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三人修行

めんどくさい光景

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 廊下を鼠姿で走っていると、気配がどんどん近くなるのがわかった。
 琴葉は普段気配を消しているから探ることが出来ないけど、今は油断しているのか、気配は駄々洩れ。簡単に場所がわかるから見つける事が可能だね。

 鼠姿で出せる全速力で走っていると、前方に一つの人影が見え始めた。あの人影の正体は、僕の目的である琴葉。優雅に一人で片手に持っている煙管を弄びながら廊下を歩いている。

 流石に今声をかけても気づかれないよな。もっと近づいて声をかけるか。それでも気づかれなかったら、優夏と同じく足を噛んでやる。

『っ!』
「ほぉ、なんか気配を感じるなぁと思っていたら。どうしたんだ鼠小僧。俺に何か用があったのかぁ?」

 まさか、気づいていたなんて。

 その場に膝を付け僕に手を伸ばしてくる。多分だが、これは乗れという事だろうな。こういうところは気が利くけど、対応が普通過ぎてこっちが困惑。

 伸ばされた手に素直に乗ると、そのまま肩にに近づかせる。乗り移ると、僕が落ちないように気を付けながらゆっくりと立ち上がり、歩き出した。

『僕が追いかけてきたことに対しては何も言わないんだね』
「特に何もなぁ。一人で来るとは思っていなかったけど」

 ん? ”一人で来るとは思わなかった?”
 その言い方だと、まるで僕が来ることはわかっていたみたいな言い方に捕らえられないか? 
 こいつ、知っていたな。それか、予想していたか。

 ……………………むかつく。

「鼠姿でも、そんな鋭い瞳を浮かべる事が出来るんだねぇ。こわいこわい」
『うるさい。それより、今どこに向かってるの』

 廊下を進んでいるけど、一体どこを目的として進んでいるんだ。部屋という訳ではなさそうだし、もしかして外?

「どこに行こうかなぁ」
『…………噛んでもいい?』
「だぁめ。そんな可愛い顔で言わっ――いたっ!! 噛まれた…………」
『有言実行。結局どこに進んでいるの?』
「地下牢」
『はぁ??』
「地下牢だよ。少し気になる事があってね」

 地下牢? 地下牢って、確か暴走してしまった水仙家の陰陽助が閉じ込めているはず。こいつの仲間とか女とかが閉じ込められているのか? まさか、そんなことあるわけないか。

「なんで地下牢に向かっているのかっていう顔を浮かべているな」
『わかっているのなら教えてくれても良くない? 気が利かないね』
「そうかそうか、俺の行動が気になるか。好奇心旺盛だねぇ、その気持ちは大事にした方がいいと思うよ」
『いいから話せ』
「俺への当たり、本当に厳しいねぇ…………」

 当たりを強くされているのは、紛れもなく自身の言動だけどね。こいつならわざとな気がするけど、どうでもいい。早く話してくれないかな。

「単純な話、呪いは解除されているはずだから、もう閉じ込めておく必要がないんだよねぇ。だから、牢屋から出そうと思って」
『呪いが解除…………。あ、術者が死んだからか』
「ご名答。早かったね、答えまでたどり着くの」

 術者は確か、氷鬼家の陰陽師の一人だったはず。その人は、もういない。

『水分には伝えているの?』
「伝えていないよ、これは俺の独断だからねぇ」
『いつも独断で動いてそうだけど』
「報告義務はないはずだよ。だって、報告したからって何か変わるわけじゃないし、本当に重要なことは簡単に伝えているよぉ」
『絶対に伝えてないね、もうわかるよ』
「酷いなぁ」

 ケラケラと笑っているこいつ。無視を決め込もうと思った時には、地下室にたどり着いていた。

 階段を下がり、肌寒い道に出る。コツン、コツンと音を鳴らし、静かな空間を歩く。

 この道を置くに進めば、水分の側近、水仙家の陰陽助である弥来みくるがいる。呪いが解除がされているのなら、暴走などはしていないと思うけど。
 それでも、もしまた襲い掛かってきそうだったら。こいつは殺すのだろうか。

 こいつは、琴平とは違い取捨選択をしっかりと見極めそう。それで、いらないものや自分に不都合なものは簡単にポイっと。

「えっと、さっきから何を考えているの?」
『なにも」
「それならいいけど、特に深く考えていない行動だから難しく考えないでよ?」
『何も考えていないから安心して。ほら、牢屋が見えてきたよ』
「あ、本当だね」

 弥来がいるであろう牢屋。唸り声とかは聞こえないから、おそらく暴走はしていない、大丈夫なのかな。
 いや、唸り声は聞こえないけど、違う声が聞こえるな。なんだこの声、鼻をすする声とか、「うっ、うっ」と、嗚咽交じりの声が廊下に響いているような気がするんだけど。

『めんどくさい事が起きそうな予感』
「同じく」

 自分から来たくせに、なんでお前がそんなげんなりとした顔を浮かべているんだよ。何か用事があったんだろ? 早く済ませて僕の用に付き合ってよ。

 弥来がいる牢屋の前に立つと、やっぱりというべきか。めんどくさい光景が広がっていた。
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