憑依転生した先はクソ生意気な安倍晴明の子孫

水仙家

強い子

「……………………闇命様、起きていますよね」
『はぁ。そいつは落ち着いたの？』
「みたいですよ。今は少し不安そうではありますが、疲労もあり寝てしまいました」
『まったく、琴平の膝の上でぐーすかーぴーとか。どんだけ琴平に迷惑かければ気が済むのさ』

　まったくもう、僕の身体で本当に恥ずかしい奴。涙の痕がしっかりと付いちゃってるし、これ明日しっかりと落ちているよね。残っていたら許さないから、僕の顔に涙の痕を付けるなんて。

「半透明だと物や人に触れる事が出来ないんですよね？」
『そうだけど、それがどうしたの？』
「いえ、もし触れる事が出来たら、闇命様もお眠りにならないかなと」
『…………は？』

　琴平が空いている方の膝を叩いて僕を見てくる、何を狙っているの。やるわけないでしょ、出来ないよ。出来たとしてもいかないけど。

「もう片方の膝が空いているので、闇命様もどうかなと思いまして」
『ばっかじゃないの。僕がこんな事をするわけないでしょ。こんな恥ずかしい真似、出来る訳がない。こいつじゃないんだからさ、変なことを言わないで』
「そうですか、少し残念です」

　いや、なんで本気で落ち込んでいるのさ。僕の本体の頭をなでながら。

『……………………』
「――――っ、え、闇命様？」

　まぁ、触れなくても、このぐらいは出来るし、これで我慢してよ。
　隣に座って寄りかかるだけでも僕にしては珍しいでしょ。これだけやってあげたんだから、少しは機嫌を直してほしいものだね。触れないからふりだけどね。

「…………ふふ、ありがとうございます」
『まったくだよ。本当に困った従者を持って僕も大変だよ』
「俺はこんなに立派で素敵な主に従える事が出来て幸せでした」

　…………むかつく。今の琴平の言葉、本当にむかつく。

『琴平』
「あ、はい」
『今の言葉には間違いがある。そこを訂正しなかったら、僕は今後琴平を呼んであげない』
「っえ、ちょ、え？　それは困りますよ闇命様！！　俺何か言ってしまいましたか？　あの、訂正するところってどこでしょうか。何かご機嫌を損ねることを言ってしまいましたか！？」

　ここまで焦るほど、僕が名前を呼ばないだけで嫌なんだ。いつも冷静な琴平が僕の発言一つ一つでここまで感情を乱すのはやっぱり面白いな。今も慌てて何かぶつぶつ言っているし。

　本当に分からないのか、困った従者だよ。

『”幸せでした”じゃない、”幸せです”が正しい。それに、僕は死なないし、琴平も死なない。過去形にする理由がわからないね』
「っ！！」

　…………ち。視線が痛いというか、むず痒い。なんでそこまで驚くのさ、マジでやめて。
　ただ、僕は本当のことを言っただけだもん。僕は死なないし、琴平も死なない。死なせない。

　僕が、優夏が。絶対に死なせないから。

「…………闇命様、ありがとうございます」
『何も、礼を言われるようなことなんて言ってないから。勘違いしないで』
「申し訳ありません」

　何嬉しそうな顔を浮かべているのさ。気持悪いよ、琴平。

　……………………ふん、僕はもう寝る。

「あ、鼠に戻ってしまうのですね…………」
『…………残念そうにしないで…………。さすがに、姿を出しながら寝るなんて不可能だから…………。集中力が切れて深い眠りに入った瞬間に消えるよ…………』

　僕の事が好きなのは分かったから、今はゆっくりと休ませて…………。琴平も疲れただろうし、休んでよ。

「おやすみなさい」
『…………ん』

　頭に、温かいぬくもり。まったく、僕を子供扱いしないでよ、僕は天才陰陽師なんだ。子ども扱いは不要だよ。


　――――闇命、君は本当に強い子だ。私の誇りだよ。


　父さんの声…………、寝る前に必ず聞いていた声。


　…………いや、こんなの幻聴だ。僕は幻聴に縋るほど弱くない、周りが認めるほどの力を持っている。

　僕は、周りが認めるほどの、天才なんだ。だから――――…………

　☆


　煌々と輝く月が、人のいない水歌村を明るく照らしている。
　誰もいないはずの村に、二つの足音が聞こえ始めた。

「水分様、一体何をお考えなのですか。安倍家の者を"利用"するというのは納得できますが、なぜあそこまで自由にさせているのです。機密情報まで漏れてしまう可能性がありましたよ」
「別に、何も考えてねぇよ。俺はあいつらを利用しようとは考えていない、首突っ込んできたのはあっちの方だ。俺は聞かれたことにだけ答えるのみ」
「確かにそうかもしれませんが……」

　村を歩いているのは、水仙家の陰陽頭である水仙水分と陰陽助である鏡屋弥来《かがみやみくる》。

　弥来は眼鏡をかけ直し、調書室での出来事を思い出しながら、険しい顔を浮かべ水分の後ろ歩いていた。

　二人はただひたすらに村の中を歩いている。もう、壊れてしまった村を、目的もなく、ただひたすらに。

　周りには崩れた建物や、踏み荒らされている畑。風が吹く度、建物の一部や土埃が舞い上がる。

「なぜ、水歌村が狙われたのか。そこだけでも突き止めたいですね。それに、今後の対策を考えなければなりません。村の人達は水分様の機転でなんとか避難出来た方々もいますが、このようなことが続けば……」

　今回の襲撃。水分が他の陰陽寮へと移動しており、陰陽助である弥来も同行していた。それを見計らったかのように、水歌村を襲いに来た。

　戻っている道中、何かを察した水分が式神を飛ばし村人の避難に当てていたから全滅せずには済んだ。だが、間に合わなかった者は氷鬼の裏切り者により屍人にされ、利用されてしまった。

「確かに、こんな事を繰り返す訳にはいかねぇ。俺達水仙家の信頼を失う結果ともなっている状況。手を打ちたいが、正直今ここでなにかしようとしても意味はねぇ」
「何故ですか？」
「根元を絶たなければ、どっちにしろ繰り返されるのみ。相手が理解しているかは知らんが、基本陰陽寮同士の戦闘は固く禁じられている。いや、存在を晦ませていたから、もう陰陽寮の人間ではないのか」

　陰陽寮にはいくつかの決められた規則があり、そのうちの一つが"陰陽寮同士の私闘を固く禁ずる"というもの。

「大きな何かが動き出しているような気がするのは、私だけではありませんよね？　もしかしてですが、安倍家の者が持ち込んだという訳ではありませんよね？　そうなのだとしたら、今すぐにでも追い出した方がいいと思うのですが」
「従者の一人である男はそのような考えが出来るだろうし、安倍家に元跡取り本体も頭は回りそうだ。だが、今回あいつらを統べているのは違う。あほのように見えて、人を引き付ける力を持っているあいつだ」
「あいつ？　あの、私は詳しく聞いておりませんので、そのように言われてもわからないのですが……」
「そうだったか。それは追々だな。今回の件は安倍家も関係あるだろうが、引き起こしたわけじゃねぇ。逆だ」
「逆？」
「あいつらが引き起こしたんではなく、周りが動き出したため、あいつらも動き出した。そう考えるのが自然だろう」
「なるほど。すいません、頭が固くなっておりました」
「お前が固いのはいつもの事だ、気にするな」

　水分の最後の言葉に、なんとも言えないような表情を浮かべる弥来。ため息を吐きながら彼の後ろを付いて行く。すると、なにかに気づき足を止め、後ろを振り向いた。

　その時にはもう遅く、彼の目の前には目をかっぴらいでいる少女の顔。
　声を出す暇すらなく、少女は笑みを浮かべながら黒い霧と共に弥来の身体の中へと入り込んだ。

「ん？　どうした？」

　水分が弥来が付いて来ていないことに気づき振り返る。だが、返答はない。良くない気配に気づき、水分は弥来へと近づき再度問いかけた。

「おい、弥来。どうしっ――」

　振り向いた彼の表情を目にした瞬間、水分は目を見開き驚愕の表情を浮かべた。