレスと病により、もうこの世にいません。最後、黒田は俺の事を姉から託されたみたいで、今もその約束のために俺の事を守ってくれているんですよ」

 "あくまで約束しているから"と言う犬宮に、信三は何か言いたげにするが、特に何も言わず笑みを浮かべた。

「そうかそうか。それなら安心だ」

「はい。なので、俺達はあまり急がず、でも迅速にこの場を何とかしましょう」

「そうだな」

 この後は側近である龍と竜も会話に入り、作戦会議を進めた。
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