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犬宮賢とヤクザ

「黙れ」

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 黒田がすべての後処理を終らせ探偵社に戻ってきたのは、岳弥の死体発見から数週間もあとの事だった。

「まったく、今回は大変だったんだからな。責任はとってもらうぞ、賢」

「――――はっ、責任。それはつまり、黒田さんが犬宮さんを貰い、永遠の愛を誓うという事でしょうか。それなら私は全力で応援をっ―――」

「フルスロットルだなぁ、心優ちゃん。それは絶対にないから安心してくれ」

 黒田の返答に落ち込んでいる心優を素通りし、彼は奥の椅子に座っている犬宮に近付いた。

 近くまで来ると、犬宮がいつもとは違う空気を纏っているのに気づくが、何も無いように黒田は装い声をかける。

「どこまで調査が進んだんだ?」

「……………………」

「おーい」

 黒田が問いかけるも、犬宮は唇を尖らせ無視。
 再度問いかけると、数秒の間を置き、やっと答えてくれた。

「…………進んでない」

「………ん?」

「パソコンが使えなくなった」

「――――ん?」

 さすがの黒田も、今の犬宮の言葉には首を傾げるしか出来ない。

 今まで、犬宮はどんな奴が相手だろうと、パソコン片手に捜査をしてきていた。

 そんな、第二の相棒的パソコンが使えなくなったとは一体どういう事だろうかと、事務机に置かれている電源の切れたパソコンを見た。

 その際、体が傾いていたのもあり、首がぐらぐらと不安定となり、ずれる。
 落ちそうになった時、「おっと」と咄嗟に首を支えた。

「あぁ?? な、何があったんだ? というか、この変な空気って、お前のパソコン事件となにか関係あったり、する?」

 黒田の言葉に、今度体を震わせたのは、手にBL本を持ちソファーに座っている心優。

 冷や汗をだらだらと流し、気まずそうに黒田とは反対方向を向いた。

「あぁー……。心優ちゃんが何かやらかすのはいつもの事じゃねぇか。なんでそんなに空気が悪くなってんだよ」

「別に、勝手に空気を悪くしているのはあいつだよ。俺は何もしていない。事実を言ってやっただけ」

 そう言っている犬宮だったが、目を閉じふてくされたように背もたれに寄りかかっている。

「確実にふてくされてるじゃん」

「ふてくされてなんてないから」

「お前って、変なところでプライド高いよな」

 やれやれと頭を抱える黒田は、落ち込んでいる心優を見る。

「…………ふてくされている賢より、怯えている心優ちゃんの方がまだ話は聞きやすいかな」

 黒田が心優に近付くが、本を離さず顔を隠し続けている。

「おいおい、何をしたんだよ、心優ちゃん」

 隣に座り顔を寄せ、ニヤニヤしながら問いかけるが、心優は汗をダラダラと垂らし本で顔を隠し続ける。

 ――――な、なんて言おう。なんて、黒田さんに伝えよう。

 いや、あの。あれは、確かに私が悪かった。
 早まった判断で、わざとではないにしろ操作中のパソコンの電源を強制シャットダウンさせてしまったのだから。

 心優がパズルゲームだと思って犬宮を怒った際に、パソコンのコードが足に引っかかってしまい、コードが抜け電源が落ちてしまった。

 その事に犬宮は最初は唖然、何が起きたのか理解出来ずにいた。

 ゆっくりと顔を上げると、目に入ったのはテヘッと言った顔を浮かべ、抜けたコードを持っている心優の姿。
 
 そんな彼女の姿を見た瞬間、犬宮の中で色んな感情が爆発。

 犬宮からの言葉攻めを一時間以上受けた心優は、心身ともに疲弊してしまっていた。

 二人の関係が回復しないでズルズルと日だけが進んでいたため、調査など一切進んでいない。

「あ、あの……。私…………」

「――――あぁ、うん。何となく察した。今回、本当に珍しく賢がぶちぎれたらしいなぁ」

「うぅ…………」

 今回は心優自身、自分が一番悪いとわかっている為、何度も謝罪をした。

 ここ数日、何度も謝罪をし、犬宮が好きな金平糖を何度も持って行ったが撃沈。許してくれない。

 もう、何をすればいいのかわからず、精神的にも限界が近く心優はBL本に逃げていた。

「はあ。おいおい……。賢、大人げないぞー。もっと、大人になれー」

「ふんっ」

 犬宮は顔を背け、鼻を鳴らす。
 心優は悲し気にBL本を膝に置き、目線を落とした。

 ぎゅっと本を握り、泣きそうな顔を浮かべる。

 ――――私が悪いのに、このままでいいのか心優!
 私が、犬宮さんの足を引っ張ってしまったのだから、何とかしないといけないんじゃないのか!

 自分を何とか奮い立たせ、心優はソファーから立ち上がった。

「――――わ、私!! 今回の件について、聞き込みしてきます!!!」

 誰からの返事も聞かず、バンッとドアを勢いよく開けたかと思うと、そのまま出て行ってしまった。

 残された黒田は、目を丸くしゆっくりと犬宮へと振り返る。

「いいのかー?」

「勝手にすればいいと思う」

「まったく、まだまだ子供なんだから。いや、お前の場合は子供だった頃の方が大人っぽかったか」

「うるさい」

「昔は心を閉ざして大変だったからなぁ」

「黙れ」

 過去を思い出し、目を細め黒田はくすくす笑う。
 楽しそうな彼に、犬宮は眉間に深い皺を寄せ、口を尖らせた。

「それより、なんでそこまで怒ってるんだぁ? その時だけパソコンが使えなくなっただけなら、また同じようにすればいいだろう。何も、そこまで怒る必要はないはずだ。めんどくさいのかもしれないけどよぉ~」

「別に……」

「ふーん」
 
 心優は完全に、自分が犬宮の捜査の邪魔をしてしまったと落ち込んでいた。

 だが、十年近く共にすごしていた黒田には、それだけではない何かがあると察しが付いている。

 興味なさげに犬宮の言葉に返すと、何かわかったのか軽い足取りで近づき、パソコンを操作しようとマウスに手を置いた。

 だが、その手はすぐに動かなくなる。

「……………………あぁ。これは、同情するよ。言わないだけ優しさって事か」

「…………そうじゃない」

「どんまい」

「黙れ」

 黒田が操作しようとしたパソコンは、強制シャットダウンしてしまったため、すべてのデータが壊れ、初期化されていた。

「使えないって、そういう事な」

「黙れ」
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