悪魔憑きと盲目青年

桜桃-サクランボ-

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梨花

「一番に」

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 旧校舎を出た梨花は、貼り付けていた笑顔を消し夜空を見上げる。冷たい風が吹き、彼女の髪を揺らした。
 夜空を見上げる瞳は濁っており、その中には微かな恐怖と強い意志が見える。だが、瞳は少し揺れており、逃げるよう夜空から視線を外した。

「もう、お母さんは寝たかな。いや、確実に起きているか」

 そのような事をぼやきながら、梨花は目の前に広がる森に目を向けた。
 先を見通す事ができない道をただひたすら眺めた後、重い足取りで前へと進む。首にかけている一眼レフカメラを不安そうに撫で、葉が重なる音を耳にしながら森を後にした。

 ☆

「ただいま」

 梨花は旧校舎から真っ直ぐ家に帰り、三角屋根の一軒家のドアを開けた。
 小さな声でか細く帰った事を、中にいるであろう家族に知らせる。だが、その声に返答はない。
 リビングに続く廊下は暗く、人の気配が感じない。その事に、彼女は安堵の息を吐いた。
 微かに震えている体で靴を脱ぎ、足音を立てずリビングへと向かう。

 恐る恐るドアを開けると、いきなり中から女性の凛とした声が聞こえた。その事に対し、梨花は体を大きく震わせ顔を青くする。視線を漂わせながら、聞こえるかわからないほどか細い声で話しかけた。

「お母さん……。た、ただいま……」
「こんな時間まで何をしていたのかしら。まさか、遊んでいた訳ではないわよね」

 真っ暗なリビングの中心で椅子に座り、顔を俯かせながら女性ははっきりとした口調で言う。その声には怒りが込められているように感じ、梨花は肩を大きく震わせた。
 異様な雰囲気を纏っている女性を目の前にし、梨花はドアに縋るようにその場から動けない。カタカタと体を震わせ、目線を床にそらした。

「答えられない事をやっていたのかしら?」

 やっと顔を上げ、女性は目線を彼女へと向けた。その女性の表情は、文字通り『無』そのもの。感情がなく、瞳に光がない。
 カタンと音を鳴らし、女性は椅子から立ち上がり梨花の方へと歩き出した。

 まだ体を震わせている梨花は、そんな彼女を目にしてもなお動く事ができずドアノブを強く握る。
 目の前まで歩いた女性は立ち止まり、梨花を見下ろす。その圧迫に耐えきれなくなった彼女は、何とか遅くなった理由を話そうと青く染まっている顔を上げ口を開いた。

「ち、ちがうよ、お母さん。私、部活で──」
「っ。部活、ですって?」

 言ってから梨花は『しまった』と、顔を今より真っ青にし目の前にいる女性を見上げた。先ほどから震える体は止まらず、落ち着こうと胸元に似てを持っていく。ぎゅっと制服を握るが意味はなかった。

「貴方は……。だから、私は言ったのよ。部活なんてやめなさいと。部活があるから勉強の時間が減り、貴方はどんどん馬鹿になっていく。このままじゃ一番じゃなくなって、私の周りからの印象が悪くなるでしょ!!!!」
「いっ!! や、やめて!! やめてよお母さん!!」

 いきなり女性は、興奮したように梨花の髪を両手で鷲掴み、乱暴に上下に動かし始めた。
 梨花は痛みと気持ち悪さで涙を滲ませる。何度も「やめて」と口にするが、その声は女性の耳には入っていない。手を止める事をせず、罵詈雑言を浴びせ続けた。

「貴方のせいで私は色んな人に捨てられた! あんたが馬鹿だから! 何も出来ないから! せめて勉強ぐらいはやりなさいよ!! 何も出来ないゴミが!!!」

 実の娘にかける言葉ではない。
 次から次へと飛び出すのは、人を人とも思っていない暴言だった。

 梨花は口を結び、この瞬間が終わるのをただひたすらに待っていた。
 涙を目に溜め、歯を食いしばり、ただひたすらに。すると、ようやく頭が冷えてきたのか。女性は床に叩きつけるように梨花の頭をたたきつけ、手を離した。

 ガタンと、大きな音を立て梨花は床に倒れ込んでしまった。

「どうして、貴方のような出来損ないが生まれてきてしまったのか。私は、こんな子なら要らなかった」

 床に倒れ込んでしまった娘など一切気にせず、彼女は通り過ぎ、言葉を吐き捨てそのまま家を後にした。

 玄関の扉が閉じる音が聞こえた時、梨花はムクリと体を起こしそちらへと目を向ける。
 完全に女性の姿が無くなった事を確認すると、震える足に力を込めその場に立ち上がった。

「…………一番に、ならないと」

 憎しみや怒り。悲しみなどが込められた言葉はすぐに消えてしまう。彼女の表情は固く、濁っている瞳は何も写さない。薄く開かれている瞳は、自身の部屋につながるドアへと向けられた。

 梨花はリビングの扉を閉め、姿を消した。
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