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水仙家

人の感情は残酷だ

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 部屋に戻ると、今度は闇命君の本捲りかかりは琴平となっていた。楓夏も途中までは一緒に見ていたけど、途中から二人の会話に入る事が出来ず、俺の元に来た。

「お疲れ様、楓夏」
「私もまだまだなんだなと、痛感してしまいました」
「安心してよ、俺なんて文字すら読めないから」
「それとはまた別ですよ」
「そうかなぁ」

 ここからは待つしかない。俺は文字読めないし、レベルの高い話には入る事すら出来ない。

「はぁ、なにも役に立たないな」

 俺から言いだしたことだと言うのに、なぜこうも足を引っ張る事しか出来ないのか。俺も今、何かできる事はないだろうか。調べ物以外で、何か。

 そういえば、隣に座っている紅音はさっきから何も話さないな。何か考え事でもしているのだろうか。

「紅音?」
「なんだ」
「さっきから何も話さないけど、何か考え事?」
「話す事が無いから話していないだけだ」

 そ、そうか。うーん、紅音とはまだ距離があるような気がするなぁ。闇命君と紅音の距離ではなく、俺と紅音の距離が。どうすれば近づくことが出来るのか。
 無理やり話しかけると逆に嫌われてしまいそうだし、ゆっくりと距離を縮めるとしようか。

「あ、琴平。話し合いは終わったの?」
「ひと段落付けたんだ。これ以上話すと止まらなくなりそうだからな、無理やり切り上げた」

 琴平が持ってきた本を抱えて俺達の方に来ていた。というか、無理やり? 無理やりってどういう事だろう。
 琴平の後ろを覗き込むと、闇命君が子供のように頬を膨らませて腕を組んでふてくされてた。無理やり切り上げたのは本当らしいな。

『琴平』
「もう駄目ですよ闇命様。これ以上は止まらなくなるでしょう」
『今は時間が惜しい。少しでも進めた方がいいと思うのだけれど?』
「今まで動いていたのです。体を休めなければ本体の方が持ちませんよ? 肝心な時に闇命様が今の姿を出せなくなってしまったらどうするんですか? まだ優夏が一人で行動するのには不安が残ります。俺達も一緒に行動出来ない可能性があります。今は休んでもいいと思いますが、いかがでしょうか?」
『ぐっ…………。こういう時の琴平は嫌い』
「嫌われてもいいですよ、今はゆっくりと休んでください」

 おぉ、こういう時もあるのか。まさか、闇命君が口で負けるなんて。いや、琴平がここまで言うのが珍しいのか、そこまでして闇命君に休んでほしいんだなぁ。
 確かに、闇命君が今の姿を現す事が出来なくなって、何かトラブルが起きたら俺一人でどうにかしないといけないかもしれない。それだけは絶対に避けないといけないしな、琴平ありがとう。

「優夏達も今日は休んだ方がいい。体に疲労がたまっているはずだ、今のうちに休んでおいた方がいいだろう」
「確かにそうだね、休める時には休んでおこうか」

 ☆

 男女、一つ屋根の下はまずいという話になり、もう一つ部屋を借りる事が出来た。

 今は一つの部屋に二人から三人。俺と琴平、紅音と夏楓と魔魅ちゃんの部屋割りとなった。
 部屋の中で寝る準備をしていると、琴平が布団を整えながら俺の方に顔を向けている、視線が痛いのだが、なんだろうか。

「えっと、なに?」
「いや、いきなり見てしまって済まない。少し気がかりがあってな」
「気がかり?」
「あぁ。件の予知を聞いて、優夏自身が思いつめていないか不安なんだ」
「…………え」

 いきなり何を言いだすんだ琴平。思いつめているなんて、そんなことはないぞ。驚きすぎて、思わず手に持っていた枕を落としてしまった。
 琴平は真っすぐ俺を見てくる。その目の奥には、決意か何かが含まれているような。なんか、嫌な予感。冷や汗が流れているのがわかる。

 次、琴平が言う言葉。俺は、なんて返せばいいのだろうか。いや、聞いてからじゃないと正確な答えを返す事が出来ない。聞かないと、でも。なんだ、これ、怖い。

 聞いてしまったら、俺は多分頷くしか出来ない。

「優夏」
「…………」
「俺は、何があっても闇命様をお守りする。予知のような危険が待っていようと、俺は闇命様と優夏を守る。だから、優夏。お前は俺の意思を尊重して、危険からはなるべく避けてほしい。たとえ、俺を見捨てる結果となったとしても。俺はお前が俺を置いて逃げたとしても、憎んだりしない。逆に最後、自身の主である闇命様をお守り出来たとして、誇りを胸に抱える事が出来るだろう。だから、これから何があろうと、自分を一番に考え、行動してくれ。これが、俺から優夏へのお願いだ」

 琴平が優しく微笑みながら言ってくる。嘘偽りがない、本物の笑み。だからこそ、何も言えない。これが嘘だとわかったら、こっちも同じ冗談を返す事が出来るのに。
 本気だからこそ、適当なことを言えないし、俺の気持ちをぶちまけても駄目な気がする。

 琴平が、闇命君を大事にしてるのは今までの行動や言動で伝わっている。自分より大事にしてしまっているのが伝わってくる。だからこそ、俺も闇命君の身体を大事にしないといけないし、琴平達のためにも死んではいけない。傷をつけないようにしなければならない。

「……………………」
「あぁ……と、優夏には少しきつい言葉だったか。悪いな、答えにくい事を言ってしまって。今はもう忘れて体を休めるぞ、明日もおそらく大変だ。今休まないと体がもたん」

 また布団を整え始める琴平、背中を向けているから表情を確認できない。今、何を思っているんだろう。俺は、なんて言葉を投げたら良かったのだろう。どうすればいいんだろう。今、俺が出来るのは――――…………

「――――ん? どうしたんだ?」
「…………コッチ、ムカナイデ、クダサイ」
「いや、もう遅いんだが…………」

 体が、勝手に動いた。いつも大きく見えていた琴平の背中が何故か小さく見えて、思わず抱き着いてしまう。恥ずかしさで顔を上げる事が出来ない。
 今、おそらく俺の顔は真っ赤だろう。だって、こんな、人に抱き着くなんて。俺、もう高校生だったんだぞ? 人に抱き着く事なんてあるわけがない。でも、何事もなかったかのように休むなんて無理だった。何かしないとって、何かしてあげないとって。

 あのままだったら、琴平は本当にいなくなってしまいそうな感じがしたから。

「…………ありがとう、優夏」

 優しく頭を撫でてくれてる。温かい、優しい大きな手。安心感のある手。



 ――――優夏、貴方は優しくて素敵な子。私達の自慢の息子

 ――――優夏、お前は人を助けてやれる優しくて出来る子だ。人を助けようという気持ちは、何があっても忘れるんじゃないぞ


 いつの日か、親にそんな事を言われたことがある。俺は優しくて、人を助ける事が出来る子。でも、そんなことはない。今、何も出来ず、逆に助けられてばかりだ。
 なんで今それを思い出したんだろう。いや、今まで思い出さないように封印していたんだ。この記憶を、元の世界の記憶を。

 会いたい、会いたいよ。今までの当たり前が、当たり前じゃなくなった世界で気づいてしまう。親のぬくもり、友人の大切さ。
 失ってからじゃないと気づく事が出来ないなんて、人の感情というものは本当に残酷だ。

 琴平のこのぬくもりも、当たり前じゃない。今、この瞬間が、宝物なんだ。

「? 優夏? 泣いているのか?」
「…………泣いてない」
「…………そうか、泣いていないか。わかった」

 鼻が詰まってうまく呼吸が出来ない。頬に何かが流れてる。でも、俺は泣いていない。泣いて、なんかいない。

 ……………………泣いてなんか、いないんだから。
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