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呪吸の義

確実なもの

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 体に浮遊感、体を動かしても意味はなく。何かを掴めるわけではなく、なにかにぶつかるわけでもない。

 この感覚は知っている。これは、夢の中、安倍晴明と出会える唯一の空間だ。

 閉じていた目を開けると、目の前には見覚えのある狩衣。柔和な微笑みを浮かべている安倍晴明が俺を見据え立っていた。

『お疲れ様です、牧野優夏』
「あ、いえ。こんにちは」
『はい、こんにちは』

 クスクスと笑いながら、安倍晴明が俺を見てくる。何を考えているのかわからないのは変わらずだな…………。

『今後はどのように動く予定か考えていますか?』
「……………………行動すれば何かにぶち当たると思います。なので考えても無駄だという結論に至りました」
『つまり、何も考えていないという事ですね。貴方らしいです』
「うるさいです…………」
『ふふっ。ですが、貴方なら今の考えでも大丈夫なような気がしますね。これからもその調子で頑張ってください』
「待って? 何か助言とかは?」
『ほしいですか?』

 えぇ、そう聞かれると逆らいたくなるんだけど。でも、ここで逆らってしまえば、今後助言を貰えない可能性がある。ここはお願いするしかない。

「お願いします」
『素直な方は嫌いではないですよ。特に、貴方のように潔い方はね』
「はぁ…………」

 潔い? そんなことはないと思うんだけど………。

『今回は時間があるのでゆっくり話しましょうか』

 あ、いつも時間がないのに、今日はあるんだ。その時間の感覚ってどのようになっているんだろうか。この世界での一分は、現実世界では一時間とか?

『今回の出来事、大きく関わっているのがどこの組織かはご存じですか?』
「氷鬼家から姿を消した陰陽師だとはわかっています。組織ではなく、単独行動だと思っているんですが、違うのでしょうか」
『そうですねぇ。単独ではないと思いますよ』

 単独ではないのか、なら誰が協力しているのか。いや、もしかしたら協力している方の可能性もあるのか?

『考えるのはいい事です。諦めず、考え続けてください』
「…………はい」

 助けてはくれないと。

『それにしても、道満は本当に変わってしまわれましたねぇ。昔はこんなことはしない真面目な方だったというのに』
「それは本当なのですか?」
『そうですよ。お互い高め合える間柄でしたので。本当に、あの頃は楽しかったです』

 安倍晴明はな悲し気に目を伏せている。過去を思い出しているのだろうか。

『昔は本当に楽しかったです。道満の頭にカエルを降らしたり、式神で夜中驚かしたり、一緒に悪霊退治に行った時は道満の式神で少々遊んだり―――』
「恨まれた原因それでは!?!?」

 何やってんの!? それは道満が怒っても仕方がないよ!!

『ふふ。冗談ですよ』
「冗談を言っている場合ではないと思うのですが…………」
『では、真面目な話をしましょうか。今回の件、主に動いているのはおそらくあなたの友人ですよ』
「え、靖弥? な、何故?」
『蘆屋道満の気配がない。あの、禍々しい気配は、近くにいれば微かにでも感じる事が出来るはずです。ですが、今回はまるっきり感じない。ですが、貴方の友人の気配は感じる。不思議な現象ですねぇ』
「いや、そんな楽し気に言わないでよ。なんか、狂気的殺人者を目の前にしているみたいで怖いんだけど…………」
『酷いですね、快楽を得るために私は殺生しませんよ』
「当たり前だよ!!!」

 まったく、すごい人のはずなのに、なんでこんなにも気が抜けるんだろう。危機感とかないのだろうか。これが強者の余裕ってやつなのかな、俺にもほしいな。

『ひとまず、今回は蘆屋道満の事は忘れてください。ご友人について考えましょうか』
「本当に忘れてもいいの? あの二人は繋がっている。靖弥に汚い事を全て任せ、自分はまた違う事を考えている可能性があります。もしかしたら、裏で大きな事態を引き起こす準備をしているのかもしれないですよ」
『想像力が豊かなのは、子供の特権ですね』
「…………貴方からしたら、俺が生きている人間全員子供でしょ」
『ふふ、すいません。貴方の考えも一理あります。昔とはだいぶ変わってしまったので道満の考えを読むことは出来ませんので確実なものは言えませんが』

 まぁ、そりゃそうか。確実な物なんて本来はない。仕方がない。

 俺は、なんでこの世界に呼ばれたのだろうか。今まで役に立っていないし、迷惑をかけてばかり。式神たちにも危険な目に合わせてばかり。

『――――時間です』
「っ、あ」

 安倍晴明が微笑み、手を振る。同時に暗い空間に光が蜘蛛の巣のように光が広がり、明るくなっていく。

「っ、そうだ……。安倍晴明!! 俺をここに呼んだのは貴方の差し金なんですか!? 貴方が闇命君に俺を選ばせたんですか!?」
『貴方を選んだのは、子孫の意志ですよ。頑張ってください、牧野優夏。自分を、仲間を最後まで信じるのです』

 安倍晴明の言葉を最後に、俺はまばゆい光に耐えきれず、目を閉じてしまった。
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