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真陽留

「狐の面か」

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 明人は二人の声に合わせるように、瞼を少し開けた。漆黒の瞳に不安そうな表情を浮かべている音禰と真陽留の顔が映る。
 その目は虚ろで、状況を確認するように瞳をゆっくりと動かしていた。そのあと、上半身を起こし、今度は周りをしっかりと見回した。その時、自身の右手で視線を止めた。
 二人は不思議に思い、視線を辿る。そこには、音禰が明人の手を大事そうに握っているのが見えた。

「あ、い、いや、これは違うの!!」

 顔を真っ赤にし、すぐさま手を離す音禰。言い訳を並べ、一人で慌てている。そんな彼女の様子表情一つ変えずに、明人は自身の手を見つめる。その後、色々確認した彼は、最後に自身の傷口に手を置き確認を終えた。

 音禰は赤い顔のまま、なんの反応も見せない明人を見て頬を膨らませる。否定しつつも、何も反応がないのも嫌だった。真陽留は呆れた顔を浮かべ、慰めるように音禰の肩にポンッと、手を置いた。

 明人はそんな二人の様子など気にせずため息を吐いたあと、ファルシーに目を向け文句をぶつけた。

「────おせぇわ」
「ごめんなさいね。でも、死ななかったのだから良かったじゃない」

 明人がファルシーを睨んでいると、音禰が震える両手を伸ばし彼の頬に手を添えた。

「あっ?」
「相想、相想。私の事、覚えて──ないよね」

 名前を呼び確認しようとするが、記憶が無いのは予め聞いていたためすぐに自信をなくし、悲しげに目を伏せてしまう。その様子見た彼は、頬に添えられている手を優しく包み込みながら、言葉を伝えた。

「確かに忘れてるが、お前の事ぐらいわかるわ、舐めんな。…………音禰」

 付け足すように明人が名前を呼ぶと、その事に音禰は嬉しさと感動が入り交じった綺麗な笑顔を浮かべた。我慢できず、彼女は思わず明人に抱き着いてしまった。

「なっ、おい!!」
「相想、相想!!!」

 抱きつきながら涙を流す音禰は、何度も何度も名前を呼んだ。確認するように。もう、今のぬくもりを失わないように、何度も。

 明人はこのような経験が今までなかったため、どうすればいいのかわからず、行き場のない手を真陽留の方向へと伸ばす。声には出さず口パクで『た、す、け、ろ』と言っていた。

 真陽留は珍しいこの状況に面白さが目覚め、嫌味ったらしい笑みを浮かべたあと、顔を逸らし「ファルシーちゃん、今回の事なんだけど~」とわざとらしく話題を逸らした。

「クソがっ!!!」

 明人は音禰に聞こえないような小声で真陽留に怒りをぶつけた。それを、彼は今までの仕返しというように舌を出し無視し続ける。

 そんな二人のやり取りなど知らない音禰は、今も明人の本名を何度も口にしていた。絶対に離さないというように抱きしめながら。
 それに耐え切る事が出来なくなった彼は、音禰の肩を掴み、自身から無理やり引き離した。

「ちょっ、何するのそう──」
「るっせわ」

 少し乱暴に引き離してしまったため、音禰は少し顔を歪ませ文句を口にしようとしたが、彼が顔を背けてしまったため続きを言う事は躊躇われた。それだけでなく、髪から覗いている耳はほんのり赤くなっており、音禰はそれを目にした時、控え目に笑みを作り、嬉しそうに「しょうがないなー」と明人から少し離れた。

「何笑ってやがる、てめぇ」
「なんでもないよ。相想はツンデレさんなんだねって思っただけ」

 音禰が口にした言葉で真陽留とファルシーは吹き出し、明人は石のように固まった。

 そして──

「っ誰がツンデレだぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 明人の怒声が小屋の中に響き渡り、音禰含む彼以外の人達の笑い声が、外にまで漏れる。林に広がっていた重苦しい空気は、そんな三人の笑い声により、少しだけ軽くなったように感じた。

 ☆

「なるほどな。カクリは悪魔に連れ去られたか」

 三人は明人がいくら待っても落ち着かず、ずっと笑い続けていた、そのため、その姿に堪忍袋の緒が切れた彼は、顔を怒りで赤くし右手を振り上げる。そして、次の瞬間に一度だけ、何かを殴るような音が響き、それと同時に笑い声は消えた。

 小屋の中には、頭に大きなたんこぶを作った真陽留がふてくされながらも、明人が気絶したあとの事を彼に伝えている光景があった。

 真陽留との契約が解除され、カクリは連れ去られてしまった事。それと、狐の面を見せながら『力を失った神』についても同時に伝えた。

「狐の面か。力を失った神──まさか、あの化け狐が殺られたのか? そんな訳ないと思うが…………」

 その説明に少しの疑問を持つが、納得するしかなく。明人はそれ以上何も言わなかった。
 ”力を失った神”とはレーツェルの事。彼は正体不明で、年齢、過去、存在など。分からない事ばかりだが、明人はそんな彼が殺られるなどありえないと考えていた。

「確か、この狐の面がなければあいつはただの化け狐になる──とか、言ってた気がする。いつだったか…………」
「ただの化け狐? それってどういう事?」
「単純に考えて。恐らくだが、力を抑えているのがその狐の面なんだろう」

 真陽留に向けられた質問を、明人が簡潔に答えた。

「力を抑えないといけないほど強い人って事?」
「可能性の一つとして考えられるってだけだ。それに、厳密に言えば人ではない」
「そこはどうでもいいだろ……」

 明人は訂正するところをしっかりと訂正し、真陽留が呆れ気味にツッコミを入れる。

「おそらく、カクリは小屋の奥にある洞窟にお持ち帰りされたんだろうな」
「言い方おかしいだろ」
「どうしてそう思うのかしら?」

 真陽留のツッコミが無かったかのように、ファルシーが空中に浮かびながら問いかけた。

「ここの奥にある洞窟は、人間の俺でも少し何かを感じた──気がする」
「気の所為だろ」
「気の所為かもしれねぇが、それでも可能性の一つとして考える必要がある。今は情報がまるでない。そうやってなんでも気の所為で済ませたら何もわからずただ無駄に時間が過ぎるだけだ。後先考えてから発言するんだな」

 真陽留の言葉を肯定、今の現状の説明、否定と。
 しっかりと説明した明人に対し真陽留は何も言えず肩を落とし、音禰も苦笑いを浮かべてしまった。

「あれ、相想ってこんなに嫌味ったらしかったっけ。なんか、レベルが上がってない?」
「どこでレベル上げを行ったんだか。あぁ、この小屋がレベル上げの宝庫だったのか納得」
「俺はお前の頭脳がレベルアップしてくれる事を心から祈っているよ。この小屋にその効果があればいいな」

 考えながらも音禰と真陽留の会話はしっかりと耳に入っており、明人は倍の嫌味で返す。真陽留は何とか我慢しその言葉を聞き流そうとしているが、怒りは込み上げてきているため、体を小さく震わせていた。
 そんな様子など一切気にせず、明人はファルシーに質問する。

「今ここで力を使えるのは音禰だけか……。ファルシーはどんな事が出来るんだ?」
「私? そうねぇ。相手の攻撃を無効化、治癒。そんな中でも一番得意なのは、私の美貌に見惚れさせ──」
「なるほど。攻撃の無効化はだいぶ美味しいな。治癒は音禰に頼めば出来るだろうし。その治癒には何か条件はあるのか?」
「…………回数制限を付けさせてもらったわ」
「分かった」

 明人はその説明を受け、いつものように考え込む。
 それをじっと、期待の籠った瞳で音禰は見ており、真陽留はそんな彼女を見て悲しげに笑みを浮かべる。
 この状況をどうにか出来るのは明人しかいないのはわかっているため、目線を逸らしつつ、静かに待つ事にした。
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