悪魔憑きと盲目青年

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
9 / 37
亜里紗

「部長なのだから」

しおりを挟む
 暁音の質問に、月海は片眉を上げ「あ?」と不機嫌そうな声をこぼす。だが、彼女は気にせず同じ質問をもう一度ぶつけたため、月海は頭を掻きながら吐き出すように答えた。

「はぁ。死にたいと本気で思ってなかったから。これでいいか?」
「ですが、自分で"いなくても良い"と言っておりました。その時点で貴方なら殺せたはず。なぜ、わざと逃げる時間を与えたのですか?」
「出来ねぇよ。俺にはあれで精一杯だ」
「何を言っているんですか。あんなのが貴方の本領の訳が無いでしょう。五年前の大量殺害事件。犯人は自分だと、貴方が言っていたではありませんか」

 天気でも聞いているような口調で暁音は問いかける。その問いに、月海はめんどくさいと言いたげに暁音を見上げ続ける。お互い何も話さず、風の音だけが静寂な空間に音を鳴らす。
 痺れを切らした暁音は、再度口を開き質問した。

「貴方は一切証拠を残さず、何十の人を殺した。そんな人が佐々木さんを殺せないはずがない」

 言い切った暁音の瞳は黒く濁っており、生気を感じる事が出来ない。月海もそれを感じ取り、口を閉ざし続ける。だが、今度は月海が我慢できなくなり、暁音から顔を話す。
 ため息と共にぼそぼそと、小さな声でやっと答える。だが、それは答えと呼べるものではなかった。

「めんどくさかった。これでいいか。俺はもう疲れた、寝る」
「え、あの……」

 それだけを零し、月海は暁音の制止など聞かず椅子から立ちあがった。ペタペタと足音を鳴らし、教室を後にしてしまった。
 残った暁音は、全く理解できず不機嫌そうに眉をひそめる。

「もしかしてまた、余計な事を言ってしまったのかしら」

 重い空気の中、暁音はなぜ月海が教室を後にしてしまったのか。なぜ、明確な理由を教えてくれなかったのか。それを考える。だが、何も思いつかず息を吐き、鞄を片手に彼と同じく教室を後にした。

 ☆

 旧校舎を後にする暁音に、一人の女子生徒が近づいていく。その人の手には一眼レフカメラが大事そうに握られていた。

 口元には笑みを浮かべ、背中くらい長い髪をハーフアップにし、風でゆらゆらと揺らしながら歩く。指定の制服を身にまとい、スカートは膝より上。
 コツコツとローファーの音がどんどん暁音に近付いていく。

 足音が聞こえ始め、暁音は前に進めていた足を止めた。顔を上げ、音の方に目線を向ける。
 月光が届かない、闇が広がっている森の中。一人の女性が姿を現した。

「こんにちは、鈴寧りんねさん」
多羽田たばたさん。こんにちは。こんな所でどうしたの?」

 女子生徒の名前は多羽田梨花たばたりか。一眼レフカメラをいつも握る程好きで、部活も写真部に入部していた。外から物事を眺めるのが好きらしく、友達の輪へと自ら入ってはいかない。

「こんな所に貴方が求める物はないと思うわよ」
「あら、あるじゃない」

 梨花の言葉に、暁音は首を傾げる。

「前に教室へと入ってきたイケメン君。紹介してくれない?」

 片目を閉じ、パチンとウィンクしながら梨花は口にする。

「…………い、イケメン? 誰?」
「あの人だよ。黒髪に、白衣。あと、赤いハチマキしてた? かな。そんな人に覚えない?」

 細かく説明されてもなお、暁音はポカンとしている。すぐに思い浮かばず、空を見上げ唸る。

「あ、もしかして月海さんの事?」

 やっとわかった暁音は、梨花を見直し聞いた。

「あの男性、月海さんという名前なのねぇ。会わせてくれない?」
「私は構わないけど、今は寝ているからやめておいた方がいいわよ。何されるか分からない」
「なら、明日はどう?」
「…………話が出来るか分からないけれど。それでもいいの?」
「構わないわ。諦める気ないもの」
「わかったわ。なら、明日の放課後に」
「えぇ。嬉しい」

 次の日の約束をし、そのまま梨花は手を振り旧校舎とは反対側へと歩き始める。カサカサと葉が重なる音が闇に響く中、彼女は苦しみや悲しみといった負の感情が込められた言葉を吐き捨てた。

「諦める訳にはいかないのよ。私は、部長なのだから……」

 先ほどまで浮かべていた笑みを消し、眉間に深い皺を刻む。歯を食いしばり、悔しげに顔を歪めた。垂らしている手には自然と力が込められており、微かに震えている。

 完全に梨花を見送った暁音は、森に向けていた瞳を背中に背負っている旧校舎に向けた。

 月明かりが、静かに佇んでいる旧校舎を不気味に照らしている。風が吹くと、周りに立ち並んでいる木々から踊るように揺れ、葉を舞わせた。まるで、異世界への扉が開かれるのではないかと思うほど不気味に建たされている。

 風で髪を揺らし、暁音は旧校舎を見上げる。右手で髪を耳にかけ、考えるように瞳を閉じた。

「失った感情なんて、一体何なんだろう。弱いとは、何を指しての言葉なのかな」

 そんな疑問をこぼし、暁音は旧校舎に背を向けそのまま帰宅した。

 そんな彼女を見下ろしている人影が、旧校舎の二階に映っている。月海が窪んでいる両眼を外へと向け、腕を組んでいる姿が月明りに照らされていた。

「なぜ殺さなかった……か。はぁ、俺が切る前に、想いの糸が繋がったから……と、言ってもわからんだろうな。めんどくせぇ」

 それだけをこぼし、窓から離れる。

「今日もまた、平凡な一日が終わった。俺の捜し物は、いつ見つかるのかねぇ~」

 気だるげにつぶやき、廊下へと姿を消した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
 深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。  そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。 「貴方の匣、開けてみませんか?」  匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。 「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」 ※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

処理中です...