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真陽留

『ひ、み、つ』

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 明人の傷を何度も確認するが完全に塞がっており、真陽留は驚きで目を離せずにいた。

「一体なにが──」
「これは、音禰ちゃんが自ら望んだ力よ」

 ファルシーが真陽留の隣にフワフワと移動し、優しげな声色で話しかけた。

「自ら?」
「そうよ。私の力は治癒と魅惑が主ね。どちらも人間には負担が大きいわ。だから、制限を付けて力を分ける事にしたの。それで、音禰ちゃんには〈治癒能力〉〈誘惑する吐息〉を提示したわ。すると、音禰ちゃんは迷わず治癒能力を選んだの。ふふっ、さすがよね」
「なんか、誘惑する吐息が気になるが……」

 ファルシーが説明をしながら控えめに笑みをこぼし、それを見て、真陽留は再度音禰の方を振り向く。

 音禰は、傷を治したのに目を覚まさない明人を心配そうに見下ろしている。その目には後悔や心配、不安などの感情が込められており、そんな瞳を向けられているのは真陽留ではなく明人。
 真陽留はまだ音禰に想いがあるため、その光景を見ているのは正直辛い。だが、明人が心配なのは彼も同じ事。

 気持ちを無理やり切り替え、明人に視線を移す。すると、先ほどまでずっと心配そうに見ていた音禰が、いつの間にか真陽留の方を見ていた。

「ど、どうしたんだ?」
「──私。私はまだ相想が好き。多分、どんなに酷い事を言われても、恨み言を言われても。私は気持ちを変える事は出来ないと思う」

 彼から目を逸らし、明人の手を両手で包み込みながら、音禰はポツポツと話し出す。それを、真陽留は静かに聞いていた。

「真陽留の事ももちろん好きよ。でも、どうしてもそれ以上を想う事が出来ない」

 その言葉に含まれているのは完全な拒絶ではなく、真陽留の想いには答える事が出来ないという、純粋な気持ち。
 
「でも、私はまだ真陽留と友達でいたいの。これは私のわがまま。だから、嫌だったら断って欲しい。もう、我慢しないで欲しい」
 
 音禰はキュッと明人の手を握り、凛々しい表情を浮かべ顔を上げる。真陽留と交差する瞳には、強い思いが込められていた。想いの込められた瞳に彼は何も言えない。
 彼女は明人や魔蛭に嫌われても、自分の想いを大事にする──その決意が見て取れた。

「それ、僕の気持ちをわかって言ってるの?」

 真陽留の戸惑いの声に、音禰は頷いた。

「私、すごくわがままなの。また、三人と一緒に沢山お話したい……。無理かもしれないとは思ってる。それでも、したいの」

 何を言われるのか分からない恐怖で、音禰は微かに体を震わせる。それでも、目は真っ直ぐに真陽留を捉えており、逸らそうとしない。
 そんな彼女を目の前にし、真陽留は諦めたように眉を下げ、悲しげな笑みを浮かべた。震える音禰の背中に手を回し、適度な距離を保ちながら優しく摩る。

「僕はまだ音禰の事を諦められる自信はないけど、それでも一緒にいたいと思うのは同じだ。僕もまだ、音禰と──まぁ、そうっ……明人と居てやってもいいかなって思ってるよ」

 彼の言葉に音禰は驚いたような表情を浮かべ、真陽留を見る。彼女の驚きの顔を見た時、彼は吹き出すように笑い音禰の頭を優しく撫でた。

「なんつー顔してんだよ。まさか、こんな言葉が返ってくるなんて思わなかったか?」

 眉を下げ、優しく問いかける真陽留。頭を撫でていた手を止め、笑みを消し。明人を見下ろした。

「とりあえず、後は明人が起きるのを待とう」
「そ、そうね」

 二人は気を取り直すように会話を交わす。そんな二人の後ろで、ファルシーは考えるように真陽留の後ろを姿を見ていた。

「すべてが本当じゃないみたいだけど…………。それは良いのかしら、軌跡を起こした悪魔の子よ」

 ファルシーは不思議に思い首を傾げていると、真陽留が振り向き目を開く。だが、少しだけ開いていた口を閉じ、右の人差し指を口元に当てる。

『ひ、み、つ』

 口パクで伝えたあと、真陽留は眉を下げた笑みをファルシーに向け、再度明人の様子を心配するような事を音禰に言っていた。

 その様子にファルシーは目を見開き驚いたが、すぐに薄く笑みを浮かべ、くすくすと控えめに笑う。

「やはり、人間は面白い生き物ね」

 呟いたファルシーの声は、真陽留の耳にしか届かなかった。

 そんな話をしていると、明人の手が少しだけ動き出す。握っていた音禰はハッと目を開け、すぐさま振り向いた。

「んっ──」

 明人が声を上げ、眉を顰める。

「相想?」
「明人?」

 二人で名前を呼ぶと、明人はゆっくりと目を開けた。
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