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カラス天狗

氷鬼先輩と日本三大妖怪

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 司と詩織は、出会ったその日からずっと一緒に登下校していた。

 最初は、周りからの視線が気になり苦い顔を浮かべていた詩織だったが、今となってはなれて気にならなくなった。
 司の性格にもなれ、友達感覚で話している。

 今も、二人で話しながら下校していた。

「最近、僕といない時、あやかしには追いかけられているの?」

「いえ、先輩からもらったお守りのおかげで、最近はあやかしに追いかけられていないです」

「そう、それなら良かった」

 詩織は、スマホにつけているお守りを手にし、安心したような笑みで伝えた。

「でも、まさか。スマホのキーホルダーとしてお守りを持ち運ぶなんて思ってなかったけど」

「だって、このお守り、見た目がものすごくきれいなんですもん。藍色地あいいろじに水色の氷の結晶が散りばめられているこのデザイン、本当にきれいで、好きなんです」

 ふふっと笑い、スマホを大事にポケットに入れる。
 そんな彼女を、司はなんとも言えないような表情を浮かべながら見ていた。
 頬をポリポリとかき、何かをごまかすように空を見上げた。

「それにしても、本当にこのお守りってすごいですね。今まで、一日に一回は必ず追いかけられていたのに、今はまったくと言っていいほどなくなりました。これ、中には何が入っているんですか?」

 空を見上げる司に詩織が声をかけるも、目線は空からはなさない。
 司は、簡単に答えようと目線をそらさず口を開いた。

「あぁ、言っていなかったか。その中には―――」

 説明をしようとした司だったが、なぜか急に足を止めた。
 一歩先を歩いていた詩織もつられるように足を止め、後ろを振り向いた。

「どうしたんですか? 空に何がっ―――」

「っ、逃げろ!」

 空を見上げていた司が急に叫び、詩織の背中を押し、前方に飛ばした。
 
 いきなり押されてしまい、何が起きたか理解できない詩織の目に入ったのは、上から降り注ぐ黒い羽根と、痛みで顔を歪める司の顔。


 ――――――――ザザザッ!!!


「先輩!!!!」

 背中を押されたいきおいのまま、詩織は地面に転んでしまった。
 起き上がりながら司を見て、叫ぶ。

「せんぱっ―――」

「立って、走って!!!」

「え、きゃ!」

 司が詩織の手を掴み立たせ、走り出した。

「先輩!? 怪我したんじゃないんですか?! 何があったんですか!?」

「ただ掠っただけだから問題ない。ちょっと、危険なあやかしに見つかったから、今は後ろを気にしないで、走ることに集中して」

 あためて司を見ると、手や頬を軽く切った程度で済んでいた。

 (危険なあやかしって……。まさか、私が呼び寄せてしまったの……?)

 不安そうに後ろを振り向こうとする詩織に、司は手を強く握り、自分に集中するように横目で見た。

「以前、紅井神社から電話があったんだけど、やっぱり……。僕の氷は効かなかったみたい」

「え、氷?」

「君にわたしたお守りには、僕が作り出した氷が入っているの。僕の氷はを寄り付けさせないから、お守りにはてきしているんだよね。でも、さすがにあそこまで強いあやかしには効かないみたい。やっぱり、もっと強力なお守りを作らないといけないか」

 詩織が司の説明を聞くと、後ろが気になりおそるおそる振り向く。
 そこには、成人男性位の大きさのある人影が、こちらに向かっていた。

 だが、こちらに向かってきている人影は、普通ではない。

 黒いつばさが背中から生えており、口元にはくちばしのようなマスク。目元には黒い布、手には僧侶そうりょがにぎっているような杖、しゃくじょうがにぎられていた。

 見た目だけは”変”と思うものの、怖いとは感じない。
 今、追いかけてきているあやかしより、今まで追いかけてきていた、人の形をしていないあやかしの方が詩織にとっては怖いと感じていた。

「あの、あの人は一体……」

「見た目で判断したらだめだよ。あれは、日本三大妖怪と呼ばれているあやかし。人を捕まえると自分のあるじ、大天狗に持って行って食料にしてしまう、カラス天狗。自由に空を飛び、上から人を狙いさらってしまうんだ」

 まさか、こんなところで喜美と話していた日本三大妖怪に会うとは思っておらず、司は舌打ちをした。

「え、それじゃ。今回私、捕まったら……」

「うん。確実に大天狗の食料にされてしまうよ」

「そ、そんな。そんなの、いやです!!」

 説明を受けた詩織は顔を真っ青にし、助けを求めるように司に言う。すると、詩織の手を掴んでいる司の手に力が込められた。

「大丈夫だよ。必ず、僕が君を守るから。だから、安心して」

 少しだけ振り向いた司の顔は笑っている。
 詩織は、そんな彼の表情に目をかがやかせ、力強くうなずいた。

「でも、さすがに僕一人ではむずかしいと思うから、紅井神社に行って涼香に助けを求めよう。そこに置いてあるものを取りに行くついでに」

「置いてある物って……?」

「それは後で説明するよ。今は逃げる事に集中して。あっちは飛んでいるから、次第に追いつかれる」

 後ろをもう一度振り向くと、さっきよりカラス天狗の姿が大きくなっていた。
 それはつまり、少しずつ近づいているということ。

「ひっ!?」

「このまま走り続けて!! 神社に向かって!!」

 ――――――――バッ

 司は詩織の腕を引き、前へと送った。
 自分はその場で立ち止まり、一枚のお札を取り出した。

「先輩!!」

「足を止めるな!! 出ろ、ユキ!」

 一枚のお札をカラス天狗に向けて投げた。
 白い空気に包まれ、白い着物を着ている小さな女の子、ユキがお札から現れた。

『ご主人しゃまにちかづくなぁぁああ!』

 両手を頭の上まで上げ、『ていや』と落とすそぶりを見せた。

(まさか、先輩、私を逃がすためにおとりになろうとしているの!?)

「氷鬼先輩! まさかここにのこるつもりですか!?」

「っ、何でまだいるの!? ユキが足止めをしている時に早く行って!」

「でも!! 氷鬼先輩を置いてなんていけません!!」

 ユキが上から降らせたのは、特大の氷。カラス天狗の上に降らせ、閉じ込めた。
 だが、ガタガタと音をならし、今にもこわれてしまいそう。

「僕は大丈夫だから、早く神社に向かって!」

「本当に大丈夫と言い切れますか!? 絶対に神社に来てくれると、言い切れますか!?」

「言い切れっ―――」

 ”言い切れる”

 そう言おうとした司の言葉が、途中で止まる。
 司の目線の先にあるのは、詩織の不安そうに揺れるまなざし。

 かすかに揺れているひとみ。間違えた言葉を言ってしまえば、詩織の心は崩れてしまう。そのように感じてしまう程にあわく、不安定なひとみだった。

 もし、ここで司が”言い切れる”と言って詩織を安全な神社に向かわせ、司がカラス天狗に負けてしまったら。
 もう二度と、司と詩織は出会えない。そうなってしまったら。
 詩織が生きるこが叶ったとして、それは幸せなのか。

 司は開きかけた口を閉ざした。
 下唇を噛み、カラス天狗の方に顔を向けた。

「せんぱっ――」

「ここに居たいのなら、君は絶対に僕からはなれないで」

 詩織の言葉にかぶせ、司が伝える。

「安心して、君を死なせたりはしない。僕に任せて」

 ――――――――シャラン

 (え、先輩? これって……)

 詩織の頭の中に、過去の映像が鈴の音と共によみがえる。
 その光景は、森の中であやかしにおそわれていた時のもの。

 自分よりも背が小さい藍色あいいろの髪をしている、狐面の少年。
 その少年と今、詩織を守ろうとしている司の背中が、彼女の頭の中でかさなった。
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