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修行

信頼関係

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 ついて行く事数十分、目的地に辿り着いた。

「わぁ、やっぱり綺麗だねぇ」
「ここは俺達、水仙家が時代を超えてずっと守ってきた湖だからな。そう言ってもらえると先祖も喜ぶ」

 目の前に広がる、光り輝く湖。森の中に広がっているから、周りに立ち並んでいる緑の木々が透き通っている湖に反射している。
 魚とか泳いでいないのか、風でのみ、波紋が広がっている。本当に、綺麗。

「あまり近づき過ぎない方がいいぞ、引きずり込まれる」
「何に!?」
「何かに。もしかしたら人ならざるものが住んでいる――水神が住んでいる時点で、もう人ならざるモノが住んでいるいわく付きの湖だったな」
「なんて罰当たりな事を!? 今もこの会話を聞いていたらどうするんですか!?」

 この人には怖いものはないのか!!! 頼むから変な事を言わないで!! 俺はまだこの世界でやらないといけないことがあるんだ、殺されたくないよ!!

「まぁ、その湖を使って修行するんだけどな」
「え?」
「俺が手本を見せるから、同じことをしてもらう。その前に準備するから少し待て」
「お、おう…………」

 湖を使ってって、一体どんなことをするんだろうか。

 水分さんは咳払いをして、湖について行く。
 カサカサと自然の音が響き、鳥のさえずりも水分さんを歓迎しているように聞こえる。

 いや、本当に水神様が水仙家の陰陽頭であるあの人を受け入れ、歓迎しているのかもしれない。

「『水神よ、水歌村に危険を及ぼした者の討伐の為、幾分力を貸していただきたい』」

 右手の人差し指と中指を立て、口元近くで構える。目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。すると、先ほどまで静かだった湖に浮かぶ波紋が震え始める。
 ぶくぶくと何かが出てくる気配を感じ始めた。

 なんだ、あれ。湖から何かが出てくる?

 白いと泡が弾け、どんどん水が盛り上がり始めた。

「闇命君、これって…………」
『さすがに予想外だね。まさか、ここで出会えるなんて。今までずっと、この村付近を守っていた神、水神!』

 闇命君が名前を呼ぶのと同時に、大きな音と共に水しぶきが舞う。
 思わず目を閉じ、手で抑えてしまった。冷たい!! 湖の水がものすごく冷たい!!

「…………―――え」
『うわぁ、これは、さすがの僕も相手にはしたくないな」
「するな!!」

 目の前に姿を現した水の神は、竜の姿をしていた。
 周りの光を反射する鱗、研ぎ澄まされた赤い瞳。太陽をも覆い隠してしまう程の大きさはある竜。見下ろされただけで体が動かなくなる。

 これが本物の、神。

『何かございましたか、現主よ』

 頭に直接届くような、低く、響く声。脳が、鼓膜が。いや、全ての感覚が揺れる声。
 耳鳴りがする、これは慣れていないとちときつい。

「お兄ちゃん、大丈夫?」
「魔魅ちゃんは大丈夫なの? 体が重くなったり、耳鳴りとかしていない?」
「私は、大丈夫。お兄ちゃんが、心配」
「ありがとう、大丈夫だよ」

 魔魅ちゃんの頭をなでると、まだ少し不安そうに見上げては来るが、水神様にまた目を向けた。夏楓も目を輝かせ、俺の隣で立ち尽くす。

「すごいですね、見ているだけで心が洗われるような感覚になります」
「圧はすごいけど、確かにそうだね」

 闇命君も目を輝かせ、前にいる水神を見上げてる。やっぱり、こういうのには興味を持つのか。いや、興味を持たないわけがないか、生で神様を見れているんだから。

「水神、少しの間ここで修業がしたい。湖の水を使ってもいいか?」
『現主なのなら、聞き入れよう』
「ありがとう」
『また何かあれば、なんなりと』
「おう、ありがとな。必ず、お前が何千の時を守ってきた水歌村を復旧させてやるから。絶対に、平和な時を実現させる。それまで、待っていてくれ」

 水分が手を伸ばすと、水神様が頭を下ろし近づかせた。優しく頬の部分を水分さんが撫で、おでこ同士をくっつける。

 二人とも、なんか、幸せそう。お互いを大事にしているのがわかる。式神になんて恐れ多くてできないだろうけど、そのくらいの信頼関係とかありそうだもんね。

 俺の式神達は、俺の事を信じてくれていたのだろうか。いや、最初は主である闇命君が口寄せした俺を信じていたかもしれない。でも、今はどうだろう。おそらく、俺の事は信じていないだろう。

 当たり前だな、今まで何度失敗した。何度選択を間違えた、何度式神達に無理をさせてしまった。

 ――――待っていてほしい、俺が強くなるのを。今後、絶対に無理なんてさせない。もう、殺させないから。

 また、一緒に戦ってほしいから、俺も強く――……
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