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呪吸の義

たんぽぽ畑

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 夏楓の後ろを付いて行くと、紅音と魔魅ちゃんがしゃがんで花を摘んでいる姿が見えてきた。

 ここはたんぽぽ畑か? 周り全て黄色一色、すごく綺麗だ。

 そんな黄色の世界に二人。
 二人とも表情筋が動かないタイプだから、なんだか雰囲気が暗く見える。
 いや、暗くはないか。楽しそうではあるな、紅音の周りに何個も花冠が置いてあった。楽しんでいる証拠だな、良かった。少しでも心や体を癒して欲しいし、今は何も考えずに過ごして欲しい。

「こんにちは」
「っ、夏楓おねぇちゃん!!」
「夏楓、これ、作ったぞ。楽しい」
「ふふっ、お二人とも楽しそうで良かったです。ですが、作り過ぎではありませんか? さすがに作り過ぎると、お花さんが泣いてしまいますよ」
「花には涙を流す器官があるのか?」
「そういう訳ではありません。心が、ですよ。お花も生きているのです。抜いてしまうという事は、お花さんはお仲間から離れてしまうという事です。貴方達も、仲間から離れるのは悲しいでしょ? それと同じです」

 魔魅ちゃんの手に握られているタンポポを優しく撫で、隣に座る。夏楓は花とか植物も大事に思っているんだな。
 俺が居た世界だと、花は踏み荒らされたり、虫は掃除機で吸い取ったりと。結構悲惨なことを平然としていたな。改めて考えると結構残酷だ。

「お花も生きているのです、あまり引っこ抜いたり、ちぎったりはしないであげてくださいね」

 夏楓の言葉に魔魅ちゃんは頷き、紅音は下を向く。どうしたのだろうか、納得いっていないとか? 花は生き物ではないとか、そういう感じに考えるタイプか?

「…………夏楓」
「どうしたのですか、紅音」
「…………ワタシは今まで、お花を抜き取ってしまっていた」
「そうですね」
「ワタシは、殺生をしてしまっていたか?」

 顔を上げた紅音の顔が真っ青。本当に人を殺してしまったのかと、本気で心配しているみたい。

「…………」
「…………」

 夏楓がキョトンとした顔を俺に向けてきた。多分俺も同じ顔をしているだろう。だって、さすがに予想外なんだもん。ふふっ。

「ふ、ふふ。もう、なんでそんな顔をしているのですか。大袈裟ですよ」
「あははっ、ほんとだよ紅音。大丈夫、少しならお花も許してくれるよ」

 顔を青くしている紅音はひとまず夏楓にお願いして、改めて周りを見渡してみる。
 風が吹く度、たんぽぽが踊るように揺れ動き、花弁を舞がらせる。こんな綺麗なタンポポ畑は、俺が居た世界にはなかったな。いや、俺が知らないだけであったのかもしれないけど。

 一本だけ抜き取り、持ち上げる。茎の部分にはボンドらしき白いものが付着していた。子供の時はこれを一つの容器に入れて、ボンドを集めようとしていたなぁ。凄い懐かしい。

「どうしたんだ優夏」
「優夏さん? 何かありましたか?」

 二人が俺を見てくる。

「…………今までさ、色んなことがあったなぁって思って。こっちの世界に異世界転生して、陰陽師の技を使えるようになって。それだけじゃなくて、まさかの天才陰陽師の体の中に入ってしまうなんて。こんな事、想像すらしたことがない。驚きの連続で、心が折れそうになって。それでもまた立ち上がり、ここまで来た。本当に、たくさんあり過ぎたなぁって」

 それでもなんでだろうか。辛かったり、苦しかったりしているのに。こんなことに巻き込まれなければ、こんな思いをしなくていいのになんて思わない。
 闇命君が俺を選ばなければ、俺は今まで通り変わらない生活を送ることが出来たのに。それなのに、なぜか少しも憎くない。
 逆に、ここに来れて良かったとも思っているかもしれないな。

 ここで闇命君に出会い、琴平や紅音。夏楓や魔魅ちゃんと話す事が出来て。こんな事、この世界に来なければ出会う事が出来ない、話すことが出来なかった。

 今のこの時間は奇跡で、俺にとっては夢みたいな現実。だから、大事にしたい。この人達はもちろん、これから出会うであろう人達や、一度出会って別れた人達の事も。俺は大事にしたいし、失いたくない。

 その為に俺が出来る事、やらなければならない事。
 式神の百目や雷火、川天狗や河童と共に、強くなる必要がある。絶対に、強くならないといけない。

「もっと、強くならないといけないなぁ」

 と言っても、これは闇命君の体だから限界がわからない。いや、自分の身体だからと言って、限界がわかるかと聞かれればそれもわからないけどさ。

「優夏」
「ん? どうしたの、紅音」
「お前の身体は闇命様の身体だ。だから、強くなるというより、体の使い方や法力をもっと扱えるようにすればいい。闇命様の身体なんだから」
「あ、はい」

 紅音の圧が強すぎて、何も言い返せなかった。
 つまり、紅音はこう言いたいんだろうな。

 闇命君の身体なのだから弱いわけがない。俺が闇命君の強さを引き出せていないから弱いと感じるだけだろ。だから、もっと使いこなせるようにすればいい。

 …………一理あるから何も言わないけどさぁ、紅音らしいな。

「これからも頑張りましょう、優夏さん。優夏さんが出来る事を全力でやればいいのです、それ以上の事をやろうとすれば共倒れになる可能性がありますので」
「…………うん。そうだね、俺には俺が出来る事を全力でやる事しか出来ないわけだし。現状の俺が出来る事を全力でやるよ」
「はい」

 笑顔で頷いてくれた夏楓。紅音は当たり前だろというように腕を組み、鼻を鳴らしている。

 今は、この平和な時間を楽しみ、体と気持ちを休めよう。今度起こるであろう、大きな戦闘に備えるために。
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