想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
72 / 130
音禰

「お主を、殺す」

しおりを挟む
「────明人よ。この者から二つの感情を感じる」
「二つの感情? どういう事だ?」

 カクリの言葉に明人は片眉を上げ、魔蛭を押しのけ手を伸ばした。

「おい!! てめぇが触ってんじゃねぇ!!」

 明人が音禰の手に触れようとした時、何故か魔蛭が焦ったように止めようと声を荒げる。

「あぁ? なに焦って──」

 怪訝そうな顔を浮かべながらも、明人は手を伸ばし音禰の手に触れた。刹那、大きめな静電気が流れたように「バチンッ」という音が響く。

「なっ――……」

 驚きで目を見開いていると、急に明人が頭を抱え始めその場に膝をついてしまった。

「な、んだこれ……。おい。なんだよ。こんな記憶……俺」
「明人!? しっかりするのだ!!」

 カクリが駆け寄るのと同時に、明人の身体がぐらっと傾き床に倒れ込む。藍色の髪が明人の真っ白になっている顔を隠し、漆黒の瞳も瞼が閉じられ見る事が叶わない。
 明人に襲った頭痛により、彼は耐え切れず気絶してしまった。

「貴様、何をした」

 魔蛭は明人に近づこうとしたが、それをカクリが制した。鋭く睨み、威嚇するように喉を鳴らしている。

「俺は何もしてねぇよ。お前の主が勝手に触っただけだろ。どうやらこのでも、いきなり身に覚えのない記憶が頭の中に遠慮なく、土足で入りこんじまったら処理不可という事だな」

 楽しげに笑い、二人を見下ろしながら言う。その様子にカクリは怒りを露わに、拳を強く握る。

「何を企んでいる。なぜ、明人を殺そうとする。お主は何がしたいのだ!!!」
「さっきお前の主が言っていたじゃねぇか。質問は一つずつ言えってな。まぁ、言ったところで俺は答えねぇけど」
「ふざけるな!!!」

 カクリは頭に血が上り、いつもの冷静な判断が出来ていない。そのため、勢いのまま魔蛭へと飛び付いてしまった。

「がッ!!」

 だが、それをいともたやすく魔蛭は蹴り飛ばし、カクリは唸り声をあげお腹を抑え床に転がってしまう。
 魔蛭の蹴りはちょうど溝に入り、咳き込んでしまった。

「お前はそこで、主が死ぬのを黙って見てろ」

 ポケットから小さなナイフが姿を現し、口角を上げる。

「さて。まさかここで絶好のチャンスが舞い降りてくるなんてな。流石のこいつも頸動脈一発やれば、終わりだろ」
「やっ、めろ……」

 カクリは這うように明人へ近づくが、それを魔蛭は許さずまた蹴飛ばした。

「ガハッ、ゴホッゴホッ!!!」
「餓鬼は黙ってそこで見ていろ。そうすれば、お前の事は殺さないどいてやる。俺はな──…………」

 歪んだ笑みをカクリに向けたあと、魔蛭は明人の横に座りナイフを首筋に添えた。少し当たっただけでも血が少し流れ出ている。それほどまでに切れ味が良く、簡単に人の皮膚など切れてしまう。

「──いや、このまま殺るのは少し惜しいか。音禰を早く目覚めさせたいが……。まだ早い。まだ、俺の復讐は終わっていない」

 魔蛭はナイフを首筋から離し横に置いた。目を細め口角を上げた彼は、明人の頭付近に手を添える。

「また、記憶を奪うとしよう」
「やっ、辞めるのだ!!!」

 何とか立ち上がり、カクリは再度魔蛭に飛びかかるが簡単に殴られ床に転がされる。

「大人しくしてろ。お前には、ベルゼみたいな戦闘に特化した力なんて無いだろ」

 氷のように冷たい瞳、言葉にカクリは体を震わせた。だが、床に手を付き再度立ち上がろうとする。

「諦めの悪い餓鬼だな。まぁいい。俺はこいつの今までの記憶を全て貰い、そして、今回はしてやる。そうだな、今音禰に預けている記憶も全て抹消しよう。そうすればもう、こいつは終わりだな」

 明人の頭に添えた手が、手袋越しに六芒星が浮かび上がり、紫色に光り出す。

「やめろ、やめろ!」

 カクリは立ち上がろうとするも、力が入らずその場から動けない。

「さぁ、お前の全て。俺が消してやる」
「やめろぉぉぉおお!!!」

 カクリの叫び声、見開かれた瞳。魔蛭の楽しげな声がカクリの鼓膜を震わせる。カクリの中にある何かが、ぷつんと。音を鳴らし、切れた――……

「────なっ」

 なぜか魔蛭は動きを止めた。目を大きく開き、一粒の汗が頬を伝い流れる。口が微かに震え、顔が真っ青になっていく。

 体が金縛りに合ったかのように動けず、シルバーに光っているナイフを震わせる。すると、カランと音を鳴らしながらナイフが床に滑り落ち、魔蛭が胸を支え蹲る。

「なっ、荷が起きた…………!!」

 歯を食いしばり、血走らせた瞳を見開く。その時、前に気配を感じた魔蛭は顔だけを少し上げる。そこには、子供の足があった。
 その人物を確認するため、魔蛭は目線だけを上に向け人物を確認する。そこには、先程とは姿が変わったカクリが、氷のように冷たい瞳を見下ろしながら立っていた。

 短かった髪は腰まで長くなり、目は純黒から真紅に。爪や牙は鋭く光り、耳は狐みたく尖っていた。背中から覗き見える九本の尾が、ゆらゆらと揺れている。

 その姿はまるで、誰もが知っている妖。九尾に似ていた。

「お前、なんで……」

 変貌したカクリの姿を見て、魔蛭は困惑の表情で問いかけた。だが、その声は届いておらず、カクリは右手を魔蛭に伸ばす。

「何をする気だ……」

 先程までとは全く違うカクリの姿に、魔蛭は何とか動こうと立ち上がるが、伸ばされたカクリの右手によって叶わない。頭を、カクリによって押さえつけられ、地面に叩きつけられた。

「いっ!!」

 地面に叩きつけられた魔蛭は、床に手を付き起き上がろうとするも、カクリが押し付けたままなため顔を上げる事が出来ない。

「『お主を、殺す』」

 カクリのものとは思えない静かで低い声が、不穏な空気が漂う病室内に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~

卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。 店主の天さんは、実は天狗だ。 もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。 「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。 神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。 仲間にも、実は大妖怪がいたりして。 コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん! (あ、いえ、ただの便利屋です。) ----------------------------- ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。 アルファポリス文庫より、書籍発売中です!

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...