想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-

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「時間と体力の無駄だ」

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 真珠が出て行ったあと、明人はソファーに寝っ転がり寝る体勢に入った。
 カクリはドアを閉め、ゆっくりと明人へと近付く。そして、拳を振り上げた。

「寝るでない」
「ごふっ!!?」

 振り上げた拳を明人の溝へと叩き落とした。
 明人の口からは苦しげな声が飛び出し、お腹を抱え体を震えさせる。

「てめぇ……。ふざけてんじゃねぇぞ」
「今のこの状況で寝ようとする方がふざけていると思うがね?」

 涙目でカクリを睨み、掠れた声でなんとかそれだけを口にするが、言われた本人は全く気にする様子を見せず、目を逸らし唇を尖らせる。

 なんとか痛みが和らいできたため、明人はソファーに座り直しお腹を摩る。

 カクリは一切気にせず、真面目な表情で明人に先程の出来事について問いかけた。

「先程のは依頼人では無かったのかい?」
「依頼人だっただろうが。ただ、最初から俺の事を疑ってたからな。猫かぶんのめんどくさかったんだよ。それに、あいつは自分を変えたいという意思がない。そんな奴の匣を開けるのは時間と体力の無駄だ」
「……寝ている時間はあるようだがな」
「休息は大事だろうが。知ってるか?  人間は一日七時間は寝ねぇと死んじまうんだぞ」
「それ以上寝ているだろう」
「ぐーぐー」
「……………」

 明人はこれ以上答える気が無く、またソファーに寝っ転がり寝たフリをした。

 カクリももう何も言わずため息を吐き、奥の部屋へと姿を消した。

 ※

 真珠は明人から逃げるように、小屋から無我夢中で走り出してしまったため、暗い林の中に取り残されてしまった。

「やばっ。ここ、どこだろう……」

 林の中なため、目印になりそうな物が何も無い。

 不気味で今すぐにでもここから立ち去りたい真珠だが、ここがどこかも分からず、恐怖で迂闊に動けなくなってしまった。

 来た道を戻ろうと振り向くが、直ぐに頭を振りやめる。

「もう、あそこには行きたくない……」

 携帯をポケットから取りだし画面を確認する。
 ここの道は幸い電波が繋がっており、圏外という文字は映らなかった。

 その事に安心しながら真珠は、地図アプリを起動させその通りに歩き出す。


「………ここ、どこなの」

 地図アプリ通りに進んでいるにも関わらず、数分歩いても見知った所へと辿り着く気配がない。

 不安になり、携帯を握りしめながらゆっくりと前へ進んでいる真珠の後ろの方から、カサッ……カサッ……と。草を踏む足音が聞こえた。

「ひっ?!」
「あぁ? 何ビビってんだ」

 真珠が勢いよく後ろに顔を向けると、男性が面倒くさそうに眉を顰め立っていた。
 その隣には、小学生くらいの少年もいる。

 男性の方は悪陣魔蛭おじんまひる
 前回、明人の前に突然現れた茶髪の青年だ。

 彼の隣、無表情のまま立って真珠を見上げている少年はベルゼ。魔蛭と契約した悪魔。
 色白で、目は左右非対称な色をしている。

「あの、貴方達は──」

 真珠にとっては見覚えがないため、魔蛭に問いかけようと口を開くが、すぐに遮られてしまう。
 その声は楽しげで、跳ねるように軽い口調だった。

「お前、面白いもん持ってんな」
「えっ? ちょっ、何するんですか!!」

 魔蛭は不気味な笑みを浮かべ、彼女に近付き逃がさないよう右手首を掴む。
 キリキリと強く握られているため、真珠は痛みで顔を歪める。

「ちょ、いたっ──」
「お前は、何か願いがあるようだな」
「────え。なに、急に。というか、ちょ、痛いです!!」

 目に涙を浮かべ魔蛭をキッと睨むが、彼の言葉に、次は気の抜けた表情になってしまった。

「その願い、俺が叶えてやろうか?」
「────えっ」

 魔蛭はコートのポケットに手を入れ、小袋に入っているカラフルな飴玉を出した。

「これに願いを込めて食え。そうしたら、願いは叶う」
「ほ、本当ですか?!」

 彼の説明に目を輝かせ、嬉しそうに飴を受け取った。

 よくよく見ると、紫、ピンク、黄色、白など、様々な味の飴が入っているように見える。すごく美味しそうだ。

「でっ、でも。何かあるんですか? その、代償──とか」
「成功すれば何も要らねぇよ」
「成功すれば、何も……」

 魔蛭は口角を上げ真珠に説明する。
 真珠は手元にある飴をもう一度見て、眉を顰めた。


 『願いが叶った場合のみ、代償は要らない』


 真珠は疑いの目を魔蛭に向ける。
 そう簡単に信じられる内容では無いため、説明されても疑いが晴れる事はない。

 彼はそっと掴んでいた手を離し、その場から去ろうと彼女の横を通り抜けた。
 その時、言い忘れたとでも言うように、言葉を付け加える。

「その飴の効果は一日限りだ。お前は明日の夜までにそれを使うかどうかを決めろ。明後日になると普通の飴に戻っちまうぞ」

 くっくっと喉を鳴らし、笑いながらその場を去ってしまう。
 隣に居たベルゼは、何も言わないまま彼の後ろを付いて行き、消えた。

「明日の、夜……」

 彼女は呆然としてしまい、ただただ、その場に立ち尽くしてしまった。
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