想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
77 / 130
ファルシー

「──生理的に無理だ」

しおりを挟む
「明人」
「どうした」

 小屋の中では、次の依頼人を待っている二人の姿。一人はソファーで横になり、一人は本を片手に木製の椅子に座っている。
 声をかけたのは、本から目を離さず見続けているカクリ。明人は目を開けずに答えた。

「何かが近づいて来ておる」
「あいつか?」

 明人が指している”あいつ”とは、悪陣魔蛭の事。だが、カクリは否定する意も込めて首を横に振る。

「違う。者だ」
「悪魔か?」

 カクリの言葉に、明人は薄く目を開けカクリに目線を向ける。

「そこまでの悪意も感じられない」
「なんだそれ」

 本を閉じ、カクリは顔を上げる。明人も「よっこらせ」と体を起こし、ソファーに座り直す。頭を掻き、めんどくさそうに顔を歪めた。

「何が来るんだ」
「わからぬ。だが、そこまで悪い気配ではない」
「ちっ、本当にめんどくせぇな…………」

 二人が小屋のドアに目を向けると同時に、外に人の気配を感じ始める。カクリが問題ないと言っているが、それでも警戒を解く訳にはいかず。明人は座りながらも、いつでも動けるように腰を少しだけ浮かせていた。

 ドアノブがガタガタと音を鳴らす。二人は警戒の色を濃くし、ジィっとドアから目を離さない。

 ガチャガチャ。

 ドアノブが回る。そして、ゆっくりと。静かに開かれた。そこに居たのは、凛々しく立ち、中にいる二人を見ている女性だった。

「初めまして。私はファルシー。以後、お見知りおきを」

 背丈はカクリと変わらない。ウェーブのかかった金髪に、緑色の瞳。右目の下には星マークが書いてある。
 白いベストに、中は黄緑色の長袖。緑色の長ズボンに、膝まで長い革のブーツを履いていた。
 まるでどこかの執事をやっていたかのような立ち居振る舞いと凛々しさ。

「ファルシー……。ファル──ルシファー……。あぁ、なるほど、堕天使って事ね」

 明人はファルシーに対し面倒くさそうに眉を顰める。そして、嫌味を含んだような口調で言い放った。

「そんな事言うなんて酷いじゃない。確かに私は堕天使よ。でも、そんなのはどうでもいいわ。私は貴方に一つお願いしたい事があっ──」
「断る」

 ファルシーの言葉を最後まで聞かずに、明人は即答で断った。それはさすがに予想外だった彼女は、「え?」と抜けた声を漏らす。
 カクリはそんな二人の様子を横で見つつ溜息をつき、頭を支えてしまう。

「あの、話ぐらい──」
「断る」
「いや、話を聞くだけでも──」
「無理だ」
「少しの時間でおわ──」
「おかえり願いマース」

 まともに取り合う気がなく、明人はどんな言葉も全て断っている。それにはファルシーもどうすればいいのかわからなくなり、苦笑いを浮かべながらカクリに助けを求める目を向けた。

 助けの目を向けられたカクリは、大きな溜息をつき明人に向き直す。

「明人よ」
「無理だ」
「……人の話は最後まで聞くのだ。あやつは人間ではない。少しでもこちら側の有利になる情報を持っている可能性がある。それに、堕天使を敵に回すと後々面倒臭い。今でさえ様々な問題を抱えているのだぞ。これ以上増えるのはごめんだと思うがね」

 カクリが説得するように淡々と言うと、明人は目線をファルシーに向けた。その視線に、ファルシーは期待を込めた輝かしい目で見返した。

「──生理的に無理だ」
「そこまで言わなくてもいいじゃない!! 話だけでも聞きなさいよ!!」

 彼の冷酷な反応に、我慢の限界になったルファルシーは声を荒らげ指をさす。何を言っても意味が無いと察し、明人はため息と共に「分かった」と諦めた。

「えっとね。私、貴方の呪いを解く事や記憶集めを手伝いたいとおも──」
「断る。話は以上だな、それじゃ失礼する」

 無理やり話を終わらせ、彼はそのまま立ち上がろうとした。だが、ファルシーがズボンを掴み行かせまいと制する。

「待って待って行かないでよ!!! 理由はあるの!! お願い聞いて!!」
「ズボンを掴んでんじゃねぇわ!! 脱げるだろうが!!」
「脱げてもいいから話は聞いて!!」
「~~~いい加減にしろ!!!!」
「アンギャ!!!」

 明人が怒りを拳に込め、ファルシーの頭にゲンコツを落とした。相当力が入っており、小屋にゴツンという音が響いた。
 カクリは近くで音を聞いていただけだが、咄嗟に自身の頭を抑え不安げに眉を下げる。

 ゲンコツをもろに食らったファルシーは、その場に蹲り頭を抑えていた。明人も、こんなに力が入るとは自分でも思っておらず、右手を抑えている。相当痛みがあるらしく、二人は無言。カクリだけが困惑の表情を浮かべ、二人を交互に見ながら立っていた。

「とりあえず、話をしよう」

 カクリがこの場を落ち着かせようと冷静に言うと、それが合図のように明人は再度ソファーに座り、ファルシーは羽を動かし空中で胡座を作り、座っているような体勢を作った。

「頭、痛い。やっぱり貴方は人間ではない」
「七十八%人間だ、堕ちた天使」
「堕天使と言って──じゃなくて、私の名前はファルシーよ!! 名前で呼んでくれてもいいじゃない」
「わかったからさっさと話せ糞天使」
「ファルシーだってば!!」

 そんな会話が続き、カクリは呆れた表情を浮かべながら、二人の会話が終わるのを首を長くして待った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。

音喜多子平
キャラ文芸
【第六回キャラ文芸大賞 奨励賞】 人の世とは異なる妖怪の世界で生まれた猫又・鍋島環は、幼い頃に家庭の事情で人間の世界へと送られてきていた。 それから十余年。心優しい主人に拾われ、平穏無事な飼い猫ライフを送っていた環であったが突然、本家がある異世界「天獄屋(てんごくや)」に呼び戻されることになる。 主人との別れを惜しみつつ、環はしぶしぶ実家へと里帰りをする...しかし、待ち受けていたのは今までの暮らしが極楽に思えるほどの怒涛の日々であった。 本家の勝手な指図に翻弄されるまま、まともな記憶さえたどたどしい異世界で丁稚奉公をさせられる羽目に…その上ひょんなことから錬金術師に拾われ、錬金術の手習いまですることになってしまう。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...