想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-

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香美

「醜いですね」

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「意地に、なれ……」
「あ?」

 知恵は、明人の言葉を静かに復唱した。それを見て、とうとう頭がいかれてしまったと、彼は蔑むような目で知恵を見下ろす。
 そんな明人の目など気にせず、知恵は何かを思い出した。

「今じゃない。その意地は取っときなさい……」

 その言葉は以前、母親である凪紗が知恵に向けて言った言葉だった。それを、明人の言葉で思い出し呟く。

「おい、一体何を言って──」
「お礼を言ってあげる。ありがとうおっさん」
「おっさ──」
「くくっ」

 知恵は明人に向けてお礼を言ったあと、逃げてきた道を戻りお店へと向かい始めた。
 明人は”おっさん”と呼ばれたのが相当のショックでその場で顔を青くする。カクリはそんな彼の様子を見て、お腹を抱えて笑っていた。このような光景が見れるのは今までも、そしてこれかも無いだろうと思うほど、異様な光景だった。

 ☆

「見つけたぞ!」
「もう逃げるなよ。お前は警察署に──」

 警察官は彼女の姿を見つけるなり取り囲み、逃げられないように腕を掴む。知恵はさえるがまま、取り囲まれ腕を掴まれても動じず、強い瞳で警察官を見上げた。

「警察署には行きません。だって、私やっていませんから。鞄の中に入っていたのだって知りませんし、そもそも私はCDコーナーになんて行っていません!!」
「そんな事は無い。お前がCDコーナーに足を踏み入れたと口にしている人がいる」

 警察官の言葉に知恵は一瞬目を見開き驚いたが、それでも納得出来ず下唇を噛み「なら、その人に会わせて下さい」と警察官を睨みつける。
 その様子に納得させるのは難しい悟った警察官の人達は、知恵から手を離さないでお店へと戻って行った。

 ☆

 店に戻ると何故か、優等生の香美が申し訳ないと言った表情で立っていた。
 その姿を確認した知恵は驚き、出入り口付近で一度立ち止まる。だが、直ぐに気を取り直し、香美に近付いて行く。

「ちょっと、なんであんたがこんな所にいるのよ」

 知恵がどすどすといらただしげに歩み寄ると、香美の母親らしき人が横から突然現れ知恵の肩を押した。

「この犯罪者。私の子に近寄らないでくれない?!」
「っ、犯罪者だと?」

 女性の言葉で頭に血が上り皺を寄せるが、すぐに冷静を取り戻すため深呼吸をした。

「──犯罪者じゃないのに、そんな事言われる筋合いなんてないんですけど」
「何を言っているの!? この子は貴方がCDを鞄に入れているところを見たと言っているのよ!?」

 自分の娘が可愛いのか、肩を支えて怒りの感情を隠さず言い放つ。しかし、知恵はCDの売り場には行っていないため、そのような事はない。

「あの、知恵は俺と一緒にゲームコーナーに直行していました。CDコーナーには立ち寄っていないと思います」

 低く、怒りの含まれた声が気泊していた空間に響いた。その声の主は、知恵を守るように目の前に立つ。

「貴音…………」

 その後に花霞も「そうよ。知恵ちゃんはそんな事はしない」と。眉を吊り上げ香美の後ろで女性に向けて言い放つ。
 その言葉を聞いた知恵は、安心したように笑みを浮かべ二人を見た。

「ですが、このCDはしっかりと鞄の中に入っていました。それはどう説明するつもりで?」
「そのCD、見せていただけますか?」

 貴音が店員に手を差し出す。いきなりそんな事を言われたため、店員は戸惑いながらも、鞄から出て来たCDを手渡した。

 手渡されたCDは、一人の女性が海辺で涙を浮かべながら歌っているパッケージの物だった。曲を見てみると、どれも失恋ソング。様々なオーケストラが歌った失恋ソングを集めた、オムニバス形式のCDだ。


「失恋ソングなんて。というか、知恵はCDなんて全く興味ないですよ。興味無いものをわざわざ万引きしますか?」

 CDを店員に手渡しながら自信満々に貴音は問いかける。だが、それで折れてくれるほど大人達は甘くない。

「今だったら面白半分で万引きする若者は増えているだろう。イタズラも。この娘さんもその可能性がある。見た目からして良い印象を与えないではないか」

 少し年老いた男性がエプロン姿で出て来た。店長と名札には書いている。

「見た目で判断するなんて、大人って醜いですね」
「何?」

 貴音の言葉に店長は片眉を上げ、睨みあげた。

「ちょっ、貴音。それは言い過ぎ──」

 知恵が止めようと彼に手を伸ばしたが、それより先に一人の警察官が誰かと一緒に知恵達へと向かって来た。
 その人は──

「お、お母さん?!」

 知恵の母、凪紗だった。
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