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大天狗

氷鬼先輩と大天狗

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 翔の言葉に司は、不安そうに眉を下げる。
 凛も、「無理無理!!」と、湊に抱き着いた。

 兄の存在は二人にとって大きかったらしく、不安な空気が詩織にも流れ込む。

(不安、なのは当然だ。大天狗は、話だけでもすごい強いのはわかる。二人だけで勝てるのかわからない。天才と言われ、実力が高くても、怖いものは、こわいよ……)

 服をつかみ、詩織も不安そうに顔を下げる。

(怖い、戦いたくない。でも、戦わないといけない。私も、その覚悟でここまで来たんだ)

 詩織は、唇をかみ、眉を吊り上げ顔を上げた。
 司たちに近付き、顔をのぞかせた。

「司先輩、行きましょう」

 詩織の黒いひとみに迷いはない。
 司と凛の強さをうたがっておらず、自分も絶対に役に立ってやるという決意が見えた。

 ここで、自分が不安に思っている訳にもいかない。そう思い、自分を振るい立たせ司は立ちあがった。

「詩織、ごめん。もう大丈夫だよ、ありがとう」

「はい」

 二人が気合を入れ直していると、凛も不安に思いながらも湊に頭をなでられ、気合を入れ直す。
 こぶしを作り、湊からはなれた。

 司を先頭に歩き出した三人。後ろで翔と湊はほほ笑み、安心したようについて行く。

「強くなったな」

「そうみたいだね」

 自分の弟と妹がたくましくなって行く姿を見ることができ、嬉しい反面寂しい気持ちもあり、複雑な感情を二人は抱えてしまった。

 ※

 森の奥に行くと、徐々に辺りが暗くなる。
 周りに立ち並ぶ木が太陽をさえぎり、足元が危なくなる。

 司は詩織の手をにぎり、気を付けながら歩いていると、不穏ふおんな気配を感じ全員立ち止まった。

「――――あっちから来たかもしれないね」

「そうだね」

 司と凛は、周りを意識する。
 翔と湊も周りを見回し始めた。

(なんか、肌がぞわぞわする。寒気というか。なんか、寒い……)

 周りから冷たい空気が流れ、詩織は腕をさする。
 顔を真っ青にし、詩織はにぎってくれている司の手を強くにぎり返した。

「――――来た!!」

 司の声で全員、上空を見る。
 そこには、カラス天狗の倍以上はある体の男性が、しゃくじょうを手に皆を見下ろしていた。

 黒いくちばしのマスク、黒い腰まで長い髪、黒いひとみ
 全身が黒で埋め尽くされているあやかし、大天狗が三人の前にとうとう現れた。

 バサッと、大きな黒いつばさを広げ、シャランとしゃくじょうを鳴らす。
 それだけでその場の空気が変わり、ズシンと重くなる。

 なれている司や凛ですら体を動かすことが出来ず、詩織は立っていることすら出来ない。
 その場で膝を突き、倒れてしまった。

「近くにいるだけで、この圧か…………」

「すさまじいねぇ…………」

 膝に手を置き、湊と翔は詩織を守るように立つ。

 四人が警戒態勢けいかいたいせいを作る。
 すると、ずっと何も言わなかった大天狗が口を開いた。

『なに用だ、人の子よ』

 地をうような低い声が辺りにひびいた。
 耳がビリビリとしびれ、詩織は思わず耳をふさいだ。

「――――カラス天狗が今、人の町をあらしていると聞いた。だから、僕達退治屋がその元凶を探し、対処することになったんだ。なにか、心当たりはある?」

(えっ、そこまで言っちゃうの!?)

 圧に負けず、司は正直に言った。
 詩織はおどろき、大天狗を見上げた。

『そうか。カラス天狗が手荒てあらなことをしたらしい。それについてはすまない』

 大天狗が素直にあやまった。
 凛は大天狗の反応に一瞬、気をゆるめかけた。だが、次の言葉で体に冷たい何かが流れ、気を引き締め直す。

『だが、理由は今、わかった』

 そう言った黒いひとみの先には、怯えている詩織の姿。
 視線を向けられただけで詩織は、顔を真っ青にして体を大きくふるわせた。

「やっぱり、鬼の血が目的?」

『カラス天狗からの報告では聞いていたな。鬼の血を持つ少女か』

「やっぱり、聞いていたんだ。でも、残念。聞いたところで意味は無いよ。絶対に、渡さない」

『それでも構わん』

 淡々とした口調にも関わらず、相手を威圧するような声。
 司も凛も瞬時にお札を取り出し、自身達の式神を出した。

「出ろ、ヒョウリ!」

「お願い! 輪入道わにゅうどう!!」

 二人は自身が持っている一番強い式神を出した。

「ひっ!!」

「え?」

 輪入道わにゅうどうに詩織は一度、屋上でおそわれている。
 その記憶がよみがえり、小さな悲鳴を上げてしまった。

 まさか、式神を出しただけで怯えられるとは思わず、凛は詩織を見た。

「詩織、大丈夫。あれは凛の式神の輪入道わにゅうどうだからおそい掛かってこないよ」

「は、はい…………」

 なぜ詩織が怖がってしまったのか瞬時に理解した司は、簡単に説明する。
 凛もなんとなく理解して、大天狗に向き直した。

『――――ほう。輪入道わにゅうどうと雪女か。いいのを持っているな』

 大天狗は二人の式神を見て、少しいぶかしげに眉を顰めたが、すぐに歓喜の声を上げる。
 そんな声など気にせず、司はかばんに入れていた狐面を顔につけた。

「あ、あの狐面」

「ヒョウリを使うときはやっぱり、あの狐面は必須だよな」

 詩織のとなりで司たちの戦いを見守ろうと、翔が移動する。
 湊は二人の視界をふさがない程度に前に立ち、いつでも動けるようにした。

『ほう。私に歯向かう気か、人の子』

「当たり前でしょ。じゃなかったらここまで来ないわよ」

「凛の言う通りですよ。ここまで来たのですから、目的は達成しないといけません」

(司先輩の口調が、変わった。ここから、本気を出す気なんだ)

 詩織が眉を吊り上げ司たちの戦闘を見守ろうとした時、翔と湊がげんなりとした声を上げた。
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