悪魔憑きと盲目青年

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
23 / 37
アザエル

「信喜海大」

しおりを挟む
「………ん。あれ、月海さん?」

 暁音はベットの上で目を覚まし、月海が居ない事に気づく。頭を支えながら体を起こし周りを見回した。だが、探し人はどこにもいない。気配すらなく、不思議に首を傾げる。

「なんか、嫌な予感がする」

 目を伏せ、暁音は右耳に少しだけ乱れている横髪をかけ呟く。慌ててベットから降り、床へと立った。瞬間、軽く頭痛が走り顔を歪ませる。右手で頭を支え、眩暈で力が入らずその場に片膝をついてしまった。
 まだ本調子ではないため、安静が必要。無理をすれば、今より酷くなってしまう可能性がある。

「っアカネ! 大丈夫?」

 小学生くらいの悪魔、ムエンが黒いモヤと共に姿を現し、心配そうに暁音へと近づき顔を覗き込んだ。不安げに眉を八の字にし、彼女の肩に手を置く。

 暁音の顔色は悪く、汗がにじみ出ていた。息が荒く、症状はまだ良くなっていない。

「まだ寝ていた方がいいよ?」
「平気。それより、嫌な予感がするの。月海さんの身に何か……」

 ベットに手を置き、ふらつきながらも立ち上がり廊下へと出た。
 ムエンはそんな彼女を心配そうに見ていたが、下げていた眉を上げ、人差し指と親指で乾いたような音を鳴らした。すると、黒いモヤがムエンを包み込む。次に姿を現した時には少年ではなく、青年へと姿を変えていた。

 佇まいはどこかの執事を連想させ、少年の時とは違った雰囲気を醸しだしながら暁音の隣に移動する。

「どちらに向かいますか、暁音」
「ムエン……。その姿、力を消耗するからあまり使わない方が……」
「暁音のためなら何でもしますよ。さぁ、ご命令を」

 ムエンは右手を胸元に持っていき、腰を折る。丁寧な口調、動作一つ一つに品があり、高貴な印象を与える。
 その言葉と行動に、暁音は頷き口を開いた。

「まずは、私をこの旧校舎にある"家庭科室"に連れて行って」

 ☆

 狭く、ジメジメとした路地裏を月海は青い顔を浮かべながら走っていた。
 所々にはゴミ袋や自転車が投げ捨てられており、道を塞いでいる。だが、何一つぶつかる事なく、体をねじったり横に避けたりと。見えないはずの視界で、全て避けながら走っていた。

 口元を恐怖で歪ませ、荒くなる息など気にせず先ほどの青年から逃げる。だが、なぜか一向に人通りのある道に出る事ができない。無限に続く道をただひたすらに走っている気分になり、精神的にも追い込まれる。

「くそっ、どうなってんだよ」

 恐怖が月海の身体を襲い、それに加え逃げる事が出来ない空間。元々慣れない住宅街を歩いて疲弊していた体だったため、月海の体力やメンタルは限界を迎えていた。

「っ、ぶな。あれ、これって…………」

 今まですべてのゴミなどを避けていた月海だったが、地面に転がっていたあるものに躓き、立て直す事が出来ず力が抜け膝をついてしまった。その際、手にカサッと言う感触が触れる。それは、月海が必死になって購入した風邪薬の入った買い物袋。

 月海は青年から一刻も早く離れたかったため、買い物袋などを気にする余裕はなかった。だから、ここにあるのはおかしい。

「ど、どうなってんの。これじゃ、まるで……」
「人を追い込めている時のもう一人の自分のよう──だと、思ったかのぉ」
「っ?!」

 月海は慌てて後ろを振り向く。だが、そこには誰もいなく、光がない闇が広がるのみ。先を見通す事が出来ず、何もない空間から逃げるように自然と後ずさる。体がカタカタと震え、手に持っていたビニール袋が地面に落ちた。

 どんどん後ろに下がり、恐怖暗闇から逃げようとする。だが、背中に何かがぶつかってしまい、確認するためゆっくりと首だけを回した。
 
「っ、完璧にからかってんじゃん…………」

 後を見るが、何もない。壁にぶつかっておらず、人もいる訳がない。
 手の上で踊らされているような感覚になり、苛立ちと焦りが今の月海を奮い立たせた。
 拳がわなわなと震わせ、歯を強く噛みしめる。それでも、今の現状を冷静に考えるため、深呼吸をし落ち着いた。

「………………ふぅ。これは多分。暁音の所にいるムエンと同じような力かな」

 何とか無理やり気持ちを落ち着かせ、空を仰ぐ。高い建物に囲まれた道なため、青い空は微かな隙間からしか見る事が出来ない。
 壁に背中を預け空を見上げ続ける月海は、今の現状を考えながら分析し始めました。

「そういえば、あいつ。我の事を覚えていないのかって……。もしかして、あいつ」

 何かを思い出したのか、月海はハッとなり前方に顔を向けた。すると、上から楽しげな声が聞こえ始める。

「ほぅ、思い出したか月海よ。いや、思い出したのであればこちらの名前で呼ばせてもらおう。信喜海大しきかいと
「っ、その名前で呼ぶな!!!!!」

 上空から人の名前が聞こえたかと思うと、いきなり月海が上を見上げ怒りを吐き出すように叫んだ。カッカッと人をあざ笑うような笑い声と共に、闇の空間から黒い翼を広げ、妖しい笑みを浮かべ彼を見下ろしている青年の姿が現れた。重力など関係なしに、建物の側面に足をつけ立つ。

「なぜ怒る。こちらの方が本名だろう、信喜海大よ。生き物にとって、名前は大事なものだろう? 忘れてはいかんよ」
「黙れ!!! それ以上その名前を呼ぶな、その名前を口にするな!!」
「哀れやのぉ海大や。両親からはネグレクトを受け、友人には裏切られ。唯一仲間だと思っていた幼馴染には──……」
「黙れぇぇぇええええ!!!!!」

 青年が楽し気に口元へ手を持っていき、月海の過去を語る。そんな話は聞きたくないというように、月海は喉が裂けそうなほどの声量で叫び散らした。
 地面に落ちていた石を拾い上げ、壁の側面に立っている青年へと感情のままに投げた。だが、それは片手で受け止められる。

 垂れている髪は風で揺れ、組んでいた両手は石を受け止めるためにほどく。その行動全てに余裕があり、逆に月海はいつもの冷静さが欠け、感情のままに行動してしまっている。余裕がなく、判断力が鈍っていた。

「そう取り乱すでない。まだ、心が壊れるのは

 取り乱している月海を見て、青年はコツ……コツ……と。革靴を鳴らしながら徐々に月海へと近づいていく。
 ゆっくり移動している青年の動きを感じ、月海は顔を逸らさないように気を付けながら横に一歩、足を踏み出した。その瞬間、青年は姿を晦ませ。いつの間にか月海の目の前に姿を現した。まるで、瞬間移動でもしたかのような動きに、月海は気が動転してしまい、何も行動できなかった。
  
 青年の赤い瞳が、彼を逃がさず見続ける。

「まだまだ、こんなに綺麗ではないか。駄目だ。このままでは、面白くない。もっと、我好みの黒い感情を寄越すのだ。昔、幼馴染に裏切られた時のような感情を」

 両手を月海の顔に添え、生き物とは思えない異様な笑みを浮かべながらねだる。不気味な笑い声が裏路地に響き、月海は体を大きく震わせた。

 絶望的な状況。逃げられず、体が動かない。そんな月海を楽しむように見つめる青年が赤い舌で自身の唇を舐め、右手の指先をほんの少しだけ動かした。そんな時、どこからか女性の冷静な声が響き動きが止まる。

「そんなに相手が怖いなら、。月海さん」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
 深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。  そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。 「貴方の匣、開けてみませんか?」  匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。 「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」 ※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

処理中です...