悪魔憑きと盲目青年

桜桃-サクランボ-

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亜里紗

「伸びきっているな」

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 教室を出た暁音あかねは、玄関に向かい外に出た。だが、なぜか校門の方には行かず、校舎裏へと回る。
 教室での出来事がまだ頭の中に残っているのか、眉間に皺を寄せ右耳に垂れている髪をかけた。

 朝より気温が上がり、風も吹いていない。蝉の声が聞こえる校舎裏を、暁音は振り返ることはせず、前だけを見て歩みを進める。額には薄く汗がにじみ出ていた。

 校舎の裏には大きな山がある。下級生が山の上から駆け下りたり、板を利用した簡易的なそりを使って遊んでいる姿があった。笑い声が暁音の耳にも届いているはずだが、表情一つ変わらず、山の下で見あげるのみ。
 
 自然の匂いが鼻をくすぐり、先ほどまで吹いていなかったはずの風が暁音の髪を揺らす。
 黒く濁っている茶色の瞳を向けているのは山の上。下級生の邪魔にならないように山の端に移動して、登り始めた。

 周りの人達は遊ぶことに夢中になっており暁音に気づいていない。それが逆に彼女にとって都合がよく、慣れた足取りで山頂に。木々がたくさん立ち並ぶ森が目の前に広がっている。
 まだ太陽が大空に昇っているため明るく、暑いくらいだ。だが、目の前にある森の中は薄暗く、陽光を遮断している。気味悪く寒気がする光景だが、暁音は全くそんな空気など気にせず一本道である森の中に入った。

 自然の音が響いている道を進み続けると、どんどん道が広くなり始めた。太陽の光も彼女の元に届くようになってきた。
 頬を伝う汗を手の甲で拭いながら歩いていると、いきなり冷たい風が暁音の頬を撫でる。いきなり空気が変わり、異世界にでも迷い込んでしまった感覚になってしまう。

 そんな道を進むと、途中で木が途切れ周りを見渡す事ができるようになった。
 辿り着いた先にあったのは、古い大きな建物。数十年前に新校舎が建てられ、使われなくなってしまった青華高校の旧校舎だ。

 使われなくなってから整備も何もされなくなってしまったため、壁画は所々剥がれ、雑草は手入れがされていなく生え乱れている。
 窓にはヒビが入っていたり、玄関のドアに取り付けられていたであろう南京錠は、意味もなく風に揺られていた。

 人ではない何者かが現れそうな雰囲気の校舎に、暁音は当たり前のように入っていく。
 ドアからはギギギッという、今にも壊れてしまいそうな音が聞こえたが、暁音は気にせず開けて校舎の中に入る。
 中も外と同じくぼろぼろで整備されていない。それどころか、掃除すら全く行っていないため、埃が端に溜まっている。暁音が歩く度埃が舞い上がり、宙に漂う。

 廊下の端にはダンボールや、もう使われていないであろう教材が至る所に落ちていた。大きな三角定規や黒板用のコンパス。音楽で使っていたであろうメトロノームまで廊下に投げ出されていた。だが、それはすべて廊下の端に歩くのには特に支障はない。

 彼女は床に転がっている物やドアが壊れ中が丸見えの教室などに見向きせず、上に続く階段を上り二階に。
 二階も一階と変わらず、歩くには特に支障はないがいろんな教材が転がっていた。

 そのようなものなど気にせず、前を向き歩き続ける。すると、一つの教室の前で立ち止まった。

 彼女の目の前には、他の教室とはなんも変わらないドア。黒に染まっていたり、ガラスにひびが入っていたりと。触れたいとは思えない。
 そんな、ドアの上にあるプレートには、"3ーB"と描かれている。そのドアをがたがた音を鳴らしながら開き、教室に入り周りを見回し始めた。

 中にも埃が舞っており、机や椅子が散乱している。しかも、散乱している机や椅子は使えるものではない。足が曲がっていたり、背もたれが破壊されている。
 唯一、黒く破れているカーテンがかけられている窓側に置かれている椅子だけは壊れておらず、ほこりもかぶっていない。普段から使われているらしい。

 そんな教室を見渡していた暁音は、またかと言葉をこぼし眉間に皺を寄せる。呆れながらも、なぜかいきなり黒板の前にある教卓に目線を送る。
 少しめんどくさそうに、目線を向けた教卓へと歩き始めた。

「また寝ているんですか、月海るかさん」

 歩きながら誰もいない空間に声をかけ始めた。だが、返答はない。その事にため息をつき、教卓を覗き再度同じ名前を呼んだ。

「これは、完全に寝ていますね。よく、そんな体勢で寝れますよね……。体、痛くないですか?」

 教卓の下には、一人の青年が片膝をつき顔を埋めながら眠っていた。その辺りだけは、青年が眠っていたからなのか汚れていない。

「あの、月海さん。起きてください。起きて下さいよ。ちょっと……」

 右手を伸ばし、体を揺さぶるが起きる気配を見せない。
 諦めた暁音はため気をつき、その場から立ち上がった。そのまま、肩にかけていた鞄を教卓に置き呆れたように空へと少しの怒りをこぼす。

「まったく……。宣伝をしてはダメ、名前を出す事はダメ、案内するのもダメ……。克服する気ゼロなのがまるわかり」

 暁音がため息を吐くと、教卓がカタカタと揺れ始めた。その事に気づき、横目で教卓を見る。
 そこから、のそのそと。先ほど片膝を立て眠っていた男性が、教卓に片手を付いて立ち上がった。あくびを零し、眠たげに暁音を見る。

「ふ、ふぁぁぁああ……。あれ、来てたの?」
「おはようございます、月海さん。今日は誰か来ましたか?」
「来たと思う? そもそも、人が来た瞬間僕は逃げるよ」
「そうですよね。極度の人見知りが他人の話を聞くなんて有り得ませんよね」
「分かってるじゃん。なら、聞かないでよ」
「私と話す時はうるさいくらい饒舌なのに、なんでですか」
「君は他人ではないでしょ。毎日飽きもせず放課後にここへと来て、頼んでもいないの留まるじゃん。誰も頼んでいないのに」
「私がいなかったら貴方はご飯すら食べないじゃないですか。道端とかで倒れられていても困るんですよ」

 教卓から現れた男性は、開口最初に低い声で暁音に問いかけた。
 淡々と会話を続けている彼は、自身の少し跳ねている黒髪を掻きながら、暁音の隣に移動する。
 肌白で白いTシャツに黒いジャージ。なぜか、白衣を羽織のように肩にかけている。黒い靴下に、楽なのか。なぜかベランダサンダルを履いていた。

 顔は前髪が長く上半分が見え隠れしている。だが、目元に赤い布が巻かれているのは確認することができた。頭の後ろから垂れている布が、彼の動きに合わせるようにひらりと揺れる。

 見た目だけで異質な存在のように感じるが、それだけではない。
 猫背だからなのか、彼が纏っている雰囲気が不気味に感じる。身長も百八十越えなため高く、上から押しつぶされそうな威圧に普通の人なら近づきたくない。
 声もただの低音という訳ではなく、その中には甘い、妖艶的な物が含まれているように聞こえてしまう。だが、そこから発せられるのは気だるげな言葉。

 そんな言葉をかけられている暁音は、いつもの事なため気にせず鞄の中に手を入れ何かを取りだした。その手にはおにぎりが二つ握られており、月海へと渡される。

「…………いらなっ──」
「あ"ぁ"??」
「タベサセテイタダキマス」

 最初は断ろうとした月海だったが、暁音の怒りの声により素直に受け取る。サランラップを剥がし、おにぎりを食べ始める。

「まったく……。月海さんは、人の話をしっかりと聞きその人にあったアドバイスができる。それを活かせるようにこの教室で"悩み相談所"を開設したというのに……。どうして宣伝をしてはダメなんですか?」
「それも君がやろうと言って、無理やりやらせているようなものじゃん。僕はやりたくない」
「人見知りを克服する目的があるじゃないですか」
「僕は頼んでない」
「私が気になるんです」

 そんな会話をしていると、いきなり教室のドアがガタガタと音を鳴らしドアが開かれた。

「開けずらいね、このドア。まぁ、使われていないし仕方がないか。鈴寧さんがいつも放課後はどこか行っていると思っていたけど。こんな所では危ないんじゃない? 何をしているの?」
「佐々木さん? なんでこんな所に。それに、一人じゃ──うん。一人だね」

 隣を見ると、先程まで居たはずの月海が一瞬にして姿を消していた。そして、教卓に目を向けると、微かにそちらから音が聞こえる。

 ドアが開かれた時、月海は瞬間移動と思わせるほどのスピードで教卓へと隠れた。そのため、今ドアから入ってきた佐々木亜里沙ささきありさは月海の姿を確認するこ事ができなかった。

「ねぇ? こんな所で何をしているの?」
「特に。それより、貴方はなぜここにいるの?」
「少し貴方が気になってしまって。こんな所で何をしているのか」
「特に何もしていないわ。これでいい? 早く帰った方がいいわよ」
「何もしていない訳がないと思うのだけれど?」
「しつこいよ。何もしていないから、気にしなくていい」

 亜里沙の問いかけに、暁音は誤魔化すように返答。だが、それでもしつこく聞いて来る亜里沙に暁音は眉をひそめ、今度は強めに返した。それを怒ったと勘違いした亜里沙は、途端に顔色を悪くし体が震え始めてしまう。

「っ、ご、ごめん。そうだよね。しつこかったよね……。ごめん」
「え、いや。そんなに謝らなくていいんだけど……」
「そ、そうだね。それじゃ、私は行くね。本当に、ごめん………なさい」
「あ……」

 顔を俯かせ、笑顔で誤魔化しながら亜里沙は足早に教室を後にしてしまった。
 なぜあんな反応をしたのか理解できない暁音は、その場に立ちすくみドアの方を見ているだけ。

 教卓からは、月海が気づかれないように顔を覗かせ亜里沙を見ていたが、去っていったあとは座り直し空を向く。何か考えるような表情を浮かべ、息を吐いた。

「…………

 そんな言葉を零し、そのまま教卓の中へと体を戻してしまった。
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