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犬宮賢と怪異

「俺にはわからないな」

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「怪異らしい……ねぇ……。わかったわ、付き合ってあげる」

「話しが早くて助かるわぁ~」

 険しい顔を浮かべている飛縁魔と対照的に、黒田は始終へらへらと笑っている。

 なぜ、今のような状況でヘラヘラ出来るのか、後ろで見ている心優には理解できない。

「でも、一つだけ質問させて頂戴」

「ん? なんだ?」

「それは貴方が準備したという事でよろしくて?」

 黒田の赤い目から視線を離さず、怪しむように問う。

「あー、なるほど。細工を疑っている訳か」

 肩を竦め、わざとらしく大きなため息を吐き「自分で確認してみろ」と、リボルバーを飛縁魔に向けて投げた。

「ちょ、え?」

「細工していないとお前が納得すれば、ゲーム開始だ」

 楽し気に目を細め、挑戦するように言い放った。
 舌打ちを零しつつ黒田を見て、飛縁魔は素直に確認し始める。

「あ、ちなみに弾はしっかりと始まる時にシャッフルするからな、そこは疑うなよ?」

「うるさいわよ……………………確認、させてもらったわ」

 確認し終わった飛縁魔は、リボルバーを下げ黒田へを顔を向ける。
 その際人差し指から糸が現れ、きらりと光った。

「それじゃ、順番はどうする? じゃんけんする?」

「言い出しっぺが先にやりなさい。どうせ、お互いどこに弾が入っているのかなんてわからないのだから」

 飛縁魔は呆れたように言いながらリボルバーを投げ、黒田は難なく受け取る。
 目を細めリボルバーを見ると、飛縁魔に気づかれないように静かに笑った。

「――――それもそうだねぇ。そんじゃ、シャッフルしたら開始だ。いいな?」

「構わないわ」

 しっかりとシャッフルさせ、準備完了。
 黒田は余裕な笑みを浮かべ、自身のこめかみに銃口を向けた。

「では、よーいスタート」

 ――――いや、自分で言うんかい!!

 心優の声にならないツッコミと共に、”パン”という音が静かな空間に響き渡った。

「……………………一発目、成功」

 中には何も入っていなかったらしく、黒田は余裕の笑みを飛縁魔に向ける。
 当たり前か、と。飛縁魔は肩を竦め、リボルバーを受け取るために右手を前に出した。

「一回目だから、そうよね」

「まぁな。んじゃ、どうぞ? お嬢様」

 しっかりと投げられたリボルバーを受け取り、じぃっと見下ろした。
 鼻を鳴らし、余裕そうにこめかみに銃口を向け準備完了。

 何のためらいもなく、引き金を引いた。

 ――――――――パンッ

「……………………次」

「余裕だねぇ~」

 またしても弾は入っていなかった。
 表情一つ変えずに、飛縁魔は黒田にリボルバーを投げ返す。

「いやぁ~。次、俺が当たりそうでひやひやだぞぉ~」

「私的にはその方がすぐに勝負が終わるから、嬉しいのだけれど?」

 二発が空で終わり、残り三発。
 黒田は余裕な笑みを消さず、自身のこめかみに銃口を当てる。

 なぜ、二人はあそこまで余裕なのか。
 なぜ、笑って、あんな命を懸けた勝負が出来るのか。

 後ろから見ている心優は、見ているだけにもかかわらず拳に汗を滲ませ、息が荒くなってしまう。

 次に引き金を引くと、黒田の頭から赤い鮮血と共に、聖水が怪異を浄化してしまうんじゃないかと憂虞ゆうぐしてしまう。

 最悪な光景が頭を過り、無意識に隣にいる犬宮の腕を掴んだ。

「ん? どうしたの?」

「い、いえ。嫌な想像をしてしまって…………」

「嫌な想像?」


 何を言っているのかわからない犬宮は、横目で顔を青くしている心優を見下ろした。

「あの、あれって。黒田さんが当たりを引いてしまった時、どうするつもりなんですか? 助かる為の何か、しっかりと考えているんですよね?」

 助かるために、黒田は必ず準備をしている。
 そう考えなければ、今の心優は不安で仕方がなかった。

 絶対に大丈夫だと、何か細工をしているんだと。
 そのような言葉を言ってほしくて、心優は犬宮に縋る。

 やっと心優の不安を感じ取った犬宮は、頬をポリポリと掻き、黒田に目線を戻した。

「――――さぁ」

「えっ…………」

「怪異に関しては黒田にすべてを託しているし、俺は何も関与してないんだよ。教えてもらえなかったし」

 予想していなかったわけではない。
 でも、ここまで平然としているのはどうなのだろうか。

 黒田はまたしても自身のこめかみに銃口を当てた。

 次も大丈夫だとは限らない。
 次は、心優の頭を過っている光景が目の前に広がってしまうかもしれない。

「二回目――……」

 黒田が引き金に手を置く。


 ――――ニヤッ


 瞬間、飛縁魔の口元に異様な笑みが浮かんだ。


 パンッ――……


「――――およ??」

 心優の視界に映る景色が、スローモーションのように動く。

 心優と犬宮の視界に映るのは、真っ赤に広がる鮮血。
 同時に透明の雫が飛び散り、黒田の身体から黒い煙が立ち上る。

 刹那、わかっていたかのように飛縁魔が地面を蹴り駆けだした。

 体が傾き地面に倒れ込む黒田へ飛縁魔は飛び掛かり、鋭い爪を心臓めがけて繰り出した。

 今、黒田は聖水を食らい、体がもろくなっている。
 心臓部分を狙われてしまえば、確実に殺される。

 心優が咄嗟に駆けだそうとしたが、もう遅い。
 飛縁魔の右手は黒田の左胸を貫いた――――…………
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