悪魔憑きと盲目青年

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
33 / 37
真実

「いい加減にしろ」

しおりを挟む
 風が、旧校舎の周りに立ち並ぶ木を揺らす。気持ちよさそうに空を舞っている葉が月光に照らされ、地面へと落ちた。
 暁音は舞っている葉を掴もうと手を伸ばしたが、ひらりと避けられ交わされる。追いかけようとはせず、去ってしまった葉を見送った。

「久しぶりに来たかも…………」

 再度旧校舎を見上げ、暁音は歩き出した。
 外れている南京錠を気にせず、古く壊れてしまいそうなドアを開け中に入る。ギシギシと音が鳴り、今にも崩れそう。そんな廊下を難なく進み、階段を上る。

 風が窓をガタガタと揺らし、月明りが旧校舎の廊下を照らしていた。埃が光に照らされ、幻想的に舞っているように見える。
 廊下の機材や段ボールは暁音が行かなくなってから何も変わっていない。端に寄せられ、歩く場所は確保されていた。

 月海の所に通っていた時のように、慣れた足取りで廊下を進む。すると、”3―B”と書かれているプレートが見えてきた。そこが暁音の目的の場所。
 前まで放課後、必ず通っており月海におにぎりを届けていた。やる気のない悩み相談所を開設し、何とか人見知りを改善させようとした場所。いつも月海が窓側にある椅子に座り、夜空を見上げていた場所。

 暁音は目の前にあるドアに手を伸ばし、添えた。緊張しており、手汗がにじみ出ている。息が荒くなり、唇と手が震えていた。
 中に目的の人がいるのかわからない恐怖と、開けてもいいのかという疑問。不安が頭を占め、いつも当たり前のように開いていたドアを開ける事が出来ない。

 一度、手を離し自身の両頬をに添える。すると、乾いたような音が廊下に響き渡った。
 パンッという音が響き、手を離すと暁音の頬が赤くなっている。不安な表情は無くなり、目を吊り上げドアを睨み上げた。

「ここで、負けてられるか」

 珍しく口調が荒くなる暁音。ここで引き返せば必ず後悔する。
 暁音は意を決して、右手に力を込め勢いよくドアを開いた。中に入り、教室の中心で歩みを止めた。

「…………月海さん」

 教室の中に入り窓側を見ると、そこには、月明りに照らされている月海の姿があった。

「…………何で来たの。ニュース見てないわけ? それとも、殺されに来たの?」

 窓から目を離さず、月海は淡々と問いかける。目元にはいつもの赤い布、白衣を肩にかけ腕を組む。

 暁音は、コツ、コツと足音を響かせながら月海に近付いて行く。でも、なぜか月海がその歩みを止めさせた。

「待って」
「なんで」
「これ以上近づいたら、間違えて殺しちゃうかもしれないよ」
「私は構わないですよ。怖くないので」
「…………ハハッ。そっか、君はやっぱり変わらないんだね」

 から笑いを零し、月海は一度顔を俯かせる。次に頭を上げた時、暁音の方に向き直し笑顔を向けた。笑顔自体は優しく、綺麗。だが、逆にそれが不気味にも感じる。
 今の月海は何をするかわからない。そんな空気を纏っており、暁音も迂闊に近付けない。

「い、今まで、何をしていたんですか?」
「そうだね。まぁ、ニュースを見ていたらわかるんじゃない?」
「やっぱり。今世間を騒がせている”大量殺人失踪事件”。犯人は貴方なんですか? 月海さん」

 暁音は確認の意も込めて、緊張を滲ませながらも問いかけた。

「君がそう思うならそうかもね。僕かもしれないし、違うかもしれない。真実は自分の目で確認しないと、人間は心から信用しないでしょ。人の言葉は儚くて崩れやすい、簡単に消えてしまう。だから、君も人の言葉に惑わされないで、これからの人生を歩んだ方がいいよ。僕なんかに関わらないで、誰にも縛られないで。君はもう、前みたいに縛られていないんだから」
「それは貴方のおかげですよ、月海さん。貴方が私を助けてくれた。貴方が私を家族という名の地獄から救い出してくれた。手を差し伸べてくれた。私はずっと縛られてた。親は完璧主義者で、ほんの少しの失敗も許してはくれなかった。テストでは満点じゃなければご飯は抜き、運動も一位じゃなければ部屋に監禁され、一日のスケジュールはすべて分刻み。もう我慢の限界で、何もかもどうでも良くなった私の手を救いあげてくれたのは、貴方。だがら、今度は私が貴方を助けたいの。これは親から言われていた事をやろうとしているんじゃない。私の意思で、貴方を助けたいと思ったんです」

 今暁音と共に生活をしている知里は、実の親ではない。親の友人だった人だ。だからか、二人は距離感が掴めなく今でもぎこちない。でも、昔の縛られていた環境よりは何倍もマシと、今まで生活をしていた。

 その事を伝える言葉には抑揚がなく、淡々としている口調。月海を見る瞳にも力が込められており、簡単には引かないのがわかる。月海も見えない視界で感じ取り、口を閉ざした。
 静かな空気の中、二人の息遣いだけが静かな空間に聞こえる。

 静かな空間を壊したのは、月海の荒々しい言葉だった。

「はぁ。お前、いい加減にしろよ?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
 深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。  そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。 「貴方の匣、開けてみませんか?」  匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。 「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」 ※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

処理中です...