想妖匣-ソウヨウハコ-

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夏恵

「行きましょうか」

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 夏恵が小屋のドアを開けると、そこにははかなく美しい男性、明人が木製の椅子に座っていた。

 優しく微笑まれている口元、黒い瞳は、ドア付近に立っている夏恵ではなく、夏恵の奥底に眠るを見ているようだった。

「どうぞ、お座りになってください」

 声は高い訳ではなく、だからといって低すぎる訳でも無い。相手が聞き取りやすいように話している。
 耳の中に自然と入ってくる透き通るような声に、夏恵はぽかんと立ち尽くしてしまった。

「立っているのは疲れるでしょう。さぁ、遠慮しないでください」
「っ、すいません! 失礼します!」

 明人を待たせてしまった事に平謝りし、夏恵は鞄を自身の隣に置きソファーに腰を下ろした。

「では自己紹介させていただきますね。私は筺鍵明人きょうがいあきとと言います」
「私は神田夏恵と言います。あの、ここは悩み相談所みたいな感じでしょうか?」
「似たような物ですが、また少し違います」

 明人の話し方が柔らかく優しいため、夏恵は肩の力が少し抜け、普通に話せるようになった。

「噂を聞いてこちらに来たのですが、箱を開けるとはなんの事でしょうか。それに、実物の箱では無いとも聞いておりまして……」
「そこまで知っていたのですね。助かります。私が行っていることは、悩みのを取り除き、依頼人の方々にはそれと同等の物を差し出してい頂くこと」
「差し出して……。悩みの種を、ですか?」
「はい。それで、貴方は一体どのようなお悩みを?」
「あの、私自身の事ではないのですけど。それでもいいんですか?」

 夏恵の質問に明人は、目をぱちぱちさせている。まさか自分以外の人のためにここまで来るとは思っていなかったため、すぐに返答が出来なかった。

「──内容を詳しく教えて頂けますか?」

 明人は少し考えたあと、夏恵を伺うように見つめ、問いかける。

 その質問に、夏恵はなぜここに来たのか。友達である美由紀についてを知っている限り全て話した。

「要するに、友人が部活見学中に何かあり、感情を失ってしまった。と言う事ですか?」
「はい。それで、なんか見ていて痛々しいというか……、まるで人形みたいなんです」
「人形、ですか……」

 考える素振りを見せる明人。その表情には、少しだけのが含まれているように見える。だが、その雰囲気を感じ取れていない夏恵はやっぱり無理なのだろうかと眉を下げ、帰ろうと思い鞄を持ち腰を浮かせた。

 その時、ソファーの隣から鈴音を転がすような、透き通る声が聞こえた。

「君」
「きゃぁぁああ!!」

 突如声をかけられ驚いた夏恵は、勢いで鞄をソファーの下に落としてしまった。
 それだけではなく、残念な事にファスナーが開いており、中身までバラバラになってしまった。

「あっ。ごっ、ごめんなさい!」

 夏恵が慌てて拾おうと手を伸ばすと、明人も一緒に拾い始める。

「いえ、ここには私だけではなく同居人もいるのです。驚かしてすいませんでした」

 明人は謝罪しながら、笑顔で次々と教科書などを拾う。その際、夏恵に気付かれないようにカクリを睨んでいたのだが、カクリは全く気にする様子を見せずに顔を背けた。

「あの、ありがとうございます」
「いえいえ──ん?」

 鞄から落ちた物の中に、一つだけ。気になるものがあり、明人は拾い上げまじまじと見る。

 彼が手にしていたのは、美由紀の部屋にあった、人の名前が書かれている紙だ。

「あ、それは先程言っていた友達の部屋にあった物です。なんの事か分からず勝手に持ってきてしまったのですが……」

 明人は夏恵が説明している時も紙から目を離さずに見続ける。
 紙の裏を見たり、また表に戻したりと隅々まで確認していた。

「この方とはお知り合いで?」

 紙に書いている文字を見た明人は、人の名前だと瞬時に理解し、首を傾げている夏恵に問いかけた。

「いえ、読み方すら分からなかったです」
「そうですか」

 またしても明人は口を閉じる。
 夏恵はよく分からず彼をじっと見た。すると、明人は何を思ったのか眉間に皺を寄せ、難しい表情を浮かべてしまった。

「……あ、申し訳ございません。ご依頼人の前で考え事をしてしまって……」
「あ、いえ。大丈夫です」

 本当に申し訳ないというように眉を下げ、微笑みながら明人は謝罪した。
 その表情を見た時、彼女は慌てて右手を振りながら大丈夫だと伝える。

「それでは、貴方のご依頼はご友人の美由紀さんを元に戻して欲しいと言う事でしょうか?」
「はい」
「少々難しいので、必ず戻せるとは言い切る事が出来ませんが──それでもよろしいですか?」
「大丈夫です! お願いします!」

 だめでもともと。何もやらないよりは何倍もマシと考え、力いっぱい頷いた。

「では準備してきますのでお待ちください」

 「失礼します」と、部屋の奥にあるドアの中へと姿を消した。
 明人が居なくなったあと、夏恵はずっと隣に立っていたカクリへと視線を移す。

 見た目が普通の少年では考えられないほど儚く、美しいため、彼女は思わず見惚れてしまった。

「何をジロジロ見ているんだい」
「ひっ! なんでも!」

 夏恵はいきなり話しかけられたため、かすれ声と共に顔を逸らした。

「何も無いのに人をそんなに見るなんて、失礼だね」
「ご最もです……」

 見た目は儚く美しい少年だが、性格も見た目通りとはいかない。まさかこのような話し方をするとはと、夏恵は肩を落とし項垂れた。

「ところで君は何故ここに?」
「え? それは先程お話した通り……」
「そうでは無い。人のために、何故わざわざここにと聞いているのだ」

 カクリは夏恵の言葉をさえぎり具体的に質問する。その質問に対し彼女は答えを口にしようとするが、上手い言葉が見つからず直ぐに口を閉じてしまった。


 そもそも夏恵自身、そこまで善良では無い。
 赤の他人が困っていても話しかけるのは正直戸惑ってしまうし、わざわざこんな所まで足を運ぶなど普段の夏恵ならありえない。

 今回困っているのがの美由紀だからだ。だが、それにしては夏恵の表情は曇っており、友人という関係では納得いっていない様子を見せる。

「君自身も何か困っているようだね」
「私自身?」
「君の事は明人に話を聞いてもらった方が良い。私では分からないのでな」

 これで会話は終わりというように、先程まで明人が座っていた木製の椅子へとカクリは腰を下ろし、テーブルの下にあったであろう本を取り出し読み始めてしまう。

 それから数分後、奥のドアが開きスーツに身を包んだ明人が戻ってきた。
 ワイシャツはボタンを一つだけ開け、上着は前を開いていた。

「お待たせしました。申し訳ございません、お時間かかってしまって……」

 そう言っている明人の片手には、少し大きめのビジネスバッグが握られている。
 夏恵はいきなりスーツに身を包んだ明人に対し反応に困っていた。

「ご友人のご自宅へ、ご案内を願いします」

 戸惑っている夏恵に手を伸ばしつつ、明人はお辞儀をし、ドアを開け手を添えた。
 本当にどこかの執事なのではと思うほど優雅で美しい。

 夏恵は目が離せず見続け、促されるまま外へと足を踏み出した。
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