悪魔憑きと盲目青年

桜桃-サクランボ-

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アザエル

「任せたわ」

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 月海の言葉を耳にし、青年は驚きの表情を浮かべたかと思うと。大きく口を開き、不気味な笑い声を上げた。その声は不快で、気持ちが悪い。月海は、眉間に皺を寄せ唇を尖らせる。
 警戒の色を滲ませ、カッターナイフを一度持ち直した。青年はそんな彼を見て、大げさに肩をすくめる。

「まさか、そんなちっぽけな刃で我の事を斬れると? 我も舐められたものじゃな」
「カッターナイフをなめんな、美味しくないぞ」
「冗談を言えるような余裕はあるみたいじゃのぉ。愉快愉快」

 きらりと光る刃をむき出しにして、月海は臨戦態勢を取る。怒りという感情に身を任せ、今すぐにでも青年を葬り去りたいと思っている月海だったが、そんな感情だけで動けば、確実に殺されるため何とか冷静を保つよう努めている。

「今の主に興味はない。元の主の方が面白い反応をしてくれる。戻ってはくれぬか?」
「断る。てめぇの歪んだ趣味に付き合う義理はねぇよ」
「それは残念じゃ。無理やり引きずり出す事は出来るじゃろうか」

 どのようにすれば自分の思い通りになるか。青年は顎に手を当てながら考え始めた。その動きを見て、月海は表情を変えずに淡々と問いかける。

「今、この状況で考え事なんてな。俺より余裕じゃねぇか。あれは大丈夫か?」
「ふむ、あれとな?」
「あれ」

 月海は左手で青年の後ろを指さした。その先には、青年の心臓を狙うムエンの姿。鋭い爪を立て、青年の左胸に突き刺そうと繰り出している。それを、咄嗟に体を翻し青年は避けた。咄嗟な行動だったため、驚きと困惑の表情を浮かべている。
 ムエンからの鋭い攻撃を完全に避ける事ができず、横腹を掠め鮮血が舞った。

「ちっ、忘れていたわい」
「避けないでよ、そのまま死んで」

 いつの間にかムエンの姿が変わっていた。少年から青年に姿を変え、黒い翼を羽ばたかせてる。いつも付けているはずの白手は脱いでおり、黒い爪がむき出し。悪魔の証である、逆さの五芒星が右手の甲に浮き出ていた。

 攻撃を避けられたムエンは、月海の隣に立つ。左右非対称の瞳を青年から離さず、いつでも殺せるように右手を構えた。

「二対一か。少しばかり、こちらが不利じゃのぉ」

 軽く嘆く青年の目線は、先ほどから動こうとしない暁音に向けられた。
 ムエンは瞬時に青年の思惑を感じ取り、慌てて暁音へと飛んでいこうと羽を動かす。だが、地面から再度、無数の手が現れムエンの足を掴んでしまった。

「うわ!? ちょっ、離して!!!」

 掴まれた足を動かし振り払おうとしたが、足首だけではなく、膝や太もも、越した手首、腕や首など。次から次と黒い手が伸び、ムエンを拘束する。
 地面から出てきている腕はムエンだけが狙われているわけではなく、月海にも伸びていた。だが、ムエンのように叫ぶことはせず、冷静に構えていたカッターナイフで手を切る。意外と簡単に切ることができ、次々と切りながら青年の動きを警戒していた。
 早く暁音の所へと向かわなければならないといけないが、それを許してくれない無数の手。自身が完全に動きを封じられることを避けるので精一杯、そんな中で月海は思考を巡らせ、ムエンの名前を叫んだ。

「ムエン!! 姿を変えろ!!」
「っ、わかった!!」

 一瞬で青年から少年に変化し、掴まれていた体の拘束を解く。すぐさま掴み直そうとしている手を月海はカッターナイフを水平にし、横一線に払った。それにより、手は簡単に切られ、溶けるように地面にボタボタと落ちる。

 二人は暁音の方へと走り出したが、遅かったらしく青年は暁音後ろに移動していた。腰と顔に手を回し、動けないように抱き留めている。

「アカネ!!! アカネを離せ!! アカネに触れるな!!!」

 ムエンが喉が切れそうなほどの声量で叫ぶが、青年は気にする様子を一切見せず二人をあざ笑う。
 暁音は苦々しく顔を歪め、肩口から覗かせている青年を睨みつけた。体を捻じり、逃げ出そうと腰に回されている手を掴むが、力では勝てる訳もなく。逆に腰に回されている手に力が込められてしまった。

「くっ…………」
「無駄に抵抗しない方がよいぞ。主のような弱い人間は、これより力を込めてしまうと骨が折れてしまう恐れがある。もしかすると、誤って殺してしまうかもしれん。我に殺される訳にはいかんのじゃろ?」

 耳元で囁かれるように悟られ、暁音は渋々掴んでいた手から力を抜いた。

「よい子じゃ」

 甘く、人を誘惑するような声で囁く。
 今にも飛びつこうとしているムエンを抑え、月海は冷静な面落ちで暁音達を見ていた。

「落ち着けムエン。あいつは暁音を殺そうとしていない」

 歯を食いしばり、こぶしを強く握るムエンに月海が言いなだめる。相当強く手を握っている為、ムエンの右手から血がしたたり落ちていた。
 冷静に諭してきた月海の言葉に、ムエンは苛立たし気に問う。

「なんで、わかるの」
「殺してしまえば、人質がいなくなる。お前の力を暴走させるのもできれば避けたがるはずだ。お前は暁音が絡むと豹変するしな。それはあいつも感じ取っているはずだ」

 冷静に分析しながら伝え、内容に納得せざるを得ないムエンは歯を食いしばりながらも耐えることにした。感情のまま動き、もしもの事があれば。彼は一生後悔する事になる。それを懸念し、両手を握り耐え続けた。

 むやみに動こうとしない二人を見て、青年はつまらないという視線を浮かべた。

「どこまで、その冷静を保つ事ができるかのぉ」

 暁音の頬を撫で、誘惑するように頬ずりをする。
 ずっと冷静を保っていた月海だが、握っているカッターナイフに力が込められ、自然と口から舌打ちが零れた。ムエンも鼻息が荒くなり、鋭く尖っている爪をわなわなと震えさせる。

「もう、無理なんだけど。ねぇ、ルカ!!!」
「まだ駄目だ。今下手に動けば、暁音が殺される。耐えろ」

 気持悪そうに顔を歪め、顔だけでも逸らそうとする暁音。助けを乞うように二人を見て、熱も高くなってきたのか涙の膜も張っている。今にも涙が零れ落ちそうな瞳に焦りが募る月海だが、息を飲み打開策を考え続けた。

「そういえば、あいつはムエンを怖がっているような気がする。それに、意識を四方に散らすのが苦手な印象。俺と会話していた時、ムエンの気配をギリギリまで感じ取れなかったみたいだしな」
「なら、まず気を逸らしてアカネを救出。そこから二人で畳みかければ」
「いや、そう簡単にいかねぇよ。余計な動きを見せれば暁音が咄嗟の動きに巻き込まれ殺される。手癖や足癖は悪いだろうしな」
「なら、どうするの?」
「…………そうだな。余計な動きを見せずに気を逸らせる事が出来れば、チャンスが訪れる」
「なるほど。それなら、できるよ」
「んじゃ、任せたわ」

 青年に聞こえないように簡単に作戦を伝え、ムエンは暁音達の足元に目を向けた。
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