嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-

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失踪

大事な人

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 三人は着替え、出されたホット牛乳を片手にリビングに座る。一つのテーブルを四人で囲い、体を温めるためホット牛乳を飲んでいた。

「しっかり体を温めなさいね。家に電話はしておく?」
「あ、ちょっとしてきてもいですか?」
「ええ、してきなさい。真理ちゃんは大丈夫?」
「私の親は今日も遅いので、たぶん家にいないです。だから、大丈夫ですよ」

 曄途はスマホを片手に廊下へと行き、真理は笑顔で大丈夫と伝えた。

「でも、長い間ここにいるわけにもいきませんよね。すぐに出ます」
「気にしないで、大丈夫。雨が止むまでいていいのよ」

 葵は笑みを浮かべながら立ち上がり、台所へ向かう。
 目で追っていると、綺麗に整頓されている台所が目に映る。そこには、一輪の赤い薔薇が瓶に活けられていた。

「いつも台所に赤い薔薇あるよね。あれって一華が出しているの?」
「うん。お母さん、赤い薔薇好きなんだって。だから、枯れたら私がまた出しているの」
「そうなんだ、なんか嬉しいね。個性の花がこのように使われるの」
「うん!! 薔薇と聞くだけで周りの人は最初、変な顔をするの。薔薇は何色だったとしても異質だから…………。だから、お母さんが喜んでくるのなら、私はいくらでも出してあげたい。異質で、周りから認められない、赤い薔薇を」

 母親の背中を嬉しそうに細められた瞳で見る。

 個性の花が薔薇というだけで、今まで様々な苦労をしてきていた。
 赤い薔薇は女神と呼ばれているが、薔薇を出す人に愛されなければ手から弦が出て体を締め付け動けなくする。そのため。赤い薔薇を持つものは男たらしだの、男に目がないだのと。根も葉もない噂を流されたりしていた。

「薔薇というだけで、なんで周りの人は嫌がるんだろう。確かに、個性の花はその人を表すと言うけど、必ずしもその人を表しているわけではない。花言葉をすべて真に受けるなんておかしいよ」
「たしかに、個性の花で人生を狂わされるなんて御免だよね。個性の花がすべてじゃない。その人自身を見ないと、本当の絆は生まれないと思う」

 胸を張って言い切った真理に、一華も賛同するように力強く頷いた。すると、タイミングよくげっそりとした曄途がスマホ片手に戻ってくる。
 彼が椅子に座ったことを確認すると、真理がおずおずと声をかけた。

「あ、お帰りなさい……。大変だった?」
「運悪く、じぃやが電話を取ってしまって。しかも、ワンコールの途中で」
「わ、わぁお……。完璧、待機されていたね……」
「なんとか用件だけを伝え、最後は何か言っていましたが強制的に通話を切ってきました。帰るまでに言葉を考えなければなりません……」

 再度大きなため息を吐く曄途の肩をぽんぽんと優しく叩き、真理は哀れみの瞳を向ける。一華も大変だなと思いつつホット牛乳を一口、飲んだ。

「ところで、何のお話をされていたのですか?」
「ん? 台所に置かれている赤い薔薇がきれいだなって話していたよ」

 真理の言葉に、曄途は条件反射で台所を見た。底に飾られている一輪の赤い薔薇を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。

「あのような使われ方をされるのは、嬉しいですね」
「うん」

 三人で赤い薔薇を見ていると、曄途が思い出したように「あ」と言葉を零す。

「あの、今ふと思ったのですが。赤い薔薇、白い薔薇の言い伝えは大体決まっていますよね?」

 なぜいきなりそのようなことを聞くのか。一華と真理は疑問に思いながらも頷いた。

「赤い薔薇は女神と呼ばれ、薔薇を出す人から愛されなければ手から弦が現れ動けなくなる。白い薔薇は天使と呼ばれ、人を一途に愛さなければ体中に薔薇の痣が現れる。これ以外の言い伝えはありません。ですが、黒い薔薇は花言葉が悪い印象を与えるものばかり。言い伝えまではそこまで広まっていなかったはずですよね?」
「…………確かに。黒薔薇については私も良くわかってないかも」
「僕も白い薔薇しか調べてこなかったため、詳しくはわかりません。ですが、あまり調べてこなかった赤い薔薇については僕でも少しはわかります。もしかしたら黒華先輩、言い伝えを知っており、技と僕達から離れたとか…………ないですかね?」

 曄途の言葉に二人は顔を俯かせ、考え込む。
 優輝の性格上、十分にあり得る曄途の考えに、体を震わせた。

 すると、タイミングよく台所から戻ってきた葵が三人の様子を見て首を傾げた。

「どうしたの? 何かあった?」

 葵が聞くが誰も答えようとしない。顔を俯かせ、沈黙を貫く。
 首を捻り何があったか考えるがわからず、葵は冷静に一華の隣の椅子に座り、彼女の膝に置かれている手を包み込むように添える。
 ゆっくりと下げていた顔を上げ、一華は葵の方へを顔を向けた。

「どうしたの?」

 先ほどと同じ言葉だが、口調が優しく、冷えた心を温かくしてくれるような感覚に、一華は不安で潤んだ瞳で葵を見つめ助けを求めるように言った。

「お母さん、どうしよう。私の大事な人が、このまま戻ってこないかもしれない!」
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