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「お前の匣は頂いた」

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 巴の身体に突如襲ってきた浮遊感。足はつかず、手を伸ばしても意味はない。

 彼女は一人、何もない空間に放り投げられてしまった。

 なぜこんなところに立っているのか分からず、周りを忙しなく見回すが、先を見通す事すらできない闇が広がっているのみ。

「なっ、なによ。ここ……」

 見えないだけで何かあるかもしれない。そう淡い期待を込め、手を伸ばすが、何も触れず、掴めない。

 暗い空間と言うだけで重苦しく、息が苦しくなってしまう。

「ど、どういう事よ! 説明しなさいよ!! 聞こえてんでしょ?!」

 巴は冷や汗を流しながら何とか声を張り上げ、喚き散らす。だが、返ってくる声は無い。

 床や壁すら無い暗闇に、彼女は自身の肩を掴み震える肩を抑える。歯がガタガタと震え、顔を真っ青にした巴は負けないように声を張り上げた。

「ちょっと、何か言いなさいよ!!」

 震えた声で叫んだ直後、巴の後ろに人影が現れた。
 ゆっくりと人影は右手を動かし、彼女の背中へと手を伸ばす。

 巴は涙目で、やっと明人が現れたと思い口角を上げて後ろを振り向いた。だが、人影は一瞬にしていなくなる。

「一体、なんなのよ……」

 とうとう涙を流してしまった巴。
 どこからか明人の声が闇の空間に響き渡り、脳まで震えるような感覚に身震いした。

『お前の匣は真っ黒だな。これでは開けても意味は無い』
「いっ、意味はないってどういう事よ!! 何をする気なの!?」

 何も無い空間からいきなり声がし、巴は恐怖を隠すようにかな切り声をあげ、泣き叫ぶ。

『クックックッ。あはははっ!!』

 闇の中に明人の笑い声だけが響き渡る。その笑い声が気味悪く、巴は震えながら耳を塞ぎ蹲った。
 目を強く瞑り、今の現状から逃げるように全ての情報を遮断した。

「なによ、なんなのよ。こんな、なんで──」

 目に涙を浮かべながら「なんで」と呟き続ける。

 それからどのくらい時間が経ったのか分からないが、笑い声はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 巴は声が聞こえなくなった事に安心し、周囲を確認しようと顔を上げた────瞬間。

 目の前に、不気味な笑みを浮かべた明人の顔が迫ってきていた。


「お前のはこは、


「ひっ!!?? きゃぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 巴の悲鳴と明人の笑い声が、暗闇の空間に響き渡った――……

 ※

 巴は林の奥、木にもたれかかっている所を偶然通りかかった人が見つけた。だが、様子がおかしい。

 目が虚ろで光がなく、どこを見ているのかもわからない。なんの感情も読み取る事が出来ない。

 まるでのように、動かなくなってしまっていた。

 ※

 小屋の中、明人は機嫌が良いのか鼻歌を口ずさみながらソファーに寝っ転がっていた。

「~~♪」
「機嫌が良いらしいな」

 カクリは木製の椅子に座り、本を読んでいた。だが、明人の様子が気になり、目を細め怪訝そうに彼を見て問いかけた。

「こんなに真っ黒な匣は最近なかったからな。いやぁ、あんなにビビってくれるとは。嬉しいなぁ」

 巴の匣は真っ黒に染まっており、開けるのは困難だった。

 それでも、開けられない事は無いが、それにはそれ相応のが必要になる。だが、今回の依頼人にはそれを賭けるほどの価値はないと判断し、匣を開ける代わりにのだ。 

 匣とは人間の”感情”が入っている物。もし、その匣が無くなってしまったら──

「これからあいつはどうなっていくのかねぇ。俺には関係ない話だがな」
「……では、頂くぞ」

 カクリが手を差し出し、寄越せと言わんばかりにソファーに寝っ転がっている明人を見下ろす。

「ちぇ。ほらよ」

 不機嫌そうに明人は、カクリに小瓶を差し出した。

「今回は疲れたなぁ。俺は寝る」
「ちょっと待て。なぜこれなんだ」

 カクリの手には小瓶が握られている。だがそれはカクリが欲した物ではなく、明人が依頼人を眠らせるために使っている、黄色の花が浮かんでいる小瓶だった。

 これにはカクリの魔力が入っており、普通の人なら匂いを嗅ぐだけで眠りについてしまう。

「お前が渡せって言ったんだろ」
「私が言ったのはこれでは無い。お前のポケットに入っている方だ」
「へいへい」

 そして、今度こそと思ったカクリだったが詰めが甘かった。
 次に明人が渡してきた物は空の小瓶。これは、依頼人の抜き取った匣を入れるためいつも持ち歩いて物だ。

「……」
「んじゃなぁ」
「ふざけるな!!」
「いって!!」

 カクリは明人から受け取った空の小瓶を、彼目掛けて思いっきり投げた。
 真っすぐと明人の後頭部に向かい飛んでいき、彼の後頭部にクリンヒット。痛々しい音を鳴らし、床に落ちる。

 ちょうど小瓶の角が頭に当たってしまったらしく、明人は声を上げながら頭を押さえその場にしゃがみ込んだ。

「こんの、クソガキ……」

 呻き声を上げながら明人は恨めしそうな顔でカクリを睨むが、そんな事どうでもいいカクリは、気にする様子を見せない。

「匣の入った小瓶を渡せと言っている!」

 怒りと呆れが込められた言葉を聞き、明人は数秒後に立ち上がる。服についた汚れを払った後、わざとらしく「それの事か!」と言いながら手を鳴らした。

「絶対にわかっていただろう……」
「いやいや、言葉にしてくんねぇとわかんねぇよ?」

 カクリの言葉に返答しながら、左ポケットから小瓶を取り出しカクリに渡す。
 今回は合っているかまじまじと確認すると、正真正銘の匣の入った小瓶だと確信する事が出来た。

 まだカクリは不貞腐れてはいるものの、納得して大事そうに小瓶を握る。

「ちゃんと主語を言わないといけないよ~、カクリちゃん」

 いやみったらしく告げ、明人は部屋の奥へと姿を消した。

「…………いつか、あやつを呪い殺してやる」

 カクリはドアを睨みながら愚痴をこぼし、そのまま小屋の出入り口から外へと出て行き、林の外へと消えてしまった。

 ※

 「見つけた。見つけたぞ。上手く隠していたみたいだが、死んでいなかったようで安心したよ。お前には、まだまだ地獄を味わってもらうぞ、荒木相想あらきそうし

 その声からは憎しみしか感じず、重くのしかかる声だった。その声の主は、暗闇の中を歩き、月明かりすら届かない場所で、少年と二人。空を見上げた。
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