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心からの安らぎ

現実

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『安倍、こうめい?』
『あぁ。そうだよ』

 煌命様は言うと、俺を後ろに回し。右の人差し指と中指を立て、唱え始める。

りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん

 口にするのと同時に、人差し指と中指の二本を刀に見立て、格子を描くように動かし始めた。
 その格子は一本一本が刃となった網のようにも見え、俺を守るように囲い始める。

『これは?』
『貴方を守るものだよ。そこからは出ない方がいい。死にたくなければね』

 優しく微笑んでいる煌命様の瞳は冷たく、頷くしか出来なかった。
 そのあとすぐ、俺の反応を見て納得し。一枚の御札を取り出し、式神を化け物に向けて放つ。

『雷火、人を脅かすモノ、大蝦蟇《おおがま》の動きを封じ。餓者髑髏がしゃどくろ、人の生気を吸い付くし、我がものにしようとするモノを制圧せよ、急急如律令』

 御札から雷の鳥と巨大な骸骨が現れた。
 雷火が雷で痙攣させ、餓者髑髏が叩き潰す。圧倒的な力の差が目の前にあり、俺は目を逸らす事が出来なかったよ。

『おや?』

 圧倒的な差を見せつけられてなお、化け物は俺に向かって下を思いっきり伸ばしてきた。
 一瞬の速さだったため、俺は避けようにも動く事が出来ない。そもそも先程の網が逃げ道を塞いでいるため、紅音を守るため抱きしめるしか出来なかった。だが、舌は俺に届く前に、何かによって、刻まれた。

『ひっ?!』
『な、にがおき……』

 よく分からず唖然としていると、肩を落とした煌命様が呆れるように化け物へと近づいて行く。

『やれやれ。私では貴方を満足してあげられないらしいね。そこは評価してあげるよ。それに、使

 煌命様は口にし、化け物の目の前まで移動。手に持っていた御札とはまた別の御札を取り出し、何かを唱え始めたんだ。

『現世を放浪するもの、名を大蝦蟇おおがま。我を主とし、我の下僕となり、屈服せよ。汝の名の元に──急急如律令』

 その言葉と同時に、餓者髑髏に拘束されていた化け物は、けたたましい声を上げ、地面を震わせる。
 俺の脳も振動しているかのような圧迫感が襲っていたが、それでも見続けていると。吸い込まれるように化け物が男性へと近づいて行った。
 助けを求めるように手を地面につけ、何かを掴もうとする。それでも、男性は優しい笑みを浮かべながら辞める気配を見せない。

 そこから数秒後には、化け物の声は聞こえなくなり、姿も御札に吸い取られた。


『今後、よろしく頼むよ』


 大事そうに御札を懐に戻し、当たり前のように俺達の本へと近づいてきた。その流れのまま、俺達を守ってくれた網を解除し手を伸ばしてきた。

『大丈夫だったかい?』
『…………だ、大丈夫な訳が、ないだろ。助けてくれた事には感謝している。だが、お前は、安倍家の人じゃないのか。村の人達は何度もお前の所に行ったんだぞ!! こんなに強いのなら、事前に防いでくれたら良かったのに!! お前らは聞く耳を持たず、何もしてくれなかった!!』

 怒りが俺の頭を覆い尽くし、せっかく助けてくれた煌命様に失礼な口を聞いてしまった。だが、煌命様は言われたまま何も言わず、悲しげに眉を下げ、小さな声で謝罪を口にしたんだ。

『すまない。それは、こちらの落ち度だ。もっと対策を早くにする事は出来た。本当に、すまなかった』

 その言葉に、嘘はなかった。
 何も言えない俺に、闇命様が補足というように口を開く。

『これは言い訳になるかもしれないけれど、事実だから聞いて欲しい。君達の声は、上の立場に位置するはずの私に届いていなかったんだ。けれど、君の声には聞き覚えがあってね。それに気づけたおかげで、私だけでも直ぐに動く事が出来た。ありがとう』

 伸ばされた手は、俺の頭を撫で、紅音の頭も次に撫でた。その手が暖かくて、今まで我慢していたものが全て、溢れ出てしまう。

『これからの生活は大変になるだろう。でも、安心していい。こちらで対処する。本当に、ごめんね』

 溢れ出てくる涙が止まらず、紅音とともに泣いていると、煌命様は抱きしめてくれたんだ。そして、何度も何度も謝ってくれた。

 俺達が落ち着くのを待ち、避難場所へと案内してくれる。


 そこからはトントン拍子に話は進んでいき、俺達の住処は準備され、普通に生活出来るようになった。だが、父との出会いは果たせていない。
 今思えば、生き延びられなかったんだと分かる。それでも、その当初は、父をずっと探していたんだ。母を失い、父も失う。そんな事実を受け止められず、ずっと探し続けていた。

 紅音の言葉も無視して、探し続けていた。

 それからまた数年が経ち、俺達も親のいない生活に慣れ始めた頃、見覚えのない一人の少年が俺達の住んでいる家へと来たんだ。

『君は……』
『……ねぇ、力、欲しい?』

 その見た目には既視感があり、思わず俺は、ずっと見続けてしまった。
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