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氷鬼家

言い合い

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 あぁ、黙ってしまった。

「…………でも、私、援助、苦手。今までやったことがない。だから、前に出て戦いたい」
「それはだめだよ。危険が多すぎる」
「…………でも!」

 うぅ、心が痛い。

 …………って、あれ? 今まで傍観していた闇命君が急に俺の隣まで移動して来た? どうしたんだ?

『修行したいのなら好きにすればいい、前線で戦いたいのならやればいい。でも、これからの行動に関して、僕達は何も言わない。自分で決めたのなら、最後までその意思を貫き通す覚悟を持つんだ。途中で投げ出すことは許さないよ。何があっても、どんなに辛く苦しくても、最後まで意志を貫き通せるのなら。僕が優夏を説得させてあげる』

 おいこら、それを本人の前で言うんじゃありません。

 闇命君の事だ、俺を説得させる切り札を持っているんだろう。何言われるんだろう、俺。怖いわ……。

「…………」
『すぐに答えられないのなら、君の覚悟はそれだけだったという事。悪いけど、これでは優夏の意見を変えることは出来ない。人の心配をしている時のあいつは、めんどくさいくらい頑固だからね』

 あれ、これ俺、今悪者になってない? 大丈夫? 俺は心配して言っているのに悪者扱いはさすがに嫌なんだが?

「覚悟はある、あるもん」
『でも、すぐに答えられなかったよね? それは、覚悟が決まっていないという事じゃないの?』
「違う!! 違うもん…………」
『なら、なんですぐに答えられなかったの?』
「それは…………」

 闇命君の圧に、魔魅ちゃんがたじろいでいる。俺はいつもこんな感じなのかな、哀れだ…………。というか、こっちの方がいじめているように見えるじゃん、やめてあげてよ、可哀そうじゃん。

「…………無理やり…………」
『ん?』
「貴方は、無理やりお兄ちゃんを説得しようとする。お兄ちゃんの意志は完全に無視するもん。だから、貴方には頼らない」

 …………お、おう。これは、さすがに予想外。他の二人もまさかの展開に口をあんぐり…………いや、琴葉さんは笑いを堪えているな。


 言い切った魔魅ちゃんは目を吊り上げ、怒りの表情で目の前にいる闇命君を見上げている。

『……………………まさか、そんなことを言われるなんて思わなかったよ』
「っ、私は、間違ったこと、言ってない!!」

 これ、さすがにまずくないか? これ以上ヒートアップするとただの喧嘩になる。話し合いから喧嘩になってしまうよ。声をかけて止めないと。

「あの、そこらへんに…………スイマセンデシタ!!!!!!!」

 二人に声をかけると、闇命君だけではなく、魔魅ちゃんからも泣きそうで、でも鋭い瞳を向けられた。殺気まで含まれているような瞳だったし、咄嗟に謝るしかなかったよ。

『それ、僕に喧嘩売ってるの? 僕が無理やり優夏を従わせているって、言いたいの?』
「そう、貴方はお兄ちゃんの意見なんて聞かないで、すべて自分の思い通りに動かそうとしている。そんなの、私は許さない!!」

 う、うぅぅううん。魔魅ちゃんの言い分、 そういうことでは無いんだよなぁ。でも、無理やり従わせているのもあながち間違えていないから、なんも言えねぇ。

 まぁ、この機会に闇命君の高圧的な態度も改善させることが出来れば…………。


 ――――キッ!!!


 ヒッ?! スイマセンデシタ。

 俺の心の中を読み、闇命君が睨み切らせてきた。マジで今のは怖かった、殺気が含まれていたよ、怖い怖い。

『無理やりさせていたわけじゃないよ。状況、こいつの実力、周りの人数。全てを考え、一番と思える作戦と提示していただけ。それに承諾していたのは、紛れもなく君が言うお兄ちゃんなんだ。僕は今まで一度もこいつに間違ったことは言っていないし、正確で的確な指示を出してきただけ。こいつの意志を尊重し、その思いに一番近い方法を提示してきたんだ。そんな謂れをされる筋合いはない』
「っ、でも、でも!!」
『何も言えなくなった人は、何かいい訳をしようとそんな風に時間を稼ごうとするみたいだけど、それはもう君は自分の言い分がなくなり負けを認めているようなもの。ここから繋がる言葉は穴しかない、聞くだけ無駄』

 ちょ、さすがに言い過ぎ…………。魔魅ちゃんは俺のために怒ってくれているのに、なんでそんなことを言うの。

「ちょっ――……」

 止めようと俺が口を出そうとした時、何故か琴葉さんがまだ半分笑いながら止めてきた。せめて、完全に笑いがなくなってから止めてください。なんなんですか。

「今はあの二人に任せようじゃないか。周りが口を出すのは野暮というものだよ」
「でも、魔魅ちゃんは俺のために怒ってくれているのに、あんな言われ方…………。闇命君、大人げないよ」
「あれがあの子なりの”守る”なんじゃないかな」
「え?」

 どういうこと? 守るというか、追い込めているように見えるけど。

「不器用なんだよ、あの子。それは、俺より君の方がわかるんじゃないのかい?」

 …………確かに、闇命君は今までの生活環境で少々性格が歪んでしまっているけど、素直になれないだけで、本当はいい子なんだ。ただ、無意味に嫌味を放っているわけではない。なにか、思う所があるんだ。

 …………少しだけ、任せようかな。不安はもちろんあるけど、闇命君の事を信じようか。
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