氷鬼司のあやかし退治

桜桃-サクランボ-

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カラス天狗

氷鬼先輩と巫女と鬼

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「お待たせ、これよ」

 数十分後に、喜美が戻ってきた。
 その手には、所々が破れている古い本が握られている。

 表紙は黒ずんでおり、何が書いてあるのかわからない。
 そんな本を目にした司は、眉をひそめた。

「それ、めっちゃ古くない?」

「えぇ。ものすごく古くて、翻訳ほんやくされていないからあなたは読めないわよ」

「まじか……」

 そう言われても中は気になるため、ひとまず本を受け取り中を見た。

「…………うわぁ、確かに読めない」

 中は今の漢字ではなく、昔に使われていた筆記体。
 少しは昔の文字を勉強して読めるようになったとはいえ、今回のはむずかしすぎた。

「私も一苦労したわ。でも、これは読まなければならないと思ったの。必ず、私が欲しい情報が書いていると感じたから」

 司から返された本を大事に手でなで、喜美はほほえんだ。
 今の言葉に、司は喜美が時々今回のようなことを言っていたのを思い出す。

「母さんって、昔から勘が鋭いの?」 

「あら、そう言われるとそうね。あなたのお父さんとの出会いも、なんとなく私が向かったカフェだったもの」

 うっとりするような表情を浮かべ、喜美は昔を思い出す。
 コロコロ表情が変わる喜美は珍しく、司は思わず笑う。

「そうなんだ、知らなかった。今度、もっと聞かせてよ、お父さんの話。僕、詳しく知らないからさ」

「そうね。いずれ話すわ。それより、この中に書かれている内容を話すわね」

「うん」

 頷いた司を見て、喜美は本を開き話し出した。

「この本はね、巫女の封印秘術ふういんひじゅつが書かれていたわ」

封印秘術ふういんひじゅつ? 表に出ていない、秘密の封印方法ってこと?」

「そうよ」

 司は聞き逃しがないように真剣に聞く。

「当時の巫女さんは、力が強く、誰よりもあやかしを退治していたらしいわ」

「へぇ」

「でも、そんな巫女さんでも鬼を目の前にすれば成すすべがなかったらしいわ」

「え、そうなの?」

「えぇ。だから、封印秘術ふういんひじゅつに手を伸ばしたらしいわ。それが、自身の身体に鬼を封印する秘術」

 喜美からの言葉に、司は目を見開いた。

「その鬼が、今も巫女の身体に残っている。詩織ちゃんは、その巫女の子孫に当たるわ」

 予想すらしていなかった事実に、司は何も言えない。
 数秒、沈黙。その間に頭の中を整理し、震える口を開いた。

「で、でも、なんで鬼が体に潜んでいると、あやかしに追いかけられるの?」

「鬼は、日本三大妖怪に該当する一体だからよ」

 日本三大妖怪とは、日本に伝わる数多いあやかしの中でも上位と呼ばれている三体のこと。
 一体は、今回の話のじくとなっている、鬼。
 もう一体は、水の中を自由に動きまわり、背中に甲羅こうらがあるカッパ。
 最後の一体は、手にしゃくじょうを持ち、人間をさらうと言われている天狗。

 そんな、有名なあやかしを自身の身体を使い封印。まだ、血だけが残っており、代々受けうけつがれてしまった。

「…………そうか。日本三大妖怪の血は、他のあやかしからすれば喉から手が出るほど欲しいと言われる代物。あやかしにおそわれていてもおかしくないということね」

「そうだと思うわ。でも、昔程の血は残っていないらしいわよ。薄まっているからこそ、あやかしに狙われている現状で済んでいるみたいよ」

 喜美は、ここで話を終わらせた。
 司は目を開き、喜美から聞いた話を頭の中で何度も再生させる。

「でも、鬼の血が混ざっているだけで、ここまであやかし達が酔ってくるなんて……。理不尽すぎるよ」

「しかたがないわよ。だって、あなたが言った通り、鬼の血は他のあやかしからすれば何をしてでも欲しいと思うわ。それに加え、人間の体はあやかしからすれば美味。そんな二つの要素が一人を食べれば手に入れることが出来る。あなたでも、欲しいんじゃないかしら」

 問いかけられ、司を息を飲む。

「…………確かにそれは、狙われてもおかしくはないか……」

 顎に手を当て、司は考える。
 今までは体質かと思っていたが、今の話を聞いて色々考え直さなければならなくなってしまった。

 鬼の血が詩織に流れているがためにあやかしから狙われるのなら、司ではどうすることも出来ない。
 眉間にしわを寄せ、難しい顔を浮かべた。

「くっそ……。これから、どうやって詩織を守ればいいの」

 危険にさらされている詩織の姿を頭の中で思い出し、司は顔を青くする。
 頭をかかえ、不安そうに頭を下げた。

 お守りをわたしたからと言って、必ずしも安心とは限らない。
 効果も、司が近くにいることで最大限発揮することができるだけで、はなれてしまったら力は半減はんげん
 このままでは今までと変わらない。危険から救い出すことが出来ない。

「何を言っているの?」

「え、何って?」

 悩んでいると、喜美が司の頭を上げさせた。

「あなたはしっかり、今もあの子を守っているじゃない。今も、あの子について考え、守ろうとしている。それなのに、今以上、なにをすればいいの?」

 まっすぐと喜美に見られ、司は何も言えなくなった。

「あの人がね、いつも言ってた言葉をあなたにも教えてあげるわ」

「な、なに?」

「人を守るのは、口で言うのは簡単だけれど、実際行動を起こすのは難しい」

 ゆっくりと、それでいてはっきりと言い切った喜美の言葉に、司は微かに目を開いた。

「これは、他のことにも言えるわ。何かをしたいと口に出すのは簡単。けれど、行動を起こすのはとてもむずかしい。気力、体力、知識。そして、絶対にやり通すという強い心。これがすべて必要なの。今まであなたはそれすべてを使い、頑張って守ろうとしてきたわ。今できる最大限をしてきたわ。それ以上のことをしようとすれば、今のあなたでは途中でたおれ、大事な時にかけ付けることが出来なくなるわよ」

 不安そうに顔を青くする司の頬をやさしく撫で、安心させるように言い切る。
 そんな喜美の手にすり寄り、司はそっと目を閉じた

「確かに、そうかもしれないね。無理しすぎてまた倒れてしまえば、詩織がおそわれた時、かけ付けることができない。それだけは絶対にさけないと」

「そうよ。体調管理、しっかりできるのでしょ? もう、中学三年生なんだから」

「…………黙れ――いててててててて!!!!」

「あらぁ? 今、母親に言ってはいけない言葉が聞こえたような気がしたわ。気のせいかしら?」

「ごめんなさいごめんなさい!!」

 喜美は司が”黙れ”と言った瞬間、彼の耳をつかみ引っ張った。
 涙目になりながらはなすようにお願いするが、黒い笑みがそれを許さない。

 喜美は、普段は優しく、きつい印象を与えるが人を安心させる声をしている。
 だが、司は喜美のことを絶対に怒らせてはいけないと思っていた。
 喜美の怒りに触れてしまえば、必ずただでは終わらないことを知っていたから。

 怒りに触れてしまった司は、誰にも助けを求めることが出来ず、涙目になりながら謝罪しゃざいを繰り返した。
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