嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-

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個性の花

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 一華が優輝の個性の花を知ってから一か月、今は体育館で友人である真理の朝練の応援をしようと思っていた。
 だが、思っていたような光景ではなく唖然。

「今日、男子バスケ部と女子バスケ部の朝練日がかぶっちゃったみたいなんだよね。格技場はバレー部が使っているから無理だし、顧問も困ってるみたい」

「そうなんだ」

 体育館では、男子バスケ部と女子バスケ部の顧問が話し合っていた。
 大変そうだなぁと思いながら体育館から目を逸らすと、見覚えのある銀髪が目の端に映る。

「――――あれ、あの子」

 制服姿で校舎に向かっているのは、一か月前に教室内で少し話した一年生、白野曄途。

 少しとはいえ、話したことがある人がいると気になってしまい、見続ける。
 真理が一華の視線を追うと、曄途に気づき頬を染め、抱き着く勢いで一華に飛びついた。

「なになに、ちょっ、なんで見てるの?」

「え、いや。前に少しだけ話したことがあるから…………」

 一華がまた曄途を見ようとすると、真理が彼女の目を後ろから覆い隠してしまった。

「なに?」

「これ以上、ライバルを増やしたくない」

「ライバル? 何の?」

「恋のライバル。一華には黒華先輩がいるんだから、他の人を見ていたら駄目」

「待って待って? 真理、白野君の事好きなの?」

 真理の手を離させ、驚愕の顔を浮かべ振り向くと、言葉を失った。
 小さく頷いた彼女の頬は赤く、目がさ迷っている。
 恋をしている表情を浮かべている真理に、一華も恥ずかしくなり目を逸らした。

 今まで彼氏欲しいと言っていた真理だったが、実際に人を好きになる事はなかった。
 そんな彼女がここまでの反応を見せるなんてと、一華は気恥ずかしいと思いつつも、嬉しくなり「そっか」と笑顔を向けた。

「安心してよ、真理。本当に、少しだけ気になっただけ。別に恋愛感情なんてないから」

「ほんと?」

「ほんとほんと。それに、私は誰とも付き合う気はっ――」

 ――――――――グイッ

 笑顔で否定していると、一華を後ろから引っ張る人物が現れる。
 真理の視線を辿ると、唇を膨らませふてくされている優輝が目に入った。

「俺がいるのに、他の人に目移りするのは許さねぇぞ、一華」

「黒華先輩!?」

 顔を上に向けると思ったより優輝の顔が近く、一華は顔を真っ赤にし、咄嗟に離れた。

「なんでここに居るんですか!?」

「お前を探しに」

「なんでそうも、何も隠さないんですか…………」

「お前を俺のもんにしたいから」

 さわやかな笑顔で返され、一華は言葉に詰まり顔を逸らす。
 頬は先程より赤く、赤い髪から覗く耳も頬と同じく淡く染められていた。

 この一か月、優輝は毎日のように一華に話しかけていた。
 お昼を一緒に食べたり、放課後は時々一緒に帰ったりと。

 少しでも一緒に居る時間を増やし、一華に意識されようと努力していた。
 一華自身は、まだ恋愛感情などはわからないが、自分に好意を向けてくれているというだけで、どうしても優輝の事を意識してしまい赤くなる。

「と、とりあえず、私は特に白野君の事は特になにも意識していないから! 勘違いしないでよ、真理」

「うん!! わかったよ、一華」

「……うん? ま、まぁ、納得してくれたんなら良かった……よ?」

 なぜ、今の言葉にここまで満面な笑みを浮かべているのかわからない一華は首を傾げた。
 その時、体育館から顧問の声が聞こえ真理は振り向く。

「今回は体育館許可が被ってしまったこともあり、筋トレのみとする。それぞれペアを作り、筋トレ準備を!」

 顧問の言葉にげんなりした真理だったが、素直に二人に手を振り部員の輪に戻って行く。

 見送った二人はお互い顔を見合せた。
 反射的に優輝が笑顔を向けると、一華は赤い顔を逸らしそっぽを向く。

 照れたように顔を背ける彼女の手を、優輝が優しく包み、その場から離れた。

「え、黒華先輩? どこに行くんですか?」

「あそこだと変に目立つだろ。場所を変えてお前と話したい。なんなら、二人っきりになれる場所でお前と共に時間を過ごしたい」

 素直な彼の言葉に、一華はまたしても赤面する。
 その時、目の端に一華をいじめていた女子生徒が映る。

 思わず振り向いてしまい、彼女と目が合った。瞬間、体に冷たい何かが走る。
 冷たく睨まれ、足がすくみ体が震えた。

「ん? 一華?」

 手から微かに震えが伝わり振り向くと、一華の様子が変化したことに気づく。
 足を一度止め顔を覗き込むと、彼女の顔が青くなり、恐怖で唇が震えていた。

 突如急変した一華を見て、目線だけを横に向けると、一華を見ている三人の女子生徒に気づく。
 優輝に気づかれたことを察し、彼女達はすぐにその場から離れた。

 彼女達を目で追い、優輝は一華を安心させるように手を強く握った。

「一華、大丈夫だからな」

「…………すいません」

 一華は、優輝の手から伝わる優しい温もりを受け入れる。

「すいません、変なところを見せてしまいました。もう大丈夫ですよ」

 笑みを浮かべた彼女を見て、優輝は何かを言う為に開いた口を閉じた。
 そして、握っている手を自身へと引き寄せる。

「え、ちょっ!」

 またしても抱きしめられ、視界が遮られる。
 体に伝わるのは、安心する温もり。

 彼の心音が微かに聞こえ、胸の中でざわついていた何かが徐々に静まる。

「大丈夫じゃないだろ。まだ出会ったばかりの俺に隠したい気持ちはわかるが、隠さんでいいぞ。同じ薔薇同士だ、少しは一華の気持ちを理解してあげられる。だから、少しでもいいから俺に甘えてみろよ」

 甘く、柔らかな口調。
 まだ出会ったばかりの二人は、お互いに心を許せる中ではない。
 だが、それでも今の一華は優輝に縋りたい気持ちがある。

 これは、同じ薔薇だからか。
 同じ苦しみを味わっていると、感覚的に察しているからなのか。

 言葉ではうまく説明できない気持ちが一華の心を占め、横に垂らしていた手が彼の背中に伸ばされた。

「すいません、すいません……」

 一華は、何度も何度も謝罪した。
 それに優輝は何も返さず、ただ彼女の背中を撫で続けた。


 数分、お互い何も言わないで抱きしめ合っていると、一華がもう大丈夫と優輝から離れた。

「お、もう大丈夫なのか?」

「はい、ご迷惑をおかけしてしまいすいません」

「いやいや、俺的には美味しいシチュエーションだったから別にいいぞ。なんなら、まだ俺は足りんから、カモン」

「お断りします」

「そこはあっさりなのね…………」

 そのまま教室に戻ろうと振り向く一華だが、すぐに足を止めた。

「あの、今の事は誰にも話さないでいただきたいです」

「今の事?」

「はい。私は、大丈夫なので。誰かに伝えたりとか、探ったりとか。そういうのはやめていただきたいです」

 言うと一華は返答を待たずに歩き出してしまった。

 優輝は彼女の背中を見送ると、ボサボサの黒髪をガシガシと掻いた。
 息を吐き、腕を横に垂らす。

「…………さて、さっきの奴らはどこのクラスだろうなぁ」

 ぽつりとつぶやかれた言葉は誰にも届かず、彼の口角は微かに上がっていた。
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