想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
85 / 130
魔蛭

──助けてくれ──

しおりを挟む
 明人は魔蛭の記憶の中で、今も尚苦しみ続けていた。

 額からは大量の汗が流れ、体は半分以上黒く染っている。息遣いも荒く、極めて危ない状態。頭痛や耳鳴りまで発症し始め、意識が飛びそうになる。

 ────不味い。このままだと俺は、ここに取り残される

 何とか意識を飛ばさないように歯を食いしばっていた。

 記憶の中で気を失ってしまうと、その中に閉じ込められてしまう。そのため、絶対に気を失うわけにはいかない。

「くそっ……」

 何とか立ち上がろうと地面に手を付き、震える腕で体を支えようとする。その際、明人の隣に小さな女の子がいきなり姿を現した。
 その人物を確認するように顔だけ上にあげると、悲しげな瞳で見下ろしている少女が目に映る。

 その少女は先程映像の中で『おとちゃん』と呼ばれていた女の子だった。おそらく、病室で寝ている音禰の子供の頃。
 音禰はその場にしゃがみ、明人の耳元で何かを囁く。その言葉を耳にした明人は、痛む体をやっと起こし、周りを見回した。

「──ちっ」

 周りには、音禰以外にも二人の子供が明人を見ていた。心配そうに彼を見ている茶髪の少年と、顔を逸らしている藍色髪の少年。
 先程の映像に出てきた、子供の頃の真陽留と相想だ。

 三人は悲しげに明人を見ている。その目は何かを訴えているようにも感じた。

「なにが、『真陽留を救って』だよ。どうしろってんだよ」

 今の明人ではまともに動く事すら出来ない。カクリが一緒に入っていれば話は変わったかもしれないが、そんな事を考えても今の現状は変わらない。

 明人はいまだ流れ落ちる汗を袖で拭きながら三人に声をかけた。

「俺はまだ記憶を思い出してはいない。今の映像もどこか他人事のように見ていた。だが……っ。あれは紛れもなく俺の過去なんだろ?」

 問いかけるが、三人は動かない。

「なんでこうなっちまったかは知らねぇし、俺がその時何を考えていたのか、これも──っ。わ、からねぇ。だから、っ。い、今俺に出来る事は、無い」

 痛みで苦しみながらも、明人は冷静を保ちながら伝える。その言葉に、音禰は目を伏せその場から去ろうとしてしまった。だが、次の彼の言葉で足を止め、振り返る。

「だが、おそらく俺は、心地良かったんだと思う」

 三人は明人に目線を向け、次の言葉を待った。

「三人の時間が心地よくて、そんな空間を俺は壊したくなかった。だから……っ、あんな事を言った。今の俺は、そう思っている。あの時の俺は、知らねぇけど」

 再度汗を拭き、明人は三人に歩み寄る。
 体はフラフラで、立っているのもやっとに見えるが。それでもゆっくりと歩みを進め、三人の前に座った。

「なぁ、俺に力を貸してくれねぇか? 頼む」

 明人は三人を見つめながら力強く問いかける。三人は顔を見合せ、数秒後。少年二人は顔を背けてしまったが、音禰は小さく頷いた。

「んっ。ありがとう」

 頭を撫でると、音禰は笑みを浮かべて口を開いた。声は聞こえなかったが、口の動きで何を言っているのかわかる。



         『ありがとう、そうくん』




 彼は薄く笑みを浮かべた。そして、また立ち上がり周りを見る。

「必ず俺の記憶を戻して、お前とあの映像の続きをしてやるよ。やり合おうじゃねぇか、一人の女の、取り合い喧嘩をよ」

 明人は呼吸を整え、目を閉じた。まだ痛みはあるはずだが、それを感じさせないほど集中している。
 三人も彼と同じように目を閉じた。

 ────何かが聞こえるはずだ。

 明人は眉間に皺を寄せ、何かを待っているように、ずっと同じ体勢のまま立ち続けた。

 ────必ず聞こえる。焦るな、落ち着け

 他の三人も目を閉じたまま動かない。

 ────どこからだ。どこに居る

 明人が焦りで顔を歪め始めた時──




          ──助けてくれ──




「っ!! 聞こえた!!!」

 パッと目を開け、体の痛みなど気にせず走り出した。それを、三人も後からついて行く。

 何も無い真っ暗な空間を、ただひたすら走る。前へ進めているか分からないが、先程の助けを求める声は徐々に大きくなってきたため、確実に近付いているとわかった。

        ──助けてくれ、俺は──

 声が徐々に近づいてくる。その声を頼りに走り続け、声の主を探す。

      ──俺はただ、好きな奴には──

 懺悔とも言えるその声は弱々しく、今にも消えてしまいそうになっていた。

   ──好きな奴には、幸せになって欲しかった──

 その声を最後に、明人はその場に立ち止まった。

 目の前には、肌を黒く染めたが、背中を見せポツンと立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...