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大天狗
氷鬼先輩とあやかし
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詩織は、自分の血がどうにか出来てしまえば、普通の生活が出来るようになる。
そうなるのは今まで願っていたこと。そのはずなのに、今は普通に戻りたくないと思っていた。
普通に戻ってしまえば、司が自分と居る理由がなくなる。
今は、あやかしから守るという約束があるから共にいることが許されているだけ。
そう思い、でも言えないと詩織が葛藤していると、大天狗がやっと口を開いた。
『なにもできんな』
「まぁ、そうだよね。ありがとう」
わかっていたことだけれど、司は詩織を安全な生活に戻すことが出来ず肩を落とす。
だが、それとは裏腹に詩織はどこか安心していた。
安堵の息を吐いている詩織に、司は首をかしげた。
「なんか、安心してない? 今までの生活と変わらないんだよ? わかってる?」
「わ、わかってます! ばかにしないでください!」
「してないけど……。なんか、安心しているように見えてさ」
――――ギクッ
図星を突かれ、詩織は顔を逸らす。
今、詩織が何を考えているのかわからず、司の頭にはてなが浮かんだ。
そんな時、大天狗が司に声をかけた。
『人の子よ』
「なに?」
『あやかしは、きらいか?』
大天狗からの質問に、司も詩織も目を見開く。
顔を見合わせ、後ろにいる翔達を見た。
だが、翔は顎をクイッとだし、自分達で答えろと無言で言う。
口元を引きつらせ、どう答えるのが正解かを考えていると、詩織が司からはなれ大天狗へと近付いた。
腕をつかみ止めるが、詩織は大天狗から目をはなさない。
眉を吊り上げ、大天狗を見上げた。
「私、あやかいはきらいです」
堂々と言い切った詩織におどろきつつ、司も大天狗も次の言葉を待った。
「こっちは何もしていないのに追いかけられて、何もしていないのにおそわれて。すごく怖くて、一人になって……。だから、うそでも、好きとは言えないです」
『そうか』
当然だろうと言うように、大天狗は相槌をする。
「でも、人の中にも悪い人、いい人がいて。あやかしにも、いい人、悪い人がいるんだなって、今、考えました」
今まで自分を好き勝手追いかけてきたあやかしたちは悪い人。
今、目の前にいる大天狗のようなあやかしは、いい人。
「あやかしは、きらいです。でも、心からきらいではないです。好きなあやかしさんもいます」
言いながら司を振り向く。
「私達を守ってくれた式神さん。あやかしだけど、私は好きです」
笑みを浮かべ、大天狗を見る。
詩織の言葉に、大天狗はうれしそうに『そうか』と、目を伏せた。
『礼を言う』
「あ、はい……。あまり、気の利いたことが言えず、申し訳ありません……」
『何を言うか。人の子の素直な言葉。私はそれが欲しかったのだ』
やさしく言う大天狗は、大きな翼を広げ地面から足をはなした。
『では、私は行く。気を付けて帰るのだぞ』
「わかった」
司がうなずくと、大天狗は空中へと飛び、いなくなる。
空を見上げると、もう星が司たちを照らし、月が顔をのぞかせていた。
さすがに、もう森を出ないとまよってしまう。
そう思い、五人は顔を見合わせ、急いで森を出た。
※
凛と湊は、夜も遅いため氷鬼家に泊まることになった。
翔は二人を部屋に案内し、司は詩織を家まで送る為、今は二人で夜空の下を歩いていた。
二人が歩いているのは、住宅街。街灯がある為、足元などは明るい。
二人は一定の距離を保ち、静かに歩く。
どちらも口を開かず、沈黙が続く。
でも、気まずいとは感じない。今のような空気は、二人にとって日常だった。
だが、このまま何も話さず歩くのも味気ない。
詩織は、前を向きながら司を呼んだ。
「司先輩」
「なに?」
「司先輩は、あやかしはすきですか?」
聞くと、司は「うーん」と、星空を見上げ、考える。
その足は自然と止まり、詩織もつられて一歩前に出たところで止まった。
「先輩?」
「…………きらい、かな」
式神を従えているから、詩織は好きなんだとばかり思っていた。
だから、司からの返答には少しおどろく。
「とは、言い切れないかな」
「なんで、そんな言い方するんですか……」
「詩織の反応が面白くて、つい」
「面白がらないでください!」
頬をふくらませ怒ると、司はクスクスと笑う。
(笑われた!!)
グヌヌと、詩織がくやしがっていると司は笑みを消し、詩織を見た。
「でも、言い切れないだけで、きらいとも思えるよ」
「微妙な言い方ですね? どういうことですか?」
「あやかしというくくりで聞かれると、正直困るんだよね。君が大天狗に言った通り、あやかしの中にもいい奴がいるし」
(あぁ、確かに。私の聞き方がおかしかったのか……)
詩織は、自分の言葉を思い出し口を押える。
バッと見ると、司はまばたきをしつつ、話の続きを話した。
「僕は、あやかしをきらいとは言い切れないけど、好きとも言えない、立場上、好きというべきなのはわかっているのだけれど、むずかしいんだよね」
詩織から目を逸らし、司は頬をポリポリとかく。
「僕は、あやかしを退治する時、あやかしの力を借りる、それが式神。式神は、あやかしを従えて、自分を主と思わせるんだ」
「そう、なんですね」
式神という存在について深く考えてこなかった詩織からしたら、今の話は寝耳に水。
一言しか返せず、司の言葉を待った。
「あやかしの力を借りている身として、あやかしをきらいになるということは、僕のために今までがんばってくれたヒョウリやユキを否定することになる」
今の言葉に、司が言いたかったことがやっとわかった詩織は、自然と笑みが浮かび、頬を赤らめる。
手を後ろで組み、不安そうにしている司の顔をのぞき込んだ。
「司先輩」
「な、なに?」
「先輩は、本当にやさしい方です」
詩織の言葉が理解できない司は、眉をひそめ怪訝そうな表情を浮かべた。
「どういうこと?」
「司先輩は、あやかしがいなかったら、退治屋として危険なことをしなければならない立場にいなくていいんです。そもそも、あやかしがいなかったら、私も先輩も、普通の学生になれたんです。それなのに先輩は、しっかりと式神たちに感謝の気持ちを持っている。それって、実はすごいことなんですよ?」
詩織はどや顔を浮かべ、言い切った。
姿勢を正し、司の手をにぎる。
「私、今初めて、自分の中に流れている鬼の血に感謝しています」
「え、なんで?」
「だって、こんなにやさしくて、強い先輩と出会うことが出来たんですから」
やさしくほほ笑む詩織の言葉に、司は目を大きく開いた。
体に強い衝撃が走り、口をわなわなとふるわせる。
「私、司先輩と出会えて、本当にうれしかったです。また、再開できて、本当にうれしかったです。この血が無ければ、私は司先輩と出会うことすらありませんでした」
そんなことを言う詩織に、がまんできなくなった司は、捕まれている手を引っ張り、抱きしめた。
いきなり、体を抱きしめられ、最初はとまどっていた詩織だったが、司の鼻をすする音に動きを止めた。
肩に顔を埋め、抱きしめ返す。
(あっ、司先輩の背中、大きい。こんなに、大きかったんだ。会った時は、私より小さかったのに)
司の背中に手を回し、大きな背中を感じる。
(司先輩、本当にありがとうございます。私を見つけてくれて、助けてくれて――あやかしを、本気できらいにさせないでくれて。本当に、ありがとうございます)
星空の下、二人はただただお互いを抱きしめ合った。
それは数秒か、それとも数分か。
二人は、お互いの気が済むまで抱きしめ合い、最後は笑い合って家へと帰宅した。
二人の手は、しっかりとはなさないように、にぎられていた。
そうなるのは今まで願っていたこと。そのはずなのに、今は普通に戻りたくないと思っていた。
普通に戻ってしまえば、司が自分と居る理由がなくなる。
今は、あやかしから守るという約束があるから共にいることが許されているだけ。
そう思い、でも言えないと詩織が葛藤していると、大天狗がやっと口を開いた。
『なにもできんな』
「まぁ、そうだよね。ありがとう」
わかっていたことだけれど、司は詩織を安全な生活に戻すことが出来ず肩を落とす。
だが、それとは裏腹に詩織はどこか安心していた。
安堵の息を吐いている詩織に、司は首をかしげた。
「なんか、安心してない? 今までの生活と変わらないんだよ? わかってる?」
「わ、わかってます! ばかにしないでください!」
「してないけど……。なんか、安心しているように見えてさ」
――――ギクッ
図星を突かれ、詩織は顔を逸らす。
今、詩織が何を考えているのかわからず、司の頭にはてなが浮かんだ。
そんな時、大天狗が司に声をかけた。
『人の子よ』
「なに?」
『あやかしは、きらいか?』
大天狗からの質問に、司も詩織も目を見開く。
顔を見合わせ、後ろにいる翔達を見た。
だが、翔は顎をクイッとだし、自分達で答えろと無言で言う。
口元を引きつらせ、どう答えるのが正解かを考えていると、詩織が司からはなれ大天狗へと近付いた。
腕をつかみ止めるが、詩織は大天狗から目をはなさない。
眉を吊り上げ、大天狗を見上げた。
「私、あやかいはきらいです」
堂々と言い切った詩織におどろきつつ、司も大天狗も次の言葉を待った。
「こっちは何もしていないのに追いかけられて、何もしていないのにおそわれて。すごく怖くて、一人になって……。だから、うそでも、好きとは言えないです」
『そうか』
当然だろうと言うように、大天狗は相槌をする。
「でも、人の中にも悪い人、いい人がいて。あやかしにも、いい人、悪い人がいるんだなって、今、考えました」
今まで自分を好き勝手追いかけてきたあやかしたちは悪い人。
今、目の前にいる大天狗のようなあやかしは、いい人。
「あやかしは、きらいです。でも、心からきらいではないです。好きなあやかしさんもいます」
言いながら司を振り向く。
「私達を守ってくれた式神さん。あやかしだけど、私は好きです」
笑みを浮かべ、大天狗を見る。
詩織の言葉に、大天狗はうれしそうに『そうか』と、目を伏せた。
『礼を言う』
「あ、はい……。あまり、気の利いたことが言えず、申し訳ありません……」
『何を言うか。人の子の素直な言葉。私はそれが欲しかったのだ』
やさしく言う大天狗は、大きな翼を広げ地面から足をはなした。
『では、私は行く。気を付けて帰るのだぞ』
「わかった」
司がうなずくと、大天狗は空中へと飛び、いなくなる。
空を見上げると、もう星が司たちを照らし、月が顔をのぞかせていた。
さすがに、もう森を出ないとまよってしまう。
そう思い、五人は顔を見合わせ、急いで森を出た。
※
凛と湊は、夜も遅いため氷鬼家に泊まることになった。
翔は二人を部屋に案内し、司は詩織を家まで送る為、今は二人で夜空の下を歩いていた。
二人が歩いているのは、住宅街。街灯がある為、足元などは明るい。
二人は一定の距離を保ち、静かに歩く。
どちらも口を開かず、沈黙が続く。
でも、気まずいとは感じない。今のような空気は、二人にとって日常だった。
だが、このまま何も話さず歩くのも味気ない。
詩織は、前を向きながら司を呼んだ。
「司先輩」
「なに?」
「司先輩は、あやかしはすきですか?」
聞くと、司は「うーん」と、星空を見上げ、考える。
その足は自然と止まり、詩織もつられて一歩前に出たところで止まった。
「先輩?」
「…………きらい、かな」
式神を従えているから、詩織は好きなんだとばかり思っていた。
だから、司からの返答には少しおどろく。
「とは、言い切れないかな」
「なんで、そんな言い方するんですか……」
「詩織の反応が面白くて、つい」
「面白がらないでください!」
頬をふくらませ怒ると、司はクスクスと笑う。
(笑われた!!)
グヌヌと、詩織がくやしがっていると司は笑みを消し、詩織を見た。
「でも、言い切れないだけで、きらいとも思えるよ」
「微妙な言い方ですね? どういうことですか?」
「あやかしというくくりで聞かれると、正直困るんだよね。君が大天狗に言った通り、あやかしの中にもいい奴がいるし」
(あぁ、確かに。私の聞き方がおかしかったのか……)
詩織は、自分の言葉を思い出し口を押える。
バッと見ると、司はまばたきをしつつ、話の続きを話した。
「僕は、あやかしをきらいとは言い切れないけど、好きとも言えない、立場上、好きというべきなのはわかっているのだけれど、むずかしいんだよね」
詩織から目を逸らし、司は頬をポリポリとかく。
「僕は、あやかしを退治する時、あやかしの力を借りる、それが式神。式神は、あやかしを従えて、自分を主と思わせるんだ」
「そう、なんですね」
式神という存在について深く考えてこなかった詩織からしたら、今の話は寝耳に水。
一言しか返せず、司の言葉を待った。
「あやかしの力を借りている身として、あやかしをきらいになるということは、僕のために今までがんばってくれたヒョウリやユキを否定することになる」
今の言葉に、司が言いたかったことがやっとわかった詩織は、自然と笑みが浮かび、頬を赤らめる。
手を後ろで組み、不安そうにしている司の顔をのぞき込んだ。
「司先輩」
「な、なに?」
「先輩は、本当にやさしい方です」
詩織の言葉が理解できない司は、眉をひそめ怪訝そうな表情を浮かべた。
「どういうこと?」
「司先輩は、あやかしがいなかったら、退治屋として危険なことをしなければならない立場にいなくていいんです。そもそも、あやかしがいなかったら、私も先輩も、普通の学生になれたんです。それなのに先輩は、しっかりと式神たちに感謝の気持ちを持っている。それって、実はすごいことなんですよ?」
詩織はどや顔を浮かべ、言い切った。
姿勢を正し、司の手をにぎる。
「私、今初めて、自分の中に流れている鬼の血に感謝しています」
「え、なんで?」
「だって、こんなにやさしくて、強い先輩と出会うことが出来たんですから」
やさしくほほ笑む詩織の言葉に、司は目を大きく開いた。
体に強い衝撃が走り、口をわなわなとふるわせる。
「私、司先輩と出会えて、本当にうれしかったです。また、再開できて、本当にうれしかったです。この血が無ければ、私は司先輩と出会うことすらありませんでした」
そんなことを言う詩織に、がまんできなくなった司は、捕まれている手を引っ張り、抱きしめた。
いきなり、体を抱きしめられ、最初はとまどっていた詩織だったが、司の鼻をすする音に動きを止めた。
肩に顔を埋め、抱きしめ返す。
(あっ、司先輩の背中、大きい。こんなに、大きかったんだ。会った時は、私より小さかったのに)
司の背中に手を回し、大きな背中を感じる。
(司先輩、本当にありがとうございます。私を見つけてくれて、助けてくれて――あやかしを、本気できらいにさせないでくれて。本当に、ありがとうございます)
星空の下、二人はただただお互いを抱きしめ合った。
それは数秒か、それとも数分か。
二人は、お互いの気が済むまで抱きしめ合い、最後は笑い合って家へと帰宅した。
二人の手は、しっかりとはなさないように、にぎられていた。
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