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犬宮賢と陰陽師
「本当に醜いな」
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探偵事務所にいた犬宮は、最古を抱え人気のない道を歩いていた。
陽光の届かない路地裏。
ゴミが投げられ、猫が群がり悲惨な状態になっている。
壁に落書きまでされており、不穏な空気が漂っていた。
「翔、大丈夫。怖くないよ」
優しく声をかける犬宮に最古は小さく頷く。
だが、体はガタガタと震え、無理しているのは丸わかり。
いつもの笑顔も固く、犬宮は肩を竦め悲し気な笑みを浮かべた。
「巻き込んでごめんね、翔。何があっても、翔だけは守るから。だから、安心して」
安心させるように最古の頭を撫でながら進む二人の先にあるのは、心優の実家である真矢家。
なぜわざわざ遠回りまでして裏路地を使っているのかというと、最古の為。
今は犬宮以外の人には怯えてしまう程弱っている。本当は今回の事件が落ち着くまで待機をしていた方がいい。
だが、もうそろそろ犬宮自身も動き出さなければ、心優と黒田が危ない。
二人に頼ってばかりなのも犬宮のプライドが許さないため、最古に無理を言って動いていた。
一人分の足音が響いていた路地裏だったが、その音がピタリと止まる。
「……………………行き止まり……?」
一度足を止め、左右を見る。
次に上を見上げ、目を細めた。
「上から行くしかないか」
犬宮は最古の頬を撫で、微笑みかける。
それだけで今、犬宮が何を考えているのか最古にはわかり硬かった笑顔がさらに固まる。
「察したみたいだね。今以上に無理をさせてしまうのは申し訳ないけど、我慢してほしいな」
言いながら片手で抱きかかえていた最古を両手で支え、ニヤッと笑う。
すぐに膝を深く折ると、犬宮の頭と臀部に犬のような耳と尾が現れた。
「――――行くぞ」
「ヒッ!」
最古が小さな悲鳴を上げると同時に、地面を強く蹴り真上に跳んだ。
一回のジャンプでは行き止まりを飛び越える事が出来なかった為、壁を数回蹴り上へ。
風を切る音を耳にしながら、建物よりも高く跳び屋根にたどり着いた。
「よっと」
タンと、屋根に降り立った犬宮は、腕の中でガタガタと震えている最古をなだめるため頬を撫でてあげた。
「よしよし、我慢できて偉かったね。ここからは何もないから大丈夫だよ――――ご、ごめんて…………」
「……………………」
最古は笑顔のまま怒っていた。
いつもの笑みに圧が含まれており、犬宮は背中を撫でてあげながら謝り、歩き出す。
今、犬宮がいる場所から真矢家へはもう少し。
犬宮は真っすぐ前だけを見て進み、目的地へと向かった。
・
・
・
・
・
真矢家にたどり着いた犬宮は、最古を抱えたまま曲がり角の影に隠れ身を潜め顔を覗かせた。
――――遅かったかなぁ。
犬宮の視線の先には、巫女装束と狩衣を身に纏っている男女数人に囲まれている信三の姿がある。
ガヤガヤと話し合っているらしいが、犬宮の位置ではすべての言葉を聞き取る事が出来ない。
それでも何とか聞き取れないかと犬宮は思い、集団の声に集中した。
『協力をしてほしい』『――――の情報を寄こせ』『殺さないといけなくなる』
話し合いの単語を少しだけ聞き取る事が出来た犬宮は、同時に流れ込んでくる臭いに鼻をヒクヒクと動かし、眉間に深い皺を刻んだ
「…………くっさい臭いだな」
今まで様々な臭いを感じ取ってきた犬宮だが、今みたいに顔を歪め不愉快そうな顔を浮かべた事はない。
もう二度と嗅ぎたくない。
そう思う程に、ここら一体を漂う臭いは過激な物。
「――――人間の悪の臭い、欲求、傲慢。本当に醜いな」
最古は唖然と集団を見ていたが、頭の中に今まで封印していた記憶が砂嵐と共に蘇る。
――――さぁ、お前の血を寄こせ
――――これが今回の報酬だ
――――お前はここで血を利用される人生を歩むんだ。
――――奇血であるお前は一生、ここからは逃げられない
最古の身体から恐怖が一気にあふれ始めた。
顔を真っ青にし、今にも泣きわめきそうになっている彼を、犬宮は慌てて口に手を当て抑えた。
「しー」と、口に人差し指を当てお願いするが、最古の目の縁に涙が溜まり始める。
――――翔が限界か……。
狩衣を着て信三に詰め寄っているのは、紅城神社の陰陽師達。
巫女装束を着ている人達も同じ。
信三を一目見て、犬宮は舌打ちを零し苦い顔を浮かべた。
ここから今すぐにでも離れなければ、せっかく安定してきた最古がまた取り乱してしまう。
だが、巻き込んでしまった信三をほっておくのも犬宮には出来ない。
どうするべきなのか、何が正しいのか。
苦し気に歯を食いしばり考えていると、陰陽師達の隙間から見えていた信三と目が合った。
――――っ、わら、った?
信三は目が合った瞬間、口角を上げ強気に笑った。
その笑顔はまるで「任せておけ」といっているよう。
犬宮は信三の強い意思と、不愉快極まりない匂いが漂う中に潜む、ほんの少しの攻撃的な臭いを信じ、力強く頷いた。
瞬間、信三の視線に気づき、一人の陰陽師が後ろを振り向く。
そこには、もう誰もいなかった。
「何を見ていた」
「何も。ただ、野良犬がこちらを見ていたから、少し気になっただけよ」
「なにを……。まぁ、いい。それより、早く我々に協力すると言うんだ」
――――――――怪異である狗神と首無しを殺す協力をするとな
陽光の届かない路地裏。
ゴミが投げられ、猫が群がり悲惨な状態になっている。
壁に落書きまでされており、不穏な空気が漂っていた。
「翔、大丈夫。怖くないよ」
優しく声をかける犬宮に最古は小さく頷く。
だが、体はガタガタと震え、無理しているのは丸わかり。
いつもの笑顔も固く、犬宮は肩を竦め悲し気な笑みを浮かべた。
「巻き込んでごめんね、翔。何があっても、翔だけは守るから。だから、安心して」
安心させるように最古の頭を撫でながら進む二人の先にあるのは、心優の実家である真矢家。
なぜわざわざ遠回りまでして裏路地を使っているのかというと、最古の為。
今は犬宮以外の人には怯えてしまう程弱っている。本当は今回の事件が落ち着くまで待機をしていた方がいい。
だが、もうそろそろ犬宮自身も動き出さなければ、心優と黒田が危ない。
二人に頼ってばかりなのも犬宮のプライドが許さないため、最古に無理を言って動いていた。
一人分の足音が響いていた路地裏だったが、その音がピタリと止まる。
「……………………行き止まり……?」
一度足を止め、左右を見る。
次に上を見上げ、目を細めた。
「上から行くしかないか」
犬宮は最古の頬を撫で、微笑みかける。
それだけで今、犬宮が何を考えているのか最古にはわかり硬かった笑顔がさらに固まる。
「察したみたいだね。今以上に無理をさせてしまうのは申し訳ないけど、我慢してほしいな」
言いながら片手で抱きかかえていた最古を両手で支え、ニヤッと笑う。
すぐに膝を深く折ると、犬宮の頭と臀部に犬のような耳と尾が現れた。
「――――行くぞ」
「ヒッ!」
最古が小さな悲鳴を上げると同時に、地面を強く蹴り真上に跳んだ。
一回のジャンプでは行き止まりを飛び越える事が出来なかった為、壁を数回蹴り上へ。
風を切る音を耳にしながら、建物よりも高く跳び屋根にたどり着いた。
「よっと」
タンと、屋根に降り立った犬宮は、腕の中でガタガタと震えている最古をなだめるため頬を撫でてあげた。
「よしよし、我慢できて偉かったね。ここからは何もないから大丈夫だよ――――ご、ごめんて…………」
「……………………」
最古は笑顔のまま怒っていた。
いつもの笑みに圧が含まれており、犬宮は背中を撫でてあげながら謝り、歩き出す。
今、犬宮がいる場所から真矢家へはもう少し。
犬宮は真っすぐ前だけを見て進み、目的地へと向かった。
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真矢家にたどり着いた犬宮は、最古を抱えたまま曲がり角の影に隠れ身を潜め顔を覗かせた。
――――遅かったかなぁ。
犬宮の視線の先には、巫女装束と狩衣を身に纏っている男女数人に囲まれている信三の姿がある。
ガヤガヤと話し合っているらしいが、犬宮の位置ではすべての言葉を聞き取る事が出来ない。
それでも何とか聞き取れないかと犬宮は思い、集団の声に集中した。
『協力をしてほしい』『――――の情報を寄こせ』『殺さないといけなくなる』
話し合いの単語を少しだけ聞き取る事が出来た犬宮は、同時に流れ込んでくる臭いに鼻をヒクヒクと動かし、眉間に深い皺を刻んだ
「…………くっさい臭いだな」
今まで様々な臭いを感じ取ってきた犬宮だが、今みたいに顔を歪め不愉快そうな顔を浮かべた事はない。
もう二度と嗅ぎたくない。
そう思う程に、ここら一体を漂う臭いは過激な物。
「――――人間の悪の臭い、欲求、傲慢。本当に醜いな」
最古は唖然と集団を見ていたが、頭の中に今まで封印していた記憶が砂嵐と共に蘇る。
――――さぁ、お前の血を寄こせ
――――これが今回の報酬だ
――――お前はここで血を利用される人生を歩むんだ。
――――奇血であるお前は一生、ここからは逃げられない
最古の身体から恐怖が一気にあふれ始めた。
顔を真っ青にし、今にも泣きわめきそうになっている彼を、犬宮は慌てて口に手を当て抑えた。
「しー」と、口に人差し指を当てお願いするが、最古の目の縁に涙が溜まり始める。
――――翔が限界か……。
狩衣を着て信三に詰め寄っているのは、紅城神社の陰陽師達。
巫女装束を着ている人達も同じ。
信三を一目見て、犬宮は舌打ちを零し苦い顔を浮かべた。
ここから今すぐにでも離れなければ、せっかく安定してきた最古がまた取り乱してしまう。
だが、巻き込んでしまった信三をほっておくのも犬宮には出来ない。
どうするべきなのか、何が正しいのか。
苦し気に歯を食いしばり考えていると、陰陽師達の隙間から見えていた信三と目が合った。
――――っ、わら、った?
信三は目が合った瞬間、口角を上げ強気に笑った。
その笑顔はまるで「任せておけ」といっているよう。
犬宮は信三の強い意思と、不愉快極まりない匂いが漂う中に潜む、ほんの少しの攻撃的な臭いを信じ、力強く頷いた。
瞬間、信三の視線に気づき、一人の陰陽師が後ろを振り向く。
そこには、もう誰もいなかった。
「何を見ていた」
「何も。ただ、野良犬がこちらを見ていたから、少し気になっただけよ」
「なにを……。まぁ、いい。それより、早く我々に協力すると言うんだ」
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