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カラス天狗

氷鬼先輩とつっくん

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『なに!? ばかな! 人間が、我の出した毒に耐えられるなどありえん! 何故、無事なんだ!』

「僕、氷鬼家の天才だから』

 つばさを動かし、司はカラス天狗に向かう。
 距離を取ろうとカラス天狗は後ろに後退こうたいするが、そこには雪女であるヒョウリがいた。
 後ろから手を回され、しゃくじょうをつかんでいる手は冷たい手により動かせなくなった。

 瞬間、カラス天狗の手は水色に変色し、凍り付く。

『な、き、きさま……』

 動けなくなったカラス天狗は、目の前から近づいて来る司を、恨みの込められたひとみで見る。
 手には刀を持っており、狐の面から見える水色のひとみは、獲物えものを狙うようにするどく光っていた。

『や、やめ―――』

「あと、これだけは教えてあげるよ、カラス天狗。人はな、守る人がいればいるほど、強くなれるんだ。 そして、僕は詩織と約束した。最後まで、必ず守るって」

 刀が届く距離まで近づいて来た司に、カラス天狗はふるえた。
 目先には刀の先、キランの光を放つ。

「詩織は、僕の初恋の相手で、今も大事な人。僕が、守ってあげるんだ。残念だったね、カラス天狗。僕がいる限り、詩織には指一本すら触れさせないよ。まぁ、今ここで切られるのだから、どうでもいいか」

 言うと、司は刀を振りかぶる。
 カラス天狗は刀を見上げ、逃げようと無理やり体を動かそうとするも、ヒョウリがそれを許さない。

「俺の大事な人を狙った罪、今ここでつぐなえ」

『きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!』

 ――――――――ザシュ

 カラス天狗の肩から横腹にかけて、司が刀を振るった。すると、黒いけむりがきられた箇所かしょからふき出した。

 ヒョウリが手をはなすと、カラス天狗は下へと落ちる。
 地面にぶつかる前に、黒いもやとなる。風に乗り、空中へと消えて行った。

 周りを埋め尽くしていた黒いもやも、どんどんうすれていく。

「終わった……の?」

「みたいね」

 司がゆっくりと地面に降りると、背中に生えていた氷のつばさはじけるように無くなった。
 詩織と涼香を守っていた結界も、一緒に無くなる。

「司、お疲れ様」

「氷鬼先輩! あの、怪我はありませんか?!」

 二人が狐面を付けている司に近付き問いかけた。
 司は狐面を取り、頭をガシガシとき二人を見た。

「僕は平気。君達は怪我はない? 気持ち的なものも、大丈夫?」

 心配そうに聞いた司の言葉に、涼香はとなりにいる詩織を見る。

「怪我は大丈夫です。あの、守ってくださり、ありがとうございます」

「それが僕のやるべきことで、約束だから」

 ――――――――シャラン

 司がほほえみを浮かべながら詩織を見る。
 瞬間、彼女の頭の中できれいな鈴の音と共に、過去の記憶がよみがえった。
 
 過去にいた少年と、同じ笑顔をうかべ、詩織を見る司。

(今の笑顔、言葉。しかも、手に持っている狐面。私は知っている、この人を、知っている)

「ん? 僕を見てどうしたの、詩織」

 ジィっと見て来る詩織が気になり、司は狐面を涼香にわたしながら問いかけた。だが、詩織は何も答えず司を見続ける。

 胸元の服を強く掴み、眉を寄せる詩織に司は、片眉を上げ近付いた。

「どうしたの、なにかあったのか? まさか、今回のせいでどこか痛めたの? それなら遠慮せずに言ってほしいんだけど」

 顔を俯かせている詩織が何を思っているのかわからず、司はどんどん焦り始める。
 何を言って、どうすればいいのかわからず、涼香に助けを求めるように見た。けど、肩を落とし、目を逸らされてしまい答えを得ることは出来なかった。

「では、私はこれで失礼するわね。司、逃げないで最後まで守り抜くのよ? 体だけではなく、心もね!」

「え、ちょっ!」

 そのまま、さらっと狐面を司からうばい取り、涼香は助けを求めている司に目もくれず歩き去ってしまった。
 残されたのは、顔をうつむかせている詩織と、どうすればいいのかわからず慌てている司の二人。

「えっと、本当にどうしたの? やっぱり、どこか痛めちゃった?」

「いえ、私は特に何も。痛くもないし、あやかしに追いかけられるのはれているので、問題はないです」

「それじゃ、なんで顔を上げてくれないの?」

「そ、それは…………」

(だって、だって!! 氷鬼先輩、確実に過去、私を助けてくれた少年じゃないですか。忘れていたとはいえ、私は今まで恥ずかしいことを言っていた。会いたいとか、言っていた!!)

 どんなに質問をしても答えてくれない詩織。
 顔をうつむかせているため表情を見ることは出来ないが、彼女の雰囲気で司は何かを察したように数回、まばたきを繰り返した。

「詩織、いや。…………しーちゃん?」

「えっ、先輩? その呼び方…………」

 いきなり昔の呼び方をされ、詩織は思わず顔を上げ司を見上げた。
 その顔はほんのり赤く、茶色のひとみが揺れていた。

「…………僕、昔、苗字がひょうきって呼びにくいから、つっくんってある女の子に呼ばれていたんだよね」

(その呼び方、私が昔、あの少年に呼んでいた呼び方と同じだ)

「その女の子はいつも一人で公園で遊んでいたり、一人で行動することが多かったんだ。なんでだろうと思いながらも家にいたら、頭にいやな予感が走った。何も考えずに走っていると、その女の子が走りながら森の中に入っていく姿を見たんだ。その女の子の後ろには、おはぐろべったりがいた。さすがにまずいと思って追いかけたら、あんじょう。あと、もう少しでおそわれそうになっていた。その子が僕のことをこう呼んでいたの。”つっくん”って」

 詩織のほほをなで、ほほえみながら言った司の表情に、詩織は口をふるわせ目からは大粒の涙をこぼした。

「やっぱり、そう、だよね。そう、ですよね、先輩?」

「うん、僕が昔、君と約束した小さな男の子、つっくんだよ。しーちゃん」

 さっきまでの葛藤かっとうが嘘のように、詩織はがまんできず地面をけり、思いっきり司に抱き着いた。

「守ってくれてありがとう、つっくん!!」
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