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カラス天狗

氷鬼先輩と過去話

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 次の日、詩織はいつものように学校に行く準備をしていた。
 お守りを忘れないように持ったことを確認し、準備完了。
 親に行ってきますと言って、玄関から出た。

 昨日までは、外に出た瞬間にあやかしがおそい掛かってきていたが、今日はお守り効果なのか、何もいない。

(これ、本当に効果があるんだ。でも、油断するなと言われているし、警戒けいかいを解かないように学校に行こう)

 周りを警戒けいかいしながらいつもの通学路を歩き出す。
 普通に歩いているように見えるが、目だけは周りに向けられていた。

警戒けいかいは解かない、警戒けいかいは解かない)

 油断しないように同じ言葉を心の中で呟いていると、曲がり角から人影が現れ足を止めた。

「っ!?」

 あやかしがおそってきたのかと後ろに下がるが、見知った青年だったため、すぐに警戒けいかいを解いた。

警戒けいかいするのはいいことだけど、疲れない?」

「あ、氷鬼先輩!!」

 角から姿を現したのは、眉を下げ呆れた顔で詩織を見下ろす司だった。

「なんで、ここに居るんですか?」

「君、本当に僕の話を聞いていないね、いいけど」

「あっ……」

 今の言葉に、昨日の会話を思い出す。

「これからは一人で行動禁止、登下校は僕と一緒、わかった?」

「それ、本気だったのですね…………」

「当たり前。僕は嘘を言わないし、見栄も張らない。思ったこと、出来ることしか言わないから、うたがわないで」

 はぁ、とため息を吐く司に、詩織は目をはなせない。
 見つめていると、過去に出会った一人の少年が頭を過り、詩織は頭を振った。

「ん? どうしたの?」

「っ、な、んでもありません」

 詩織の様子に司は声をかけるが、笑顔で返され何も言えなくなる。
 小さく頷き、歩き出した。

「そっか、それならもう行こう。時間には余裕あるけど、何があるかわからないからね」

「あ、はい」

 先行して歩き出してしまった司の後ろを、詩織は慌てたように追いかける。
 その時、彼はなぜか空を見上げ、何かを探すように目をさ迷わせていた。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 いつも通りの学校生活を送っていた詩織は、司の意外な行動に深いため息をきながら、今は屋上でお昼ご飯を食べていた。
 隣では当たり前のように司がパンをくわえ、青空をぼーっと眺めていた。

「あの、氷鬼先輩」

「なに?」

「どういうつもりですか?」

「何が?」

「何がって…………」

 自然と箸を掴む手に力が入る。
 司に顔を近づかせ、いきおいそのままに今日の出来事を振り返った。

「休み時間になる度、私の教室に来て呼び、どこかに行こうとすればついてきて!! 周りからの視線がものすごく痛いんです!!」

「視線? そんなに視線あった? 僕は気にならなかったけど」

(あれで気づかないのは氷鬼先輩だけでしょ!!)

 周りの人は、なぜ学校では他人に冷たく、氷の王子と呼ばれている司が今まで一切かかわりがなかった詩織に執着しゅうちゃくしているのかわからず、おどろきのあまり二人を見ていた。

 その視線に気づかず、司はずっと詩織と出来る限り一緒に居るように行動していたため、彼女は気まずさと恐怖を抱えながら今日一日を過ごしていた。

「あの、学校内ではあまり私と話さない方がいいと思いますよ」

「なんで?」

「…………今まで会話すらまともにしていなかった人同士が一緒にいたら怪しまれるじゃないですか」

「それ、気にする必要ある?」

「あります!! 先輩も変に注目されるのはいやでしょ?」

「注目されてなかったからよくない?」

「注目されていました!!

(本当にこの人、自分がどれだけ有名人か理解してない。いや、そもそも、他人に興味が無いから気にならないのか)

 ため息をこぼし、最後の卵焼きを頬張る。

「ごちそうさまでした…………」

「おそまつさまでした」

 お弁当を風呂敷ふろしきで包み、司と同じく青空をながめる。
 雲が風に乗り流れ、太陽が二人のいる屋上を照らしていた。
 光り輝く大空は透き通っており、きれいでずっと見ていられる。

 静かな空間の中、詩織は隣に座る司を横目で見る。

「……あの」

「なに?」

「氷鬼先輩は、空が好きなんですか?」

「え、なんで?」

 目を丸くし、司は詩織を見た。

「よく、空を眺めているので……」

「へぇ、よく見てるね」

「まぁ、人の視線や行動は意識していますので……。昔から……」

「昔から?」

 司が再度問いかけると、詩織は顔を俯かせて小さく頷いた。
 地面に視線を落としたまま、小さな口を動かし話し出す。

「昔からなんです。私、化け物――あやかしに好かれるの」

 ゆっくりと話しだした詩織のじゃまをしないように、司は口を閉ざし彼女を見つめ、聞く体勢になった。

「子供のころからあやかしに追いかけられていたから、ずっと逃げ回っていて……。せっかく出来た友達と一緒に居る時でも関係なくおそわれていたんです」

 自身の体をさすり、顔を俯かせる。

「時間、タイミング、場所。すべてを無視。向かってきたら、私はどうしても逃げないと殺されてしまう。周りの人は、一緒に遊んでいたり、話していた私が急に前ぶりもなく叫びながら逃げるもんだから、いつもはなれてしまって一人ぼっち」

 悲しい過去を思い出し、声が徐々に沈む。

「誰も私に近付かなくなって、声すらかけてくれなくなったんです。ずっと一人、家族は私の手をにぎってくれているけど、それでもさみしくて、さみしくて……。でも、一人でいる時より、なにより、一度友達だと信じた人がはなれてしまう方がよっぽど怖くて、悲しかった。だから、周りの人を見て、出来る限りかかわりを薄くし、一人で生活することを選んだんです」

 お弁当を掴む手が強くなる。司はそんな詩織を見て、とっさに右手が彼女へと伸びた。
 彼女に司の手が触れる手前、急にいきおいよく顔を上げたため、手がぴたっと止まる。

「でもね!!」

「お、おう」

 さっきまでの雰囲気ふんいきとは違い、ワクワクしているような表情に、行き場のなくなった手を空中でさ迷わせ、司は目をパチパチさせた。

「一人だけ、あやかしが見えることを知っても、はなれてなかった人がいたんです。それだけじゃなくて、私をあやかしから守ってくれたんですよ!! 氷で!!!」

「――――――――ん?」

 思ってもいなかった話をされ、司は思わずきょとんとして、聞き返した。
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