上 下
221 / 246
最終決戦

違和感

しおりを挟む
 土蜘蛛は八個ある目をギョロギョロさせ、冷菓と月卯歌を見下ろしていた。

 月卯歌は下唇を舐め、ゆっくりと土蜘蛛に向かって歩き出す。その間、土蜘蛛は月卯歌を近づかせまいと、口から勢いよく白い糸を噴き出した。

 その糸は四方に散り、月卯歌を包み込む。だが、月卯歌は一切慌てるようなことはせず、氷の爪を動かし始めた。

「なめんじゃねぇぞ」

 氷が纏われている右手を左に持って行き、大きく前に一歩足を繰り出す。瞬間、目の前まで迫ってきている糸を横一線に切った。

 次に、右足を軸にし、左足を前に。胸を開き溜め、右手を上から下に振り下げた。
 白い糸は切り刻まれ、月卯歌に届く前にすべてが地面に落ちた。

「ほう、酸が混ざっていたか。作り出した氷の爪が解け始めたな」

 月卯歌の言う通り、右手に纏われていた氷の爪先が丸くなり、ぽたぽたと水が滴り落ちた。
 顔を上げ、右手を下げると氷がシュッと消え、普通の手に戻る。土蜘蛛は牙を動かし、月卯歌を見下ろしていた。

「さすがに爪だけでは倒せんなぁ。すぐに作り出す事が出来れば別だが、他の方法をやろうか」

 独り言を零し、月卯歌は二枚のお札を取り出した。笑みを浮かべ、準備運動をするようにトントンと、つま先で地面を叩く。

 取り出した二枚のお札を右手の人差し指と中指ではさみ、手を横に下ろす。すると、またしてもお札から冷気が出始めた。
 徐々に右手が水色に変色し始め、広がっていく。

 ゆっくりと歩き始めた月卯歌に、土蜘蛛は牙を動かし白い糸を噴射。勢いよく放たれた糸はまっ直ぐ、月卯歌へと向かった。

「お前の攻撃は、もう俺には届かない」

 放たれた糸は、月卯歌にたどり着く手前で止まる。動かしたくとも動かせず、震える糸。月卯歌が「ふっ」と息を拭くと、大きな音を出して砕け散った。

『ジ、ジジジジ…………』

 やっと声を出した土蜘蛛は、糸が砕け散ったことにより怯えたように震えていた。
 体が勝手に後退しており、月卯歌から距離を取っている。だが、それを月卯歌自身が許すわけもなく、同じ速さで歩いていた。

「これで終わりか? さすがに弱すぎるだろう、土蜘蛛。もしかしてだが、外れの陰陽師に当たっちまったか? それはご愁傷様、ここで楽にしてやるよ」

 言いながらも先ほどまでの狂気的な笑みを消し、警戒するような目線で目の前の土蜘蛛を見上げる。なぜ警戒しているのか、後ろで見ていた冷菓はわからず、土蜘蛛を見続けた。

「力の差が圧倒的なのはわかっていましたが、何故月卯歌は倒さないのか」

 眉を顰め、月卯歌の行動について考える。

 戦闘を始めた月卯歌は周りの事など考えず、一人で目の前の”敵”と認識した者達を殺すまで自身の刃を振るい続ける。
 冷菓が声を駆ければ止まってくれるが、かなり渋々。

 月卯歌のそのような部分を見ていたため、今の行動に疑問を抱いていた。だが、その疑問は直ぐに解消される。

「あれ、そう言えば……。土蜘蛛って、ここまで弱かった?」

 冷菓の口から零れた言葉。月卯歌にも届き、冷菓をちらっと見た。

「冷菓、何かある。気を付けろ」

 後退する土蜘蛛を追いかけるのはやめて、その場に立ち止まる。右手に持っているお札からは、まだ冷気が出ており油断していない。

「もしかして、法力を送られていないのか?」

 周りを見ても、術者がいない。確かめる術のない月卯歌は目を閉じ、「まぁ、いいか」と呟いた。

「式神なら殺しても別に構わないはず、冷菓も止めんだろう」

 右手を顔近くまで上げ、指先に集中し始めた。すると、冷気が出ていたお札が徐々に光出す。

「『聖なる剣よ、我を守り、我に危害を食らわせようとするものを串刺しにせよ』」

 冷静に唱えられた言葉に合わせるように、辺り一面に冷たい空気が漂い始めた。
 冷気が月卯歌の周りに漂い、草や木すら凍らせている。

 一歩、月卯歌が足を前に出すと、踏みしめた地面が凍る。白い息が口から吐き出され、月卯歌の深緑色の髪の一部が藍色に変化。
 吐き出された冷気は月卯歌の周りに集まり、何かを作り出す。それは、細く、長い。先が尖っている物。

 先程、月卯歌が唱えていた通り、土蜘蛛を串刺しにするための剣が作られた。

「納得は出来んが、ここで終わらせてやろう。このまま時間を無駄に過ごすわけにはいかん」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

処理中です...