嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-

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失踪

知ろうとしなければ

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「へぇ、これが白野君の小さい頃に撮っていた写真? 花とか空とか。景色が多いの?」
「そうみたいです。今も景色を見るのは好きなので、これはこれで」

 いつものお昼休み、四人は曄途のカメラを覗き込んでいた。

 曄途はもう諦めてしまったカメラマンにある夢を叶えたいと思い始め、まずはカメラを学校に持ち込み三人に相談しようと思っていた。
 だが、今はカメラの中にあるデータの鑑賞会となっている。

 カメラを曄途が操作し、後ろや横からカメラを覗き込み、真理と一華は楽しそうに「これ綺麗」や「素敵」などの感想を言いながら楽しんでいる。そんな中、優輝だけは何も言わずに写真をジィッと見ている。
 いつもより大人しい優輝を不思議に思い、一華がちらっと見た。

「どうしたんですか、黒華先輩」
「ん? どうしたって、なんだ?」
「いえ、大人しいので。何かあったのかなと思いまして」

 一華が問いかけると、優輝は笑みを浮かべ彼女の頭をなでながら「大丈夫だ」と返す。

 これは、いつもと同じ流れ。一華が優輝に大丈夫か問いかけるが、彼は決まって”大丈夫”の言葉一つで片づける。
 ここで一華はいつも引くのだが、何故か今は引いてはいけないような気がした。
 このまま何も知らん顔でいては、そのうち優輝が壊れてしまうんじゃないか。自分の目の前から居なくなるんじゃないか。一華は何の根拠もない不安に眉を下げ、優輝を見た。

「本当に、大丈夫ですか? ぼぉっとしてませんか?」
「なんだ? 今日は聞くなぁ」
「だって…………」
「大丈夫だって。俺より、写真を見てみろ。ほれ、綺麗だぞ」

 楽し気に写真のデータを見る優輝には何も言えなくなり、一華はまだ胸に残る不安から意識を逸らしカメラに視線を落とす。

「ねぇ、白野君。もしかしてだけど、カメラ、好きなの?」
「え、あ、はい。好きですよ。カメラは思い出をしっかりと収めてくれるんです。今はもう見る事が出来ない物を、しっかりと思い出として残してくれ、このように皆を笑顔にしてくださいます。だから、僕はカメラが好きです」

 真理からの質問に、笑みを浮かべながら返す。楽しそうに笑う彼を見て、真理は「じゃぁ」と顔を乗り出した。

「将来の夢がカメラマンだった時とかもあるの!?」

 目を輝かせながら問いかけて来る真理の言葉に、曄途は目を丸くするが、照れたように目を逸らし小さく頷いた。
 カメラの電源を消し、俯かせながらぽつぽつと曄途は話し出す。

「僕、昔はカメラマンになりたかったんです。僕の好きな物をカメラに収めたり、その思い出を誰かに届けたり。そして、その人を笑顔にしたいと思っていました。今となっては無理な話かもしれませんが」

 悲しげに笑うが、口にしている言葉とは裏腹に、目はしっかりとカメラを捉え離さない。
 グレーの瞳は微かに揺れ、震える唇を噛む。カメラを強く握っている指先は白く染まり、真理はそうしたのかと問いかけようとした。だが、それより先に顔を上げ。三人を見回し曄途はしっかりとした口調で今日相談したかったことを話し出す。

「あの、カメラマンになりたい夢、まだ叶えられると思いますか?」

 まだ心に迷いがあり、眉を下げ不安を口にした。
 声は微かに震えていたが、それでも真っすぐで、本気がくみ取れる。
 問いかけられた三人は目を合わせ、笑顔で大きく頷いた。

「絶対に叶えられるよ! 白野君なら絶対に!」

 真理が一番嬉しそうに笑顔で言う。彼の言葉を心から喜んでくれているとわかるほどの眩しい笑顔に目を細め、曄途も一緒に笑った。
 だが、一人、すぐに笑みを消し難しい顔を浮かべた優輝が、言いにくそうに重い口を開いた。

「だが、そう簡単ではないことはわかるよな? 水を差すようで悪いが、これだけは言いたくてな」

 曄途の立場は次期社長。他に姉弟が居ればその人に譲ると言う事も可能だが、一人っ子なため、曄途が引き継がなければ大手会社だったとしてもつぶれる可能性は十分にある。
 執事やメイドはそれをよくわかっている為、絶対に曄途を社長にしようと必ず邪魔をしてくるだろう。それを懸念しての優輝の言葉だった。

 楽観的に考えていた真理と一華は、彼からの言葉に顔を俯かてしまう。同じく曄途も顔を俯かせ、カメラを見下ろした。

「そこでだ!」

 真剣な表情から、いつもの笑顔になった優輝は、曄途を真紅の瞳で見る。

「俺達はまだ聞いていないんだが、お前の父親は本当にお前を次期社長にしたいと思ってんのか?」
「え? そうだと思いますよ」
「”そうだと思う”という事は、実際にお前は聞いてはいなんだな」
「実際には聞いていませんが、じぃやがそう言っていまして」
「人を信じすぎない方がいいぞ。他人は簡単に人を裏切り、自身の欲の為なら陥れるの何て厭わない。すべての言葉が真実だと思いこむな」

 笑顔だった優輝は、今の言葉で一瞬、表情が曇る。その表情は、人を憎んでいるような、憐れんでいるような。簡単に言葉では表す事が出来ない、悲痛の表情を浮かべた。

「それは、どういう意味ですか?」
「お前の執事が嘘を言っている可能性があるという事だ。お前は父親から本心を聞いていないから、そこの穴を付いている可能性がある」
「あ、穴?」
「お前は父親と仲良いか?」
「…………いえ、そこまでよくはないかと……。僕の父は仕事ばかりで、僕など眼中になんてありませんから」

 両手で持っていたカメラを撫で、淡々と優輝の質問に答える。

「それも知って、お前を利用しようとしているのかもしれないな。なんとなくっ――……」
「そんなことはありません! じぃやは確かに厳しく、きつい印象ですが、それだけではないのです。昔はよく遊んでくださいましたし、勉強も熱心に見てくれました。他にも沢山の事を教えてくださったのです。じぃやを馬鹿にするような発言はやめてください!」

 体育大会での出来事を思い出しながら優輝が話していると、曄途が途中で声を張り上げ彼の言葉を遮った。
 二人の話を聞いていた一華と真理は肩を大きく上げ驚いたが、怒りをぶつけられている優輝だけは平然と曄途を見つめている。

「だが、そのじぃやに俺達はめちゃくそ馬鹿にされたんだぞ? 俺からあいつへの印象は最悪だ。このような考えを持っても仕方がないだろう」
「あの場面しか見ていないからと言うのはあります。ですが、僕はもっと他にじぃやのいい所や優しい所を知っています。僕の執事を馬鹿にするような発言をこれ以上するのなら、いくら黒華先輩でも許しません!!」

 勢いよく立ち上がり、怒りを吐き散らすように曄途が優輝にぶつけた。

 曄途は、母親が病気で死んでしまい、父親は悲しい現実から逃げるように仕事人間へとなってしまってから、どれだけ寂しい思いをしてきたか。どれだけ孤独を感じていたか。
 その隙間を、いつも埋めてくれていたのは紛れもなく執事であるじぃや。
 父より大事に思っている執事を馬鹿にされ、曄途は優輝の言葉をまともに聞くことが出来ない程、頭に血が上り歯を食いしばる。息が荒く、怒り狂っている彼を平然と見上げて来る優輝を睨みつけた。

 怒りに震えている彼など気にせず、優輝は大きくため息を吐き、立ち上がった。
 曄途より優輝の方が高いため、見下ろされる形となる。

 優輝は無表情のまま彼を見下ろし、グレーの瞳を見つめる。圧が凄まじく、曄途は体を怒りと恐怖で震わせ顔を引きつらせるが、ここで引く訳にはいかない。そう自身に言い聞かせ、奮い立たせた。

「黒華先輩は、あの場面しか見ていないのでそのようなことが言えるのです。もっと他かにも良いところは沢山あります。なので、滅多なことは言わないでください!」
「確かに俺は、体育大会でしか執事については知らねぇよ。だから、印象最悪になるのも仕方がないだろ。だか、お前もそんなことを言うが、あいつの全てを知っているわけじゃねぇだろ?」
「す、全て……?」
「そうだ。人間は良いところだけではなく、悪い所も存在する。完璧人間など、この世に存在しない。お前は、執事の悪いところからは目を逸らし、良いところだけを見ようとしている愚か者だ」
「なっ!」

 さらに顔を赤くし、拳を震わせる。
 見下ろしてくる優輝を見上げ、勢いのまま彼の胸ぐらを掴み叫び散らした。

「あんたに何がわかるんだ! そんな風に知ったような口を聞くんじゃねぇよ!! 俺の事を知っているように話すんじゃねぇ!!!」

 様々な記憶が優輝の言葉で蘇り、怒りのままに喚き散らす。
 口調が荒いものへと変わり、相手の胸ぐらを掴み身動きを封じた彼は、今までの行動や言動からは考えられないほど荒んでおり、一華と真理は二人を交互に見てどうすればいいのかわからない。

「知ったような口をきいてんのはお前じゃねぇの? お前は、知らない部分があるのにも関わらず、執事に対する俺の意見を全て無視、否定した。それこそ、あいつ執事にとって、今のお前の言葉はブーメランだろ」

 平然と言い切る優輝に、曄途は目を開く。震える手を離し、倒れないように膝に手を付き頭を支えた。

 今までの自分の言動や、視野の狭さ。誰かのせいにし、自分の夢を諦め何もしようとしてこなかった自分の愚かさ。
 頭に血が上った曄途では、優輝からの言葉を素直に受け取る事が出来ず、血走らせた目で彼を睨み、何も返さずカメラを持ち走り去る。

 逃げるように去って行った曄途を見送り、優輝は小さく言葉を零した。

「他人の考える事なんて、誰にもわかるわけねぇだろ。知ろうとしない限り」
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