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「来たぞ」

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「あの、どういう事ですか?」

 真珠は震えた声で雪凪に問いかける。
 今のこの状況は真珠にとって理解し難いもので、頭が今起こっている出来事を理解しないように、思考を停止している。

「そのままの意味よ。今の寺島さんからは何も感じられないの。なぜこうなっているのかも分からないわ」

 雪凪はいつもより少し口調が早い。
 普段から冷静な彼女のわりには、珍しい反応を見せていた。

 真珠は星に近付き、顔を伺うように覗き込んだ。

 雪凪の言った通り。彼女は目が虚ろで薄い笑みを浮かべているように見える。
 そして何故か、先程からまったく動かない。

「あの、この林の噂ってご存じですか?」
「耳にだけはした事あるわ。今ここにいる理由はそれよ。でも、なぜそのような事を聞くのかしら?」
「もしかしたら関係──しているのかもしれません……」

 林の奥を睨みながら、真珠は言った。

 真珠が前回行った時は紳士的な対応をしてもらっていたが、明人が怪しい事に変わりはない。
 そもそも、噂である"ハコを開ける"というのも真珠はよくわかっていなかった。

「あの、小屋を見ませんでしたか?」
「小屋ですって? 貴方、もしかしてあの噂を信じているのかしら?」
「本当なんです。私、一回行きました」
「馬鹿馬鹿しいわ。そんな話に付き合っている暇はないと思うのだけれど? 早く戻って寺島さんの容態を見てもらわなければ……」

 雪凪は真珠を馬鹿にするように、林を出ようと歩き出す。

「ま、待ってください! 信じていないのなら、なぜ貴方は今ここにいるんですか?!」
「寺島さんの様子がおかしかったのと、噂を耳にしていたからもしかしたらと思っただけよ。ただの確認」

 ちらっと背中越しに真珠を確認したあと、雪凪はそのまま行ってしまった。

 雪凪と星の背中を見続ける事しか出来ず、彼女はその場に立ち尽くしてしまう。
 だが、いつまでもこのまま立っている訳にはいかないため、拳を作り、勢いよく顔を上げた。

「何か……。何か、知ってるかもしれない。あの人なら!」

 雪凪達が去った方と反対側を見据え、決意の表情を浮かべ地面を強く蹴り走り出した。

 ※

「つ、ついた……はぁ」

 肩で息をしながら真珠は足を止める。
 目の前には前回と同じく、古い小屋が周りの木々達に隠されるように建っていた。

 深呼吸をして、彼女は小屋の扉をゆっくりと開いた。

「───あれ?」

 ドアを開けると部屋の構造や椅子、ソファーの立ち位置などは変わってないが、この小屋の主である明人がいなかった。

「予約とか必要だったかな。いや、どうやって予約しろと……?」

 一人ツッコミした後、真珠は不安になりながらも小屋の中に足を踏み入れる。

 体を震えさせながら周りを見回していると、奥のドアがゆっくりと開き、それと同時に鈴を転がすような声が聞こえた。

「君は、何しに来たんだい?」

 ドアから出てきたのは美しくも儚い少年。
 カクリが少し不機嫌そうな表情でドアから顔を覗かせていた。

「あの、君は?」
「今は私が質問しているのだけれど? 質問を質問で返さないでくれないかい?」
「うっ。ごめんなさい……」

 鈴が鳴ったような綺麗な声だが、そこから放たれる言葉は刃の如く鋭い。
 真珠はカクリの言葉で項垂れてしまった。

「それで、君は何しにここへと来たんだい?」
「あ、あの。ここに筺鍵明人さんって方いらっしゃいませんか? 少しお伺いしたい事が──」
「依頼人──にしては違うみたいだね。少し待っているといい。直ぐに戻る」

 カクリはそう伝え、再びドアの奥へと姿を消してしまった。

 真珠は何をどうすればいいのかわからず、とりあえず前回と同じくソファーに腰を下ろし、明人とカクリが戻ってくるのを待った。

 ・
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「申し訳ございません。お待たせ致しました」

 数分後、明人が肩にタオルをかけながら姿を現した。

「あ、いきなりすいません……。もしかして、入浴中でしたか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。気にしないでください」

 明人は笑みを浮かべながら、ソファーの向かいにある椅子に腰を下ろす。

「では、貴方のお話をお聞かせ願いましょうか」
「え、あ、はい。あの、先程ここに寺島星って方が来られませんでしたか?」

 いきなり本題に入られ、最初は戸惑ってしまった真珠だったが、すぐに気を取り直して一番聞きたかった事を問いかけた。

 もしここで、明人が来ていないと言えばそれで終わり。
 真珠も「そうですか」と言い、そのまま帰る。これが、一番の理想。だが、ここで知っていると答えればもう確実だ。

 星をあの状態にしたのはこの人────筺鍵明人だ。

 真珠は明人が答えるまでずっと目を離さずに見続けた。

 最初は沈黙を貫いていた明人だったが、突然、優しい微笑みを消し、いつもカクリに向けるような──人を小馬鹿にする笑みへと切り変えた。

「────来たぞ。本当に、今さっきな」

 笑みと、突如変わった口調に、彼女は目を見開くだけで、何も言い返す事が出来なかった。
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