犬宮賢の行動理念

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
50 / 80
犬宮賢と陰陽師

「――――ありがとう」

しおりを挟む
 すぐに犬宮が真矢家から離れた事で気づかれずに済んだが、最古の精神状態は限界。

 事務所まで持たないと思い、人気のない路地裏の壁に寄りかかり座った。

「ごめんね、翔。怖かったね」

 大きく体を震わせ泣きわめく最古を両手で抱きしめ、犬宮は何度も謝罪した。

「ごめん、本当に、ごめん……」

「…………」

 最古の前だと犬宮は気丈な態度を保つようにしていた。
 だが、今の最古の様子に彼も限界が近い。

 今まで思い出さないようにしていた過去、捕らわれていた時の自分。

 自分のせいで巻き込んでしまった周りの人達、一番大事だと思っていた姉の存在。

 思い出したくない、今すぐ逃げだしたい。

 そのような感情が最古の泣き声と共に浮上し、目じりが熱くなり体がカタカタと震え始める。

 犬宮の身体の震えを感じ取り、先ほどまで泣いていた最古の涙が止まる。
 目を丸くし、自身を抱きしめてくれている犬宮を横目で見た。

「……………………いたい、いたい?」

「っ、翔?」

 最古は今まで自身の意思で話したことは一度もない。
 声を出す時は大抵、捜査の時犬宮に質問されている時だけ。

 今のように質問をすることは一度もなかったため、犬宮は驚き顔をゆっくりと上げた。

 顔を上げると、涙を浮かべている最古の漆黒の瞳と目が合う。

 大きく丸い、子供の瞳。
 瞳の奥にあるのは、彼を苦しめる悲惨な過去。

 犬宮は最古に気を遣わせてしまっている、そう考え頭を撫で無理に笑った。

「大丈夫、俺は大丈夫だ。だから、最古は思い切り泣いてもいい。もう、お前を縛るものは何もない。自由でいいんだぞ」

 犬宮の手は冷たく、今まで感じていた温もりがない。

 最古はその手が微かに震えていることに気づいている。
 犬宮の笑顔が無理に作られているというのも、わかっていた。

 目を丸くし犬宮を見ていた最古だったが、体をよじり自ら犬宮から離れる。

「え、どうしたの翔。だいじょっ――」

 驚きで問いかけようとすると、感じたのは小さな温もり。

 最古は犬宮から離れると背伸びをし、片手は彼の肩に置かれ、もう片方の手は頭に。

 黒髪を「いいこ、いいこ」と呟きながら撫でている。
 嗚咽を漏らし、ただひたすらに頭を撫でていた。

 今まで自分がされて嬉しかったことをすれば、犬宮も笑ってくれる。
 そう思い頭を撫で「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と伝え続けた。

 頑張って今までのニコニコ笑顔を浮かべようとしたり、ぎゅっと抱き着いたりと。
 最古は最古なりに頑張って犬宮を励まそうと頑張っていた。

 自分も辛いのに、自分も怖いはずなのに。
 それなのに、最古は頑張って犬宮を慰めている。

 そんな最古の気持ちに、今まで我慢していた犬宮の感情が崩壊。
 唖然とした表情を浮かべている犬宮の黒い瞳に、透明な涙が溢れ落ちた。

 それを”痛がっている”と勘違いしてしまった最古は、焦ったような表情を浮かべ「いたい、いたい、とんでけ!!」と、必死に犬宮の頭を撫でた。

 両手で頑張って撫でている。
 焦っているせいか、髪はぐしゃぐしゃ。それでも、温かく優しい温もりを犬宮は感じ取っており、思わず最古を両手で抱き寄せた。

「――――ありがとう、翔。もう、痛くないよ」

 ぎゅーと抱きしめられ、最古はキョトンと目を丸くする。

 最古自身、犬宮に甘える時は度々あった。
 だが、犬宮からここまで抱きしめられたことは無かった。

 力が強く少しだけ痛い。
 でも、離さないで欲しい、このまま抱きしめていて欲しい。

 最古も一度は止まった涙がまた溢れてしまい、大粒の涙が犬宮の肩を濡らす。

 しばらく二人は泣き続けた。

 思い出したくもない怖い過去とさよならをするように。

 自身を捉えるトラウマを解き放つように。

 全てを、涙と共に流すように、二人はただただ泣き続けた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

護堂先生と神様のごはん

栗槙ひので
キャラ文芸
 亡くなった叔父の家を譲り受ける事になった、中学校教師の護堂夏也は、山間の町の古い日本家屋に引っ越して来た。静かな一人暮らしが始まるはずが、引っ越して来たその日から、食いしん坊でへんてこな神様と一緒に暮らす事になる。  気づけば、他にも風変わりな神様や妖怪まで現れて……。 季節を通して巡り合う、神様や妖怪達と織り成す、ちょっと風変わりな日々。お腹も心もほっこり温まる、ほのぼの田舎暮らし奇譚。 2019.10.8 エブリスタ 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得 2019.10.29 エブリスタ 現代ファンタジー月別ランキング一位獲得

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

処理中です...